街の中へ
街へ入ったアーシェとノエル。入ってすぐ、そこは雑多な繁華街で、いろんな物や人で溢れかえっていた。アーシェは、その賑やかさに少し驚く。大都市というほど大きな街ではないし、大通りも狭く小振りな印象を抱くが、それ故に人が密集しやすく、より賑やかに見えるのだろう。
「賑やかだねえ」
アーシェは、キョロキョロと周辺を見回しながらつぶやいた。
「一攫千金を狙って人が集まるからな。去る者も多いが、それ以上にやってくる者が多い」
そこらを歩く人を見れば、街の住民と思われるような人もいるが、旅人や武器防具で固めた戦士も目立つ。こういった連中は、間違いなく外からやってきたトレジャーハンターなどだろう。
「こんな状態だから、当然、治安も悪い。治安維持の兵隊や、富裕層のボディガードで雇ってもらおうとする戦士なんかもいるそうだ」
「ふぅん、それでああいう厳ついオッチャンがいるわけか」
アーシェの眼前には、鋼鉄の鎧兜で武装した、これから戦争にでも行くつもりかと言いたくなるような男がいる。昼間か酒をガブガブ飲んで、真っ赤な顔で「ガハハッ」などと下品な笑い声をあげていた。どうみてもヤバい人だ。
「おい、アーシェ。ああいう災いの種になりそうな人間には、絶対に近づくなよ。間違いなく揉め事に巻き込まれる」
「だろうねぇ。私もわざわざ、そんなところに飛び込んでいこうとは思わないわよ」
「ならいいんだがな」
そうは言うものの、ノエルの目には疑いの色が見える。アーシェは目を離すと、絶対に余計なことをして揉め事に巻き込まれる、そう疑っているようである。
もちろんアーシェだって、自分から厄介ごとに首を突っ込もうとは思わない。ノエルの疑いの目だって、いつものことだし知らんぷりして歩いた。
ふいに何かにぶつかって、尻餅をつきそうになった。
「ちょっと、何なのよ!」
アーシェが抗議の声を上げるが、目の前には派手な鎧を身に纏った筋骨隆々な女戦士が立っていた。青筋を立てたその表情は、どう考えてもお怒りの様子である。
「どこに目ェつけてんだい、このガキ!」
女戦士はアーシェの首元を掴もうとした。が、アーシェは素早く後ろに飛び上がって距離をとった。
「ここに目をつけてんのよ、オバサン!」
アーシェは両手で自分の目を指差しながら、女戦士を挑発した。
「オ、オバ……このクソガキッ!」
まるで茹でタコの如く、真っ赤にして吠える女戦士。腰の剣に手をかけた。ただならぬ様子に、周辺の人たちも集まってくる。
「ちょっと、正気? こんなところで剣を抜いたら大ごとでしょ」
アーシェは驚きつつも、自分も腰の剣に手をかける。
「調子に乗ってんじゃないよ、このガキッ!」
女戦士は叫びながら剣を抜くと、それを振り上げて飛びかかろうとした。
アーシェも剣を抜こうとしたが、その時、いきなり後ろに引っ張られるように吹き飛ばされた挙句、そのまま建物の間に吸い込まれるように入っていった。
「ちょ、ちょっと何なの!」
アーシェが声を上げると、そこには鬼の形相をしたノエルがいた。
「君は先ほど、自分が言ったことをもう忘れたのか」
「え、何が?」
「君は、わざわざ揉め事に首を突っ込もうとは思わないと言っただろう!」
「でも、あのオバサンが最初に――」
アーシェは抗議した。先に手を出してきたのは、あの女戦士の方なのに。
「ならどうして剣を抜こうとした! 殺し合いでも始めるともりか?」
「いや、まあ……その……えへ!」
「えへ、じゃないだろ! ……まったく先が思いやられる」
ノエルはため息をついた。街へ入って早々これでは、まともにオーブを探すことなんてできるのか、と心配になってきた。
「まあとにかくさ、探そうよ。そのために来たんだし」
「……なんで君にそんなことを言われないといけないのか……まあいい。とりあえず情報収集だが、その前にやっておくことがある」
「何よ?」
「おそらく長期になるだろう。どこか宿を借りて、そこを拠点に活動しよう」
「なるほど、それはいい考え! それじゃ早速、宿屋を探そう」
アーシェは嬉しそうに言うと、すぐに駆け出していった。
「おい、アーシェ! ……やれやれ」
二人は、先ほどの騒動の場所から離れた通りにやってきた。この通りは割と閑散としており、落ち着いた印象だ。
「宿屋となると、こういったところの方があるだろう。ああいう賑やかな場所は商店は多いが、宿には向かないからな」
ノエルは、キョロキョロと通り沿いの建物を見て歩く。ここは住宅、次も住宅、その次はアパート、さらにその次は何かの会社の事務所……さまざまな建物が連なっているが、意外と宿屋はない。通りの一番先までやってくると、その先は石橋があり、その向こうにも通りが続く。しかし、見た感じでは宿屋などではなく、住民たちの住宅街のように見える。しかも、こちらよりもさらに閑散としている。
「無いもんだねえ」
アーシェがつぶやいた。
「こういう街だから、宿なんていくらでもあると思ったが……もう少し活気のある方へ行ってみるか。アーシェ、行くぞ」
「ちょっと待ってよ」
また別の通りにやってきた。この街は山岳地帯にあることもあって地形が歪で、街の通りもあちこちで分断され、交通の便はあまりよくない。はっきり言って、住みやすい街とは言えない。こんなところによく住むものだ、と多くの人は思ったものだが、ここには古代に残された「お宝」や、貴重な鉱物資源などを求めて、人は集まってくるのである。
「なんていうかさ、階段を登ったり降りたり、大変だね」
アーシェは長い階段を登りつつ、後ろからついてくるノエルに声をかけた。自分はそれほど苦には思っていないが、体力にはあまり自信がないノエルには辛いようで、大分前から息が切れている。喋る余裕もないのか返事もない。
「ノエル、もうちょっとだよ。ほらガンバレ、ガンバレ!」
アーシェの声援に反応して、ノエルはアーシェの方を見るが、やはり言葉は出てこない。しかし、立ち止まって休憩しようとはしないので、登りきるつもりなのだろう。その気迫はさすがだとアーシェは少し感心した。
「はぁ、はぁ……」
かなり長い階段を一番上まで登り切り、そのまま地面にへたり込むノエル。
「ノエルやるじゃん。さすがだね!」
「ぼ、ぼくだって……途中で……挫折するわけには……行かないからな……僕たちは……使命があるんだ……」
息も絶え絶えながら、使命感あふれることを言い出す。本当に馬鹿がつくくらい生真面目だ。こんなこと適当にやればいいのに、とアーシェはいつも思う。
「ちょっと休もうよ。……あ、そうだ。何か飲み物買ってきてあげる。ちょっと待っててね」
アーシェはすぐに駆け出して行った。
ノエルは近くの木陰に座って、アーシェが戻ってくるのを待つことにした。
この通りは割合賑やかなところで、さまざまな店が軒を連ねている。
飲み物が売られている店を探そうと、ウロウロするアーシェ。食料品を売っている店に、ジュースが売っているのを見つける。シレオンの実やルプアの実から作った、美味しそうなジュースだ。安価な飲み物で、どこに行ってもよく売られている。ちなみにシレオンやルプアは果物で、特に南部でよく栽培されており、果汁でジュースを作るだけでなく、そのまま食用として食べられる。
アーシェはジュースを売っている適当な店に行って、そこにいる店主の親父に声をかけた。
「おっちゃん、ルプアのジュース二つちょうだい!」
「あいよ」
ニコニコした愛想のいい店主は、すぐに樽から陶器製のコップにルプアのジュースを注いで、アーシェに手渡した。同時に代金を払う。そして一口飲んだ。
「うん、これは美味しい。それじゃ早速ノエルにも持ってってあげなきゃ――」
「あ、お嬢ちゃん、どこに持って行ってもいいけど、コップは後で後で返しにきてくれよ!」
「わかった」
アーシェは振り向かず、そのまま軽快な足取りで駆けていった。
「ノエル、ルプアのジュースだよ。これ、前に飲んだことあるんだけど美味しいのよ」
「あ、ああ。ありがとう」
ノエルはジュースを受け取ると一口飲んだ。甘酸っぱいルプアの香りに疲れも少し和らいでくる。
アーシェはもう飲んでしまったのか、コップを頭上に放り投げてはキャッチして遊んでいる。
ノエルが飲み終えたとき、通りの向こうで大きな音が響いた。
「うん? なんだろ?」
アーシェは音の鳴った方を眺めて様子を伺う。今度は随分と賑やかなようで、何かあった揉め事でもあったのかもしれない。
「ちょっと様子を見てくるわ。ノエル、コップをあの店に返しておいて」
そういうと、手に持ったコップをノエルに渡して、すぐさま駆け出していった。
「おい! アーシェ!」
しかし、あっという間に見えなくなってしまった。




