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ロゼッタの宿屋

「——なんだ、アンタら宿を探してんのか。ちょうどいいところがある。俺の知り合いがやっている宿を紹介するぜ」

 そう言って、ダリルはニヤリとした。

「僕たちはそんなにお金も持っていない。安いところなのか?」

 ノエルが言った。

「ああ、豪華な宿じゃねえ普通の宿だけどよ、その割には安いぜ。それに俺の顔も聞くから、さらに安くできる」

「そこいいじゃん。ねえノエル。その宿屋を紹介してもらおうよ」

 アーシェは嬉しそうに言った。見つかりそうでなかなか見つからない宿だったが、これでようやく腰を落ち着けられると思った。

「……うぅむ。しかし、君から紹介してもらう以上、その紹介料が必要だろう。そこはどうなのか」

 ノエルは少し神妙な顔をして言った。おそらくダリルが、安い宿を紹介すると言って、後で法外な紹介料を請求する――ぼったくられることを疑っているようだった。

「おいおいダンナ、そりゃないぜ。そんな詐欺みたいなことやってたら商売にならねえよ。これでも信用はあるんだぜ。紹介料は20マールだ。そこは宿代は一晩25マールだぜ。しかも、朝と晩は食事アリだ」

 20マール――マールは、この大陸、サフィオーネ王国で使われる通貨単位で、3マールで食事一食分くらいの通貨単位である。一般的な食事付きの宿で一晩宿泊すると、およそ30マール前後である。なので、オーブ探しが長引いて長期滞在となるならば、これは結構いい話である。紹介料の20マールは少し高い気もするが、これなら問題ないとも思えた。

「いいじゃない。ここにしようよ」

「ううむ……」

 紹介してもらう気満々なアーシェと、どこか疑っているノエル。二人の性格がよく出ている。

「なかなかないぜ、こんないい話。そもそも宿を探すこと自体が大変だろ? 最近何かすげえお宝があるって話が出たんだ。それでどこの宿も塞がってるんだ」

「お宝?」

「ああ。だからよ、この辺を治める伯爵サマまでよくやってくるようになって、この有様だ」

 ダリルは少し呆れた表情で言った。情報屋にはおいしい事態のようだが、どうもあまり歓迎していない風だ。

「そのお宝というのは何だ?」

 ノエルが言った。

「ああ、なんでも願いが――いや、ちょっと待った。その話を聞きたきゃ情報料が必要だぜ。ま、それとも俺の紹介した宿に泊まるなら、そこはサービスしとくがどうだ?」

 さすが情報屋ダリル、結構したたかである。ノエルは少し渋い顔をしつつも紹介を受けることにした。

「わかった。ではその宿を紹介してもらおう。後でそのお宝の話を聞かせてもらおうか」

「へへっ、そうこなくっちゃ! 早速行こうか。こっちだ」

 ダリルはそう言うと、さっさと歩いて行った。それを追ってアーシェも行く。ノエルは小さくため息をつくと、無言で颯太りの後を追った。



「おぉい、こっちだ。この街は入り組んでいるからな、迷子にならんようについてきてくれよ」

 ダリルは、自分より大分後をついて来ているアーシェたちに声をかけた。このトーランという街は、本当に迷路のような街並みで、長年住んでいる住人ですら、迷うことがあるという。初めて来たアーシェたちにはダリルについて行くのが大変なのは当然だった。もっとも、揃って歩けば何も問題ないようだが、そろそろ日も暮れる。こういう人の流入の多い街の夜は、治安も悪く危険だ。特に人気の淋しい路地などはスリや強盗などが多く、揉め事に巻き込まれることも多々ある。早めに目的の宿まで行った方がいい。

 茜色の空がかなり暗くなってきた。

「この通りなんだ。もうすぐそこだからな」

 少し前を歩くダリルが歩きながら話す。それを歩きなら聞いているノエルは、周囲をキョロキョロと見回して言った。

「……結構寂れた通りだな」

「ああ、一番賑やかな門前通りからは離れているからな。この辺も昔は活気があったらしいが、あの新しい南門が出来て、向こうが主流になっちまって、こっちは寂れたのさ。でもよ、そのおかげでこっちにある宿は、まだ泊まれるんだ」

「そんなことがあったんだ」

 アーシェは少し寂しげな顔をした。

「時の流れだ。諸行無常とはこのことだな」

「なに? その、ショギョームジョーって」

「すべてのものに永遠なんてない、そういう意味の異国の言葉だ。国だってそうだろう。永遠を手に入れたと思った大帝国が、数十年で滅亡する。生まれるものがあれば、いつかは死んでいく。世界の真理だ」

 またノエルの説法が始まる。アーシェは苦い顔をする。

「アンタら、小難しい話もいいけどよ。宿はもうそこだぜ。そう言うのは宿でゆっくりしてからでいいだろ」

 ダリルは苦笑いしながら言った。

「そうそう。さあ、急ごうよ。もう真っ暗だよ」

 アーシェはノエルの手を引っ張って、ダリルの跡をついて行った。



「ここだ」

 ダリルに案内された宿は、非常にわかり辛い店構えをしていた。正面からは、日用品などを取り扱っている、よくある商店と変わらない。しかし店頭には商品はなく、看板も「ロゼッタ商店」となっている。ここが宿屋だと言われて信じる人はいなさそうだ。

「ここが宿屋……なのか?」

 案の定、ノエルは疑問視しているようだ。

「ああ、間違いない。まあ、見た目からはわからんかもしれないが、実際に宿屋として経営されているぜ」

「でも商店とか書いているよ? 売り物なんかなさそうだけど」

 アーシェが言った。

「ああ、元は金物屋をやっていてな、その後に建物を拡張して宿屋も始めたんだ。でも看板や店先はそのままでな……挙句に金物はもうやめちまってよ、金物屋みたいな店構えなのに商売は宿屋っていう、おかしな宿なんだ」

「大丈夫なのか?」

「見た目はこうだけどな、別に宿としては普通だぜ。そりゃ、アンタらが豪華絢爛なホテルをご所望ってんなら、ここじゃ無理だが」

 ダリルはそう言って笑った。


「ま、ともかく入ろうぜ」

 ダリルはすぐにドアを開けて入っていく。アーシェとノエルもそれに続く。

「いらっしゃ――あら、ダリルじゃないの」

 入ってすぐのカウンターに座っている女性は、ダリルの顔を見るなり少ししらけた顔になった。

 店の中は、かつて金物屋だったであろうことが感じられる、広々とした空間がある。今は片付けられているが、本来はここに商品の陳列棚が並んで、数多くの金物が販売されていたのだろう。その奥のカウンターに、店主と思われる女性が座っている。

 女性はまだ二十代――ダリルと近い年代と思われるが、さまざまな客と渡り合ってきたであろう、勝ち気な性格が顔に現れている。

「ようロゼッタ。相変わらずの美人だねえ」

 ダリルはニヤニヤしながら女性に声をかける。

「何言ってんの。お世辞言っても何も出ないよ」

 ロゼッタと呼ばれた、この女店主は少し不機嫌そうにダリルに返した。

「もうちょっといい顔しろよ。見慣れた顔だからってそりゃねえよ」

「アンタねえ、こんなところに顔出してる暇があったら――」

「おっと、お説教はゴメンだぜ。せっかく客を連れてきてやったのに」

「あらそうなの? あ、いらっしゃい」

 ロゼッタはダリルの後ろにいたアーシェとノエルに気がついて、声をかけた。

「この二人に部屋を貸してやって欲しいんだ」

 ダリルが言った。

「……実はねえ、満室なのよ」

「なぬ? お前、この間は部屋が空いてて困ってるとか言ってじゃねえか」

「その時はね。一昨日だったか、急にお客さんが増えてさ。あっという間にもう満室よ」

 ロゼッタは困った顔をして言った。確かに街には外からやって来たであろう人々がかなり見られた。何かあって人が集まって来ているのかもしれない。

「おいおい、せっかく連れて来たってのに……そういや、一番奥に古い部屋があっただろ。あそこは使えねえのか?」

「よく憶えているわねえ、確かに使えるけど古い部屋だから……」

「少々は構わねえよ。なあ?」

 ダリルは隣にいたノエルに聞いた。ノエルは頷く。

「寝られる部屋なら別に構わない」

「うん、あたしも」

 ノエルもアーシェもそれでいいと言った。

「そうかい、すまないねえ。うちは一泊25マールだけど、あの部屋だったら18マールでいいわ。――ちょっと待ってて、とりあえず準備してくるから」

 そう言ってロゼッタは奥へ入って行った。


 少ししてロゼッタが戻ってくると、部屋まで案内すると言った。なのでついて行こうとすると、ダリルが後で話があると言った。

ノエルが「紹介料はもう払っただろ」と言うと、「いや、そうじゃなくて別の話だ。じゃあ、後でな」と言った。そしてダリルはさっさと宿を出ていった。

 その背中を呆然と見送るアーシェ。

「話ってなんだろうね?」

「さあ」

 アーシェは首を傾げたが、ノエルはあまり興味がないようだ。とにかく、まずは部屋に案内してもらうことにした。

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