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トーラン到着

 下界へ通じる泉の中は、神々しい神秘の光に包まれている。それは包み込むような優しい光である。神命を胸に下界へ降り立つ聖騎士たちへの、神々からの餞なのかもしれない。


 わずかに緑が混ざる荒野に光の円が出現し、それは次第に大きくなり、その上に人の姿が現れる。その影は先ほどフォールした、アーシェとノエルの二人だった。

 光が消え、アーシェはゆっくりと周囲を見回した。天界では見られない殺風景な荒野の景色である。人間の世界に降り立ったのだ。

「いやぁ、来ましたねえ。今度の下界は殺風景ねえ、ノエル。……あれ、ノエル?」

 そういえばノエルの姿が見えない。一緒にフォールしたはずなのに……と思ったら、下からうめき声のようなノエルの声が聞こえてきた。

「そ、それは、いいから……いいかげん退いて……くれない、か……」

 下を見ると、まさにそこにノエルがいた。もっと細かく言うと、アーシェのお尻の下にノエルの頭があった。驚いて、飛び起きるアーシェ。

「あら、ごめんなさい。ノエルったら、そんなところにいたの?」

「わ、わざとじゃないだろうな……君は……」

 恨めしい表情で、呑気な顔した相方を睨む。

「あらやだ、そんなわけないじゃない。偶然でしょ、偶然。あはははっ」

「ふん!」

 ノエルはアーシェの言い訳など信じていない。しかし、重大な使命を受けて地上に降りてきたのだ。こんなことに時間を割いてはいられない。

「さあ行くぞ。目的地はそう遠くない」

 ノエルは服に付いた土埃を軽く叩いて落とすと、グズグズするなと言わんばかりに歩き出す。

「ちょっと待ってよ、ノエル」

 アーシェは慌てて後を追った。


 アーシェはノエルの後ろを歩きながら、周辺をキョロキョロと見回した。近くにフォールしたはずなので、目的の街が近くにあるはずなのだ。

「で……あの何てったっけ、ヤーレン、ソーランとかいう街はどこなの?」

「トーランだ! ――まったく、君の記憶はどうなってるんだ? ……あそこを見てみろ。あの山だ」

 ノエルが指さした方角には、大きな灰色の山がそびえていた。その山には木ではなく、無数の建物が建っていた。

「え、山? ……何あれ。山に街があるっていうか、街が山になってるよ」

「そうだ。あれがトーランだ」


 山の傾斜に街並みが続いている――いや、石煉瓦の建物が山のように積み重ねられて、街を整形しているようだ。実際には、入り組んだ複雑な地形の上に建物が立ち並び、足場をそこかしこに作って、まるで街が浮かんでいるかのように見える。これが空中都市とも言われるトーランの街だ。

 数百年前に鉱山の町としてできた後、大きく発展して街は栄えた。その後、鉱石が取れなくなって衰退するが、その頃、この辺りを支配する王朝が財宝を隠すなどした。複雑な地形が隠すのに有効だと考えられたのだろう。こういったことが後の時代に判明し、今度は財宝探しでふたたび発展していった。

 繁栄と衰退を共に経験しているだけに、街のあちこちには栄華の残骸が多く残っている。 


「へえ、あれがトーランかぁ。どんな街なんだろうねえ」

「一攫千金を狙うトレジャーハンターが多く暮らしているが、鉱山街の頃からの住民も多い。割と辺鄙な土地だけど、やはり財宝目当てが多いのだろうな。かなり活気があるという――」

 ノエルの講釈が始まった。いくら不機嫌であっても、こういうのを喋らせると機嫌がよくなる。

「ノエルってよく知ってるわねぇ。さすがガリ勉くん」

「誰がガリ勉だ! ……そもそもこんなの当たり前だろう。君はなんでこんなことも知らないんだ」

 ノエルはとても愚痴っぽい。ちょっとしたことですぐにグチグチとぼやき始める。とてもそんなことを聞いていられないので、すぐに止めにかかる。

「ちょっと待った、そんなお説教は今やることじゃないでしょ。早く行ってみましょ。モタモタしてたら日が暮れるわよ」

「う……」


 二人は向こうに見える道へやってきた。ここから街に向かって蛇行しつつ、ゆるい下り坂の先にトーランの入り口が見えている。

 二人の前を、荷物を満載した馬車が通り過ぎていく。それに続いて二、三人のグループと思われる旅人が行く。そしてまた別の馬車が通り過ぎる。割とトーランへやってくる人は多いようだ。それに街から出てくる人も多く、人の出入りの激しい街である。

「僕たちも行くぞ」

 ノエルは一言だけ言って、すぐに街へ向かう人たちと同じように歩き始めた。

「ちょっと待ってよぉ」

 アーシェも置いてかれまいと、すぐにノエルの後を追った。


 三十分くらい歩くと、もう街が目前だ。しかし、その街の前に険しい崖が行手を阻むように横たわっている。二、三十メートルはあろうかという深い谷で、下を覗くと、そこにはボロボロの荒んだ街があった。いわゆるスラム街といった感じで、どうみても裕福な人が住むような建物はない。

「この下は貧困層が住んでいるスラムだ。一応、街の一部だが、トーランの富裕層からは厳格に区別されている」

 ノエルが言った。

「そうなの? 私たちが探すのって、この下のスラム?」

「どこにあるかわからないけど、必要ならスラムも探すことになるが――まずは中間層のエリアに入る。谷の向こうに門があるだろう。あの先だ」

 ノエルが指さした先には、谷に備え付けられた、石の頑丈そうな橋の向こうに門が見えた。門の両脇には背の高い壁があり、向こう側の様子は見えない。

「大きな橋ね。随分高いけど、これ落ちたら助からないんじゃないの?」

「そうだ。人間が落ちたりしたら、助かる見込みはない。だが、谷底に貧困層を閉じ込めるためには、こうして谷を降りずに直接渡れるようにしないといけない。そのための橋だ」

「なるほどね。でもまあ、こんなゴツい橋よく作ったわねえ。人間たちの技術はすごいね」

 アーシェは橋を触って、造りの頑強さを確かめつつ言った。かなり古い造りのようだが、相当な重量でもびくともしなさそうな、とてもしっかりした石橋である。

「人間は欲望のためならなんでもするぞ。僕らでは考えられないことでもな」

 ノエルはため息まじりで言った。

 この街は一般及び貴族階級と貧困層は、明確に分けられている。同じ人間であるが、こうして身分差を明確にするために、住む区画まで別にしているのだ。このようなことをやっているのは、ここトーランだけではなく、他のいくつかの街でも見られる。

「ほら、行くぞ。ぐずぐずしていられない」

 ノエルはさっさと橋を渡っていく。

「やれやれ、せわしないわねえ……」

 アーシェもため息まじりで橋を渡る。


 大きな門の前にやってきた。ここがトーランの入り口で、街に入るには、ここを通らないといけない。五、六メートルくらいの石垣の上に、石レンガのゴツい壁が左右に延々と続いている。その無機質な巨壁のそそり立つ様は、まるで要塞のようだ。

 そして目の前には、壁に負けないくらい巨大な門がゆく手を阻む。だが、この門の真ん中にある巨大な扉は開けていない。代わりに扉の端にある小さな扉を開けてあった。みんなその小さな扉の前に列を作って並んでいる。

 これはおそらく、大きな門は何か必要な時のみ解放し、普段の旅人や住民などの出入りには小さいので十分だと、使い分けているのだろう。

 この小さな門の前に人が並び、数人づつ出入りしている。好き勝手に行き来している訳ではないので、順番を待つために行列ができている。街くらい自由に出入りさせてもらいたいものだが、そうもいかないのだろう。

「ねえノエル。みんな門の前で何やってんの?」

 アーシェは目の前の行列を指差して言った。

「この門をくぐるには許可証が必要だ。あの門番にそれを見せているんだ」

「え? 私、許可証なんて持ってないけど」

「大丈夫だ。許可証がなくても、お金を渡せば通れる」

 そう言って、ノエルは鞄から小さな袋を出して見せた。膨らみからして、中身はお金のようだ。

「ああ、なるほど。賄賂で通してもらうわけか。どこでもあるのねえ、こういうのって。お代官様、これは山吹色のお菓子でございます……って感じかしら?」

「……それは何の話だ。まあ何というか、所詮は人間だ。彼らは卑しい。どこまで行っても同じだ」

 ノエルはため息をついた。おそらく賄賂は街の支配者にも渡るようになっているのだろう。いや、実は支配者が賄賂を通行料代わりに取るように命令しているのかもしれない。


 アーシェたちの順番がやってきた。ノエルは前の人と同じようにお金を入れた小さな袋を門番に渡した。門番はそれを受け取ると、袋の口を開けて中身を確認した。少し表情が明るくなる。

「……うむ、いいぞ。通れ」

 ニヤニヤしながら言った。思ったより多かったのかもしれない。

「ありがとうございます」

 それだけ言うとノエルはそそくさと中に入ろうとした。が、アーシェは物珍しそうに、キョロキョロと周囲を見回している。

「こら、アーシェ! 何をしているんだ。早く行くぞ」

 アーシェの手を掴むと無理矢理引っ張っていくように、門をくぐり抜けていった。

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