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隠れ家的喫茶店でマスターの俺と一緒に帰るために閉店まで居座るダウナー系美少女はネットで有名な歌手らしい  作者: 剃り残し


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 最高の一日をスタートさせる。その合言葉を胸にコンビニでケチャップを購入して萌夏の自宅へ。


 明日も喫茶店『かるでい』は営業をするため酒は無し。コンビニのロゴがプリントされた袋の中にあるのはケチャップと明朝用のインスタントコーヒーと、夕食兼夜食のおにぎりが2つだ。一つは俺の分、もう一つは萌夏の分。


 頭の中を占めているのはほとんどが萌夏のこと。素面で萌夏の部屋にお泊りというのもあるし、何より萌夏の部屋着が刺激的すぎるからだ。


 白いふわふわのパーカーとのショート丈のズボンのセットアップ。ズボンの丈はパンツかと思うくらいに短い上に裾が広く、何なら座った時、隙間からたまにパンツが見える。本人は気づいていないのか、あるいはわざとなのか分からないが、とにかく目のやり場に困る服装だ。


「匠己さーん、お風呂沸いたよ」


 おにぎりを一つ食べ終わった頃、萌夏が風呂場の方からやってきてそう言った。


「萌夏ちゃんから入れよ。俺は後でいいから」


「や、ここはゲストから」


「あぁ……うん。悪いな」


「いいのいい――あぁ! あー! あー!」


 萌夏は急に俺を指さして叫び、騒ぎ始めた。小さなワンルームマンションには不釣り合いな声量のため、耳を塞いで耐える。


「なっ、なんだよ!?」


「おにっ……おにっ……おにぎり……えっ、えびっ……まよっ……」


「ん? おにぎりがなん――あっ……」


 自分が食べていたおにぎりのラベルを見て気づく。俺が買ったのはツナマヨ、萌夏が買ったのはエビマヨ。そして、俺が食べていたのはエビマヨだ。


「すっ……すまん! マヨだけ見てて間違えたんだわ……本当にごめん……ガチで気づかなかった……」


「たっ……匠己さん!?」


 萌夏が慌てて俺に近づいてきて、背伸びをしながら顔を覗き飲んでくる。


「ど、どうしたんだ?」


「よっぽど疲れてたんだね」


 萌夏はそのまま俺の頭を撫でてくる。てっきり鬼のように怒られると思っていたので肩透かしを食らって「お、おう」と情けない声が出る。


「お疲れさま、匠己さん。普通、エビマヨとツナマヨを間違えないよね。それを間違えるんだから匠己さんはよっぽど疲れてるんだよ。それか人間じゃないか、味覚がおかしいか、エビマヨと分かったうえで最後まで食べきるサイコパスのどれかだよね」


 真顔で早口でまくしたてる萌夏を見て、あ、これ怒ってるわ、と気づく。


「萌夏ちゃん……コップで冷水をかけたり……しないよな?」


「冷水なんて生温いよ! ……ん? 匠己さん、ちょっとややこしいね、これ。冷水なのに、生温い。お湯ならいいのかな? お湯なのに生温い……うーん……や、違うなぁ……水なのに生温い……生温い水ってなんていうんだろ……」


 萌夏は顎に手を当てて考え始めたが、すぐに思考を放棄したのか唇を勢いよく離して「パッ」と唇で音を立てた。


「ま、いいや。怒ってないよ。むしろガチで心配してるまである。エビマヨとツナマヨは全然違うものだから。青山萌夏とカフェモカくらい違うよ?」


「そっ……そうだな……」


「あ、もしかして今晩、エビマヨちゃんもおにぎりにみたいにパクっと食べられちゃう?」


 萌夏がニヤニヤしながら聞いてくる。


「ツナマヨちゃん、お風呂にはいりまーす」


 エビマヨおにぎりを食べた罪悪感と、おっさんのような事を言う萌夏から逃げるように俺は風呂に向かった。


 ◆


 匠己さんのシャワー音を聞きながらツナマヨおにぎりの包装を剥がす。三角形の米の塊に海苔を巻き付けてかじりつく。


 パリパリの海苔、ふんわりと締め固められたお米、そしてツナマヨの順番に味を感じる。


「匠己さん……大丈夫かな……」


 普通に考えてエビマヨとツナマヨを間違えるなんてありえない。間違えて開けてしまったとしても一口食べたら気づくはずだ。


 それに気づかないくらいにぼーっとしている。つまり、食事がまともに手につかない程の考え事があるということ。


 まさか……恋?


 今日あったことを思い出す。店を出て2人で歩いた。ひと悶着あった。けどそれはいつものこと。


 もっと、普段と大きく違うこと……


「伊里さんだ……」


 それに気づいた瞬間、私はツナマヨおにぎりが手につかなくなるどころか一気に食べきり、ここから何をどうすべきか考え始めた。


 ◆


 身体を洗い終わり、風呂から上がろうとした瞬間、浴室のすりガラス越しに誰かが立っているのが見えた。


 開けると髪の毛をびっしょりと濡らした萌夏が立っていた。


「うわぁあああ!?」


 萌夏は俯いたまま風呂場に入ってくる。服は着てくれているものの、そもそも服がエロいので大差はない。


 右手で股間を隠し、左手で武器の代わりにシャワーヘッドを掴む。


「匠己さん、かけて」


 萌夏はか細い裏声でそう言う。普段の声はローテンションながら芯があるのに、今だけは本当に細く、か弱い声だ。


「……え?」


「たくさんかけて欲しい」


「……ん?」


「満足するまで顔にいっぱいかけて」


「なっ、何を仰っているんですか?」


「性癖じゃないの? 大人しそうな女の子がびしょびしょにさせられてる姿に興奮するんじゃないの?」


「なんでそうなる!?」


「けど……うおっ……お、大きいよ?」


 萌夏は一瞬素に戻りかけるが、細い裏声を維持しながら俺の股間を指差す。


 匠己のタクミが反応しているのは単に萌夏の部屋着から下着が透けているのと、そもそも服がエロい――性癖か。


「もっ、萌夏ちゃん!」


「何?」


「とっ、とりあえずその服を脱いでくれないか?」


「……ん?」


 萌夏がいつもの気だるそうな真顔に戻り、俺をじっと見てくる。


「が、ガチで……? ここで……? い、今から!?」


「あぁ! ち、違うんだ! そういうことがしたいんじゃなくて! いや、まぁしたくないかと言われたらそうじゃないけど! とにかく! そ、その服を脱いでくれ!」


 気づいてしまった、性癖に。萌夏の部屋着が性癖に刺さりすぎていることに。


「違うのに脱がしたい……? ど、どういうこと?」


 萌夏が驚いた表情で尋ねてくる。俺はシャワーヘッドを持っている手で顔を隠しながら言う。


「そっ、その服だよ! その服が、もこもこのパーカーが、丈の短いズボンが、俺の性癖に刺さりすぎてるんだって! だから今すぐ脱いでくれ!」


 萌夏は顎に手を当てて考え込む。やがて頭の上に電球が光るかのようにぽん、と手を叩いて風呂場から出ていった。そして、洗濯機にパーカーと短いズボンを放り込み、下着の透けているTシャツとパンツというスタイルになって風呂場に戻ってきた。


「あ、ほんとだ。さっきより小さくなってる」


 萌夏は俺の股間をチラ見してニヤリと笑い、また風呂場から出ていった。


 ◆


 風呂から上がった後、萌夏が隣で床に寝転んだまま俺にスマートフォンを見せてくる。ふわふわ部屋着は濡れてしまったため洗濯機行きとなり、萌夏は色気も何も無いジャージとシャツに着替えてしまった。


「ね、匠己さん。これは? これは?」


 萌夏が見せてきたのはふわふわパジャマのブランドの別の商品。


「べっ、別に好きじゃねぇよ!」


「わ、過去一の王道ツンデレだ」


「ほっ、本当だぞ! この写真はモデルが良くないんだろうな! まったく魅力的に見えないしな!」


「逆に、私が着ていると魅力的に見える、と」


「うっ……」


 何も言えずに黙ると萌夏が「やっばぁ」と興奮した様子で起き上がって俺の頭をクシャクシャに撫で回す。


「素直になればいいのに。隠すような関係じゃないでしょ?」


 俺の背後で膝立ちになった萌夏がそう言う。


「オープンにする関係でもないだろ」


「ま、それもそっか」


「そもそもなんでいきなり風呂に突撃してきたんだよ……」


「あー……や、びしょ濡れ幸薄女が性癖かと勘違いしちゃって」


「だからって風呂に突撃するか……?」


「そっ、それは……焦ってて……せっ……『性癖に刺さるんだよ! 萌夏ちゃん! 服を脱いでくれよぉ!』」


 萌夏は誤魔化すように俺の声真似をしながらイジってくる。


「それはもうやめてくれぇ……」


 恥ずかしさのあまり、手で顔を覆って俯く。


「で、匠己さん。なんでエビマヨ食べちゃったの? あ、これは責めてるわけじゃなくて、何か考え事してたのかなって」


 手で顔を隠しているので見えないが、声の位置的に萌夏が俺の正面に来て座っているようだ。


「……萌夏ちゃんの事を考えてた」


 正確には萌夏の部屋着だが、恥ずかしいため言葉を端折る。


 萌夏は「うっ……デレ……」と言って追撃をしてこなくなった。


 指の隙間を広げてこっそりと萌夏の様子を確認する。萌夏は耳まで真っ赤にして自分の手をじっと見ていた。


 この人の性癖は……なんなんだ?

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