廃坑道
翌日、朝から出発する。
「よう、お二人さん。昨日はよく眠れたか? さあ元気出していこうぜ!」
ダリルは朝からご機嫌だ。この薬を届ける仕事は、遂行が非常に困難で、それだけに報酬の額も大きかった。どうしてもやりたいが、この廃坑道のダンジョンを突破するのが、一人では難しかったのだ。
しかし、アーシェとノエルを味方につけて行けば、突破できると思っていた。
「ねえ、ダリル。その廃坑道って遠いの?」
アーシェが言った。
「いや、その坑道の入り口はそう遠くねえ。歩いて十分かそこらだ」
「そんな近くにあるのか? 廃坑道だというからもっと奥地にあるものかと思ったが」
ノエルが言った。少し意外に感じたようだ。
「壁を越えるためだぜ? そんな遠くの坑道は使わねえよ。俺の仕事だけじゃねえ、アンタらの用事もあるからな。さっさと行くか」
ダリルはそう言ってすぐに歩き出した。アーシェとノエルもその後に続く。
利用する廃坑道の入り口は、実際にそう遠くない場所にあった。
すぐ路地裏に入って、そこからしばらく歩くと、街のはずれのような場所に出てきた。周囲には住居はなく、以前は工場か何かであったかのような大きな建造物の廃墟が並んでいる場所だった。
「こっちだ」
ダリルが手招きしてアーシェたちを呼ぶ。その工場の、廃墟の奥に廃坑道はあった。
「ここか……」
ノエルは、そのあまり大きくない入り口を眺めてつぶやいた。
「そうだ。中は迷路みたいな状態だけど、どこを通ったらいいかはわかっている。俺についてきてくれ」
ダリルは背負っていた荷物からランプを取り出すと、それに火を付けた。中は真っ暗で、明かりがないととても入れないのだ。
「アーシェ、僕たちもランプを出そう」
「うん」
アーシェも背負っていた荷物からランプと取り出す。そして、そのランプに対して、ノエルが何か呪文のような言葉をつぶやき、手をかざした。
するとランプに火が付いた。ここはまだ外だが、この照度なら、十分過ぎる明るさだろう。
「おお、魔法か? ノエル、あんたやっぱりすげえな」
ダリルは驚いた顔をしている。アーシェはニヤニヤしながら茶化す。
「ノエル、スゴいって褒められちゃったよ。よっ、大魔法使いノエル!」
「ふん、このくらいの魔法は訓練次第で誰でもできる。さあ行こう」
ノエルはすました顔をして、なんでもないように廃坑道の中へ入っていく。
「やっぱ魔法使いサンは大したもんだねえ――おい、先に行くなよ。迷子になるぞ」
ダリルは慌ててノエルの後を追った。
長く使われていないせいなのか、中はカビ臭く静まり返っている。一定の間隔で補強がされていることもあり、穴の崩落は心配なさそうだが、その補強の材木も古いせいか脆くなっているかもしれない。あまり派手に暴れない方がいい。
「ダリル、ここって何か危険な場所があるんでしょ?」
「そうなんだ。まだ先なんだがな、そこはとてもじゃねえが俺一人じゃ厳しい。そんときゃ頼むぜ」
「任せなさい! アタシの剣が冴え渡る時が来るわ」
アーシェは剣を振る真似をした。
「アーシェ、調子に乗ってると転ぶぞ」
ノエルが不機嫌そうに言った次の瞬間、アーシェは足を滑らせて尻餅をついた。ほら、言わんこっちゃない……というノエルの視線には気付かなかった。
しばらく進んだところで、ダリルはアーシェたちに話しかけた。
「なあ、アンタら――なんで例のお宝なんか探してんだ? 正直なところ、あんなもん探している冒険者なんかいないぜ?」
「そうなの? でもすごいものなんでしょ」
アーシェが言った。
「すごいんだろう……とは思うけどな、ロドネスのブタ野郎が血眼になって探してるっていうし、下手をして見つかると逮捕だろうしな」
「ねえ、ロドネスって誰?」
「ああ、このトーランの市長だよ。数年前に赴任してきて、やりたい放題。とんでもねえクズ野郎だ」
「そうなんだ」
アーシェもノエルも、ダリルの吐き捨てるような物言いに、相当嫌われているのだろうと予想した。
「なんでも、この辺を治めるウィスラー伯爵に取り入って、市長の地位を手に入れたらしいぜ」
「ウィスラー伯爵といえば、かなりの武人だと聞くが」
ノエルが言った。ノエルはウィスラー伯爵を知っているようだ。知の聖騎士だけあって、さすがに博識である。
「ああ、二十年ほど前の戦争で活躍した英雄だったな。でも、戦いのことしか頭にねえんだろ、ロドネスみたいなクソ野郎をこの街の市長にするくらいだし」
「まあ、そうかもしれないな――それで、そのロドネス市長は、どこまで探しているんだろうか」
「さあな。ただ軍隊使って探しているみたいだし、かなり大掛かりだぜ。どこまで探り当てているのかはわからねえよ」
ロドネスは、二人の任務にとって障害になる人物だ。すでに探索を始めている彼よりも、先に見つけなければならない。
ダリルは二人の横目で見て、つぶやくように尋ねた。
「なあ、ちょっと考えたんだが……アンタらって、ただの冒険者じゃないんじゃないか?」
「それ、どういう意味?」
アーシェが言った。
「まあ、これは俺の憶測でしかないんだけどな。アンタらは、何か使命みたいなもので動いているように思えるんだ。街で見かけるお宝探しの冒険者どもとは雰囲気が違う」
「えへへ……だとしたらさ、どんな使命で来たと思う?」
アーシェはニヤニヤしながら言った。
「なんていうかよぉ、そうだな……神様の命令で天から降りてきて――」
「お、鋭いね! バレちゃあしょうがな――」
「アーシェ!」
ノエルの声に、アーシェは慌てて口をつぐんだ。ランプの灯りだけなのでノエルの表情は見えないが、かなりご立腹であることが予想された。その理由は当然、このことは人間たちには秘密にして坑道するよう命令されているからだ。
「ははは。まあ、そんなわけはねえよな。ま、それは冗談にしても、どこかしらの組織の諜報とか、そういうやつだろ――」
と言ったところで、ダリルの足が止まった。
「おっと、ここだ」
「ここって?」
アーシェはキョトンとした顔をしている。
「この先なんだ。アンタたちに協力してもらう理由は」
そう言って、ランプを通路ではなく、壁面の方へ向けた。薄暗く照らされたその壁面には、大きな穴が開いていた。初めからここに穴が開けられていたという感じではなく、後から壁を壊されて穴が開けられたような、無理矢理崩して作ったような穴だった。




