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決戦

 アーシェとノエルは、トーラン最奥部にある神殿までやってきた。天空の神々を祀るために建造されたと伝わる神殿で、もう使われていない上に、かなり古い建物であるにもかかわらず、かなりしっかりとした神殿であった。

「この中かな?」

 アーシェが神殿を見上げて言った。

「そうだ。邪悪なる気配は、この神殿の中から感じる」

「まだ逃げてないよねえ」

「当然だ。僕の結界から逃れられるわけがない」

 ノエルの自信はもっともだった。ノエルは知の男神「レネウス」の代行者である。いくらヴェノムの力が強力であっても、代行者「ノヴァリエル」の力から逃れることは非常に困難だった。

 二人は正面に見える入り口に向かう。アーシェもノエルも、ヴェノムから発せられる邪気が、次第に大きくなっていくのを感じた。


 神殿の内部は外観から想像するよりも、かなり広い。正面の入り口から入って、すぐに地下へ向けて降っていく階段があり、その下に広い空間があった。中央には何かの祭壇らしきものがあり、朽ちているものの、かつてこの神殿が使われていた頃には、何かが祀られ、神事が行われていたのであろう。

 アーシェが祭壇に近づくと、そこに石碑と勇壮な女性の石像がある。石碑には何か文字が刻まれているが、アーシェには読めない。

「ねえ、ノエル。これなんて書いているの?」

 ノエルは面倒臭そうに、渋い顔をしながら言った。

「……君はそんな文章も読めないのか。これは古いサミューカ人の文字だ」

「えぇ、そんなの知らないし」

「君ってやつは……天界に戻ったらイリア様に報告して、叱ってもらわねば」

「ちょっと、勘弁して! イリア様のお説教って長いのよ」

「ちゃんと勉強していない君が悪い」

 ノエルはきっぱりと言った。それを聞いたアーシェは肩を落とす。

「そんなぁ……」

「まあいい——これはレダ様の像だ。やはり北部はレダ様の信仰が厚い。この神殿もレダ様の神殿かもしれないな」

「そうなの。さっすがレダ様。私も鼻が高いわ——ねえ、あの像ってもしかして」

 アーシェは、祭壇の女神レダに付き従うように、両脇にある頭と腰に翼を持った女戦士の像を指差した。

「アンシェラトスだ。君の石像だろう」

「やっぱり? ナハハ、照れるねえ!」

「別にレダ様を祀る神殿には君の像も大抵あるんだから、別に珍しくもないだろう。何をはしゃいでいるんだか……」

 ノエルは呆れてため息をついた。


 突如、この広い空間が明るくなった。部屋の外周に無数の松明が設置されており、それが一斉に火をつけたのだ。

 そして、この部屋の一番奥には人影が見える。見覚えのある顔だ。間違いない、ウィスラー伯爵——いや、伯爵の姿をした『ヴェノム』である。

 ライオネルやロドネスと違い、人間の姿のままである。ヴェノムはそもそも人間の『欲』が創り出したものであり、実体の姿など関係がない。

「……よく来たな。『代行者』たちよ」

 ヴェノムの声は、予想に反して落ち着いている。追い詰められていることを考えると、かなり必死になりそうなものだが、あまりそれを感じさせない。

「ヴェノムよ! その人間——ウィスラー伯爵をどうした!」

 ノエルはウィスラー伯爵がどうなったのか尋ねた。

「もちろん体をもらったのだよ。この男、勇猛ではあるが、歳をとるにつれて欲望に塗れていったな。権力欲に取り憑かれるが、年老いて何もできぬ。そもそも愚鈍な頭ゆえ、部下どもに翻弄されるばかりだ。かなり不満を抱えていたのだろうな。ある時、偶然俺を呼び覚ました。俺の話を聞くと、この俺にすがり権力を得られるならば、俺を宿らせると言った。それで今に至るわけだよ」

「そうやって、乗っ取ったわけか」

「乗っ取ったとは聞こえが悪い。このジジイが自ら選んだのだ。だから俺は欲望叶えてやった。伯爵を継承させてやったし、もっと大きな力で、このサフィオーネの王に君臨できる力を与えてやったのだ!」

「勝手なことを!」

「もっとも——それには、その体を差し出す必要があったがなぁ。バカなジジイは何の躊躇いもなく首を縦に振ったよ」

 ヴェノムの顔がニヤリと笑みを浮かべる。

 ウィスラーはヴェノムに魂を売り渡していた。しかし、その願いは叶わない。なぜなら、体を奪われるということは、その体をヴェノムに取って代わられるということである。結局ウィスラーは、ヴェノムに殺されて体だけ利用されている状態である。

 酷い話であるが、欲に釣られて道を外したものの末路である。


 アーシェはヴェノムに向かって叫ぶ。

「覚悟はいい? 私たちが来たからには、ここで見逃すわけにはいかないわよ!」

「そうだ、もう終わりだ。お前はこの地上に存在してはならぬもの。大人しく消えてもらおうか」

 ノエルも言う。

「消えろと言われて、大人しく消えるものなどいやしない。確かに貴様たち『代行者』の力は強大だ。とてもではないが、俺の力では逃れられそうもない」

「わかっているじゃないの」

「最後の足掻きだよ。やれることはやらねばならぬのだ!」

 ヴェノムはその場からいきなり飛び上がると、背中に大きな翼が現れた。その翼をはためかせると、すごい速さで神殿の奥へ向かって飛び去った。

「あっ、コラッ! 待ちなさい!」

 アーシェが叫ぶも、あっという間に見えなくなった。

「チッ、さすがに素早い。アーシェ、追うぞ!」

 ノエルはすぐに自分とアーシェに飛行魔法を使い、ヴェノムの跡を追った。



 神殿のさらに奥へ入っていくアーシェとノエル。完全に一本だけの道——いや、下りの階段をずっと降りる。一定間隔で灯りがあり、薄暗い階段通路をぼんやりと照らしている。

 高速で飛行しながらヴェノムを追うが、結局追いつくことはなく、再び大きな空間に出てきた。ここは明るい空間で、全体が見渡せるがヴェノムの姿はない。しかし、ここより先には通路はなく行き止まりである。いわゆるコロシアムのような形状をした空間で、奥には祭壇もある。あまり隠れる場所はなさそうだが、どこかにいるはずだ。

「出てきなさい! 隠れても無駄よ!」

「——ククク、別に隠れはせんよ」

 奥の祭壇から姿を見せる。

「大人しくお縄につきなさい!」

「そう急かさなくてもよかろう。まあ、聞いてくれ」

 ヴェノムは少し笑みを浮かべつつ、語り始める。

「つくづく人間という生物は、欲望の塊だな。俺は長い眠りについていた。数百年前に貴様ら『代行者』に負け、消滅させられた。リデュリースだったか、デュカリーンだったか——憎たらしい奴らよ。俺の意識も消滅し、人間どもの欲望も消滅した……はずだった。それから幾年も経たずに俺は目覚めた。人間どもはふたたび争い、力を求め、奪っていった。人間どもはいとも簡単に欲望を復活させたのだ」

 「人の歴史は戦争の歴史」と言われる。それだけ争い、欲望をむき出しにし続けてきた。それは否定できない。

「だからこそ、僕たちがいる! 人間たちが道を外さずに歩み続けるよう、外れそうになると僕たちが正してやるのだ!」

 ノエルは叫ぶ。まさにそれが神の意志、アーシェとノエル、代行者たちの使命だからだ。

「お前たちにそれができているのかな? 欲望の限りを尽くしたアスタリア王をみよ。寛大で慈悲深いラグラノスを裏切り続けたにもかかわらず、マドゥーシュ帝国を撃退した偉大な英雄などと! 未だにそのような作り話が人間どもの間では語られているぞ」

「そ、それは……」

 ノエルは言葉に詰まった。神は人間の非道を正すことはできる。しかし、人間の意識や考えを正すことはできない。思考への介入は神でさえも無理なのだ。

「そして、裏切られたにも関わらず許し、再び裏切られて死んだ皇帝ラグラノスなど馬鹿な男よ。アスタリア王国などさっさと征服してしまえばよかったのだ。やれ慈悲だ、情けだと、欲を抑えようと人間らしからぬことをするから、その身を滅ぼすことになったのだ」

 アーシェとノエルは言葉が出なかった。特にアーシェは、ラグラノスに天罰を与えた直接の実行者だったこともあり、反論できなかった。

 ラグラノスは慈悲深く、他民族に対しても融和的な政策でサミューカ帝国を拡大させた皇帝だ。当時は優れた君主として名高い人物だった。

 しかし欲深く狡猾なアスタリア王の再三の裏切りに、とうとう大群を率いて討伐に乗り出した。震え上がったアスタリア王は策を練り、サミューカ軍によってレダの神殿が荒らされるよう仕組んだ。これが予想以上にうまくいき、女神レダの怒りを買って『代行者、アンシェラトス』によって天罰を与えることになった。

「でもラグラノスは勇敢で威厳を持っていたわ! 勝てるはずのない私と一騎討ちを望んで、潔く倒れた。欲深いアスタリア王などとは全然違うもの!」

「だからどうしたと言うのだ。その結果、強欲なアスタリア王にまんまと乗せられて、貴様らの大好きな慈悲の皇帝を殺してしまうんだからな!」

「い、言わせておけば!」

 ノエルが怒り、叫んだ。

「フハハ、人間の欲望に振り回される神々の愚かさよ! ……もういいだろう」

「何よ? キャア!」

 突如、アーシェの体に黒い光の帯が絡みついた。身体中を覆い尽くさんばかりの黒い光は、アーシェの体を縛り付け、この場に束縛した。ノエルも同様で、身動きが取れない。

「どうかね、代行者殿? その呪縛の光はそう簡単には退けられまい」

「チィ! これはかなり——厄介だ!」

 ノエルが言った。実際に、ノエルの魔法で解除しようとするが、かなり難しいらしく苦戦している。

「アーシェ、力を使え! 相手はヴェノムだ、もう遠慮はいらない!」

「わかったわ! セイントフォーム!」

 アーシェは光に包まれ、代行者アンシェラトスに変身した。同時に、体を拘束していた黒い光の帯は千切れ飛ぶ。

「我が主レネウスさま! 我に力を!」

 ノエルが叫ぶと、ノエルも神々しい光に包まれた。黒い光は消し去られ、聖なる光の中から「代行者、ノヴァリエル」が出現した。ノエルの真の姿である。

 纏うローブが翼に変化し、それを羽ばたかせてノヴァリエルは飛行する。

「アンシェラトス、追うぞ!」

「了解!」

 アンシェラトスとノヴァリエルは、ものすごいスピードで飛んでいき、ヴェノムの後を追った。

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