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ダリルの頼みごと

 アーシェたちの泊まる部屋は、建物の二階、一番奥の部屋だった。ロゼッタが言うには、ここは宿泊用ではなく住居用の部屋だという。長らく両親の寝室だったが、数年前に亡くなって以来、使っていないらしい。父母とも亡くなったらしく、今この宿に居住して経営しているのはロゼッタだけだ。ちなみにロゼッタには兄弟がいるが、皆街を出て、他所で暮らしている。

「こんな部屋しかなくて申し訳ないんだけど、安くしたから勘弁してね」

 ロゼッタは苦笑いしながら言った。

「ううん、結構いいじゃん。あたし気に入っちゃったよ」

 アーシェは嬉しそうに言った。まだ簡単に掃除した程度でしかなく、埃っぽい空気だが、アーシェは気に入ったらしい。

「寝られたら問題ないです。安くしてもらえたし、しばらく滞在するつもりです」

 ノエルが言った。

「そうかい。あんたらもただの旅行者じゃあなさそうだけど、詳しくは聞かないよ。それより、もう夕食の時間だし食べるかい? 途中に説明した食堂まで来たら何か作るよ」

「そうそう、晩ご飯まだだったよね。ねえノエル、早速食べようよ」

「ああ、そうだな」

「それじゃ、いっちょ腕によりをかけた自慢の料理を披露しようかねえ! 二、三十分したら食堂へ降りてきな」

 ロゼッタは大きな声で笑いながら部屋を出ていった。美人で華奢な感じのする容姿だが、結構豪快な性格のようで、さすがは宿屋の女将といったところだ。

 ノエルは持っていた荷物を置いて、部屋の片隅にあった椅子に腰をかけた。

「ふぅ、ようやく落ち着ける。少ししたら食堂へ行ってみよう」

「そうだね。ロゼッタったら、どんな美味しい料理作ってくれるんだろうね。楽しみ!」

 アーシェは満面の笑みで言った。しかしノエルはそれを生真面目の顔をして聞いている。

「食事も大事だけど、任務のことを忘れるなよ。僕たちはオーブを探す任務があるんだ。夕食のあとは他の宿泊客にでも聞き込みをしよう」

 ノエルはいつでも、仕事のことを忘れないようだ。こんな時ぐらい隅に追いやってのんびりすればいいのに……とアーシェは心の中で思った。


 食堂へやってくると、四、五人が食事をしていた。他の宿泊客のようで、どれも旅人というよりは、傭兵か冒険者のような厳つい印象の男女だ。

 その中に見た顔を見つけた。

「よう、アーシェ。ノエル」

 そう声をかけてきたのはダリルだった。後で話があるとは言っていたが、まさか食堂で待っていたとは思わなかった。アーシェはダリルの側に行って尋ねた。

「ねえダリル。そういえばさ、話がどうとか言ってたけど、何事?」

「ああ、それなんだ。実は……仕事を手伝って欲しいんだ」

「仕事?」

 アーシェとノエルは思わず同時に声を出した。

「そうだ。俺は情報屋をやっているって言ったろ。それの関係で、いろいろやってんだ」

「ふぅん」

「あるものを運ぶんだけどな。ちょっと一人じゃ危ないんだよ」

 少し神妙な顔をしている。実際に危険が伴う仕事なのだろう。

「――それで君の護衛を頼みたい、そういう話なのか?」

 ノエルが言った。

「まあ、要するにはそういうことだ。アーシェはチビだけど、剣のうでは相当だろ。それにノエル。アンタは魔術師じゃねえか? どちらさんもかなりの腕と見たんだ。それを見込んで頼んでいるんだ」

「はぁ? ちょっとダリル、チビって何よ、チビって! 失礼ね!」

 アーシェは抗議した。確かに小柄なので、そのように認識されるのはしょうがないが、本人に直接言うのは失礼だ。

「わりい、わりい。別に悪意があってじゃねえよ。とにかくアンタらは相当強いと見た」

 ダリルは苦笑しながら弁明した。そして、ノエルの方を見て言った。

「それにアンタ言ってたろ、お宝のこと。それにも関係してるかもしれねえぜ」

「何? それは本当か?」

 ノエルが反応した。それについてもこの場で聞くつもりだったが、その仕事に関係することだったのか。

「まあ聞いてみないとわからんが、一緒に来てくれたら、ついでにそれに関係する男のところにも行ってみようと思う」

 結局ノエルも、ダリルの仕事を手伝うことで、手がかりの一つでも掴めそうであるため、承諾することになった。

「さあさあ、アンタたち。料理が冷めないうちに食べておくれよ。腕に頼をかけて作ったんだからさ!」

 ダリルとの交渉が終わったタイミングで、ロゼッタが夕食を持ってきた。自信満々で美味しそうな香りがアーシェたちの食欲をそそる。

「待ってました! どれ一口……ワォ! ロゼッタの料理って最高ね! こりゃ何杯でもいけるわ」

 腹を空かした野良猫の如く、凄まじい勢いで食べるアーシェ。

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。まだあるから、好きなだけ食べな。ハッハッハッ!」

 ロゼッタは豪快な笑いと共に炊事場の方へ戻っていく。料理を取りに行ったようだ。

「じゃんじゃん持ってきてよ、ロゼッタ!」

 食べるか喋るか、どっちかにすればいいのに、はしたない――とアーシェの食事に不快感を感じたが、自分も空腹なので、いくらでも腹に入りそうだ。しかし天界騎士団の聖騎士であるなら、やはり相応の体面を持たないといけない。アーシェみたいなのはダメだ。本当に困った相棒だ、と、食べながら思った。



 ダリルの仕事とは、ある貴族の男に荷物を届けることだった。荷物とはいえ小さな小瓶で、中には何かの液体が入っている。何のものかは不明だが薬だという。

 しかし、このトーランという街は、貴族、庶民、貧民が明確に住む場所を区切られていた。かつてはそうでもなかったが、十年くらい前から大きな壁で隔てられ、自由な行き来ができなくなった。

 貴族は庶民の住む区域には住まないし、街を出入りするときくらいしか、庶民の住む区画にはやってこない。

 街の門と同様、頑丈な門と門番による厳しい警戒があり、正攻法では壁の向こうには行けない。

 だが、この街はかつて鉱山の街だったこともあり、あちこちに穴が掘られている。そういった穴を倉庫や通路として整備して使っている場所もあった。

 この採掘穴の洞窟には、一般に知られていない箇所もあり、一般のエリアと貴族たちのエリアをつなぐ場所もある。ダリルはそこを通って壁の向こうへ行こうとしているらしい。

 そして、その貴族たちのエリアには、その「お宝」に関する情報を知っている人物がいる。

 この「お宝」についてのことだが、ダリル曰く「どんな願いも叶うという宝石のようなもの」らしい。

 これはまさに、アーシェとノエルが探しにきたオーブのことと一致する。街へ来て初日にいきなり目的に直結する情報が得られたのは、なんという幸運だろうか。これで壁の向こうで会う人物が、更に重要な情報を持っていれば、今回の任務はとても簡単に終わりそうな気がしていた。

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