悪役令嬢に憧れて
「クラウディア、ただ今をもって、キミとの婚約を破棄する!」
「――!」
国中の貴族が集う煌びやかな夜会の最中。
そこで公爵令嬢のクラウディアは、婚約者であり、この国の王太子でもあるアレッシオから、突如そう宣言された。
アレッシオには男爵令嬢のロレッタが、まるで恋人のようにしなだれかかっている。
「どういうことでしょうか殿下。わたくしと殿下の婚約は王家が決めた政略結婚。余程の理由がない限り、婚約を破棄するなど、いくら殿下でも許されることではございませんわよ」
だが、クラウディアは凛とした姿勢を一切崩すことなく、真っ直ぐな瞳でアレッシオを見据える。
「ああ、だから余程の理由があったと言っているんだよ! 君は最近貴族学園でロレッタに、陰湿な嫌がらせを繰り返しているそうじゃないかッ! しかも先日はロレッタを階段から突き落として怪我までさせてッ! 君のような犯罪者を、僕の妻にするわけにはいかないッ!」
アレッシオはロレッタの肩を抱きながら、クラウディアにビシリと指を差す。
だがクラウディアは見逃さなかった。
この瞬間ロレッタが口端を吊り上げ、勝ち誇った笑みを向けてきたのを――。
これら一連の婚約破棄劇は、全てロレッタが仕組んだことだったのだ。
ロレッタはクラウディアからイジメられているという根も葉もない噂を自ら流し、挙句の果てにはクラウディアから突き落とされたように見せかけ、ワザと階段から落下までしたのである。
――全てはクラウディアからアレッシオを奪い、未来の王太子妃となるため。
「なるほど、そういうことですか。――よろしい、では今からそれら全てが濡れ衣であることを、この場で証明いたしますわ」
「な、なにィ!?」
「そ、そんな!?」
困惑するアレッシオとロレッタとは対照的に、クラウディアは極めて冷静に、説明を始めるのであった――。
「くうぅぅぅ~~~~!! やっぱり悪役令嬢はドチャクソカッコイイですわぁ~~~~」
悪役令嬢小説のクライマックスとも言えるこの婚約破棄シーンは、何度読んでも胸がトキメキますわ!
――わたくしが悪役令嬢小説にドハマりしてから早や一年。
この一年でわたくしが読んだ悪役令嬢小説は、優に百冊を超えます。
この、どんな時でも決して焦らず、凛とした姿勢を崩さない悪役令嬢に、今やわたくしは畏敬の念すら抱いております……。
いつかわたくしも、悪役令嬢になりたい――。
――いや、なってみせる!
夢は願っているだけでは決して叶いませんわ!
そうと決まったら、即行動ですわッ!
「悪役令嬢に、わたくしはなりますわ!!!!」
声高に宣言したわたくしは自室を飛び出し、リビングに向かったのです――。
「お父様! お母様! わたくし、夜会に出たいですわ!」
「「ブー!!!」」
リビングで紅茶を飲まれていたお父様とお母様が、盛大に紅茶を吹き出しました。
もう、汚いですわね!
「い、いいいいい今のは本当かレオノーラ!? あのものぐさで、毎日自室に引きこもって本ばかり読んでいるレオノーラが!?」
「何度夜会に出て婚約者を探せと言っても、頑なに拒否し続けてきたレオノーラが!!」
「ええ、わたくしもそろそろいい歳ですし、婚約者を探すことにしたのですわ」
「「う、うわあああああああん」」
お二人は感動のあまり、滝のような涙を流しております。
まあ、本当に探しているのは別のものなのですけどね!
「さて、と」
そして迎えた夜会当日。
今日のためにお父様とお母様が用意してくださった艶やかなドレスに身を包んだわたくしは、例のモノを探して辺りを見回します。
気合を入れて髪型も縦ロールにしてきましたし、今のわたくしは誰がどう見ても悪役令嬢そのもの!
テンション上がりますわぁ~~~~。
……ただ、どうにもこの、夜会のキラキラした空気感は肌に合わないですわぁ。
ぶっちゃけもう帰って、いつもみたいにタルトを頬張りながら、悪役令嬢小説を読みふけりたくなってきましたわぁ……。
いや!
いやいや!
ここで逃げ出したら、悪役令嬢になるという夢は永遠に叶わなくなってしまいますわ!
それだけは嫌ですわ!
――わたくしは絶対に、悪役令嬢になると決めたのですから。
「……ハァ」
「――!」
その時でした。
一人で壁に寄りかかり、溜め息をつきながら俯いているピンク髪の令嬢が目に留まりました。
その令嬢は素朴な顔立ちながらも、可愛らしく庇護欲をそそる容姿をしておりますわ。
こ、これは、もしや――!!
「ごきげんようッ!」
「……え?」
堪らずわたくしは、その令嬢に駆け寄って声を掛けました。
「わたくしはベルンシュタイン伯爵家の、レオノーラと申しますわ!」
慣れないカーテシーを披露するわたくし。
ああもう!
普段はまったく運動しないこともあって、カーテシーって何気にキッツいですわぁ~~~~。
右足の筋肉がピキッていいましたわぁ~~~~。
「えっ!? ベルンシュタイン伯爵家って、あの名門の!? あわわわわ!! こ、これは恐縮ですッ! わ、私はエーデン男爵家の、リタと申します!」
リタさんは慌てて、たどたどしいカーテシーを披露します。
ビンゴですわぁ~~~~。
リタさんのこの雰囲気、いかにも男爵令嬢っぽいとは思いましたが、ドンピシャでしたわぁ~~~~。
しかもピンク髪ってところが、ポイント高いですわ!
悪役令嬢小説の寝取り役は、ピンク髪の男爵令嬢と相場が決まっておりますからね!
――リタさんこそが、わたくしの悪役令嬢になるという夢を叶えるために、欠かせないお方。
「リタさん、もしよろしければ、わたくしとお友達になってはくださいませんでしょうか?」
「ええぇッ!?!? わ、私なんかが、レオノーラ様の、おおおおお、お友達にいいいい!?!?」
リタさんはグルグル目になりながら、あわあわしております。
うふふ、実に可愛いですわぁ~~~~。
これこそが、わたくしの追い求めていた理想の寝取り役ですわぁ~~~~。
「ほ、本当に私なんかでよろしいんでしょうか? 私は貴族と名乗るのもおこがましいような、男爵家の中でも最底辺の家の女ですし、とてもレオノーラ様とは、家格が釣り合わないと思うのですが……。現に今日だって誰も私のことなんか見向きもせず、空気みたいな扱いでしたし……」
「うふふ、何を仰いますか。家格なんて些末な問題ですわ。わたくしは男爵家の令嬢であるリタさんではなく、リタさんという個人とお友達になりたいと思ったのですわ。だからどうか、わたくしとお友達になってくださいまし」
わたくしはリタさんの右手を、親しみを込めて両手でギュッと握ります。
「レ、レオノーラ様……!! あ、ありがとうございます……!! ありがとうございますぅぅ……!!」
感極まったリタさんは、滝のような涙を流したのでした。
よおおおし、これでまずは悪役令嬢への第一歩、寝取り役の男爵令嬢をゲットしましたわぁ~~~~!!
「さあさあリタさん、もっと紅茶をお飲みになって」
「あ、ありがとうございます、レオノーラ様!」
あれから数日。
早速リタさんを我が家に招き、お茶会を開いたわたくし。
リタさんに立派な寝取り役になっていただくために、まずは親睦を深めませんとね!
やはり赤の他人から婚約者を寝取られるよりも、親しい友人から寝取られたほうが、より悪役令嬢レベルが高いですし!
「レオノーラ、どういうことなんだこれは!? お前は夜会に、婚約者を探しに行ったんじゃなかったのか!?」
「そうよレオノーラ! これじゃ話が違うじゃない!?」
そんなわたくしたちを見て、お父様とお母様がギャーギャーわめいてますわ。
もう!
焦りは禁物ですわよお二人とも!
悪役令嬢への道は、そんな生易しいものではないのですわ!
悪役令嬢は一日にして成らず、ですわ!
「あ、そ、そうですよね……。私みたいな底辺貴族の娘がレオノーラ様と親しくするなんて、やっぱりおこがましかったですよね……」
「あ、ああ! 違うんだよリタちゃん! 別に今のは、そういう意味で言ったんじゃないんだよ!」
「そ、そうよ! この子ったら、ずーーーっと部屋に引きこもって本ばかり読んでたから未だにぼっちだったんだけど、リタちゃんみたいな可愛いお友達が出来たことは、とっても嬉しいのよ! ねえあなた!」
「ああ、そうだとも! リタちゃん、どうかこのだらしのない娘を、よろしく頼むね」
もう!
だらしのないは余計ですわよ、お父様。
「あ、はい、もちろんです! レオノーラ様はこんな私とお友達になってくださった、女神のようなお方ですから」
「お、おぉ……! リタちゃん……!」
「ああもう! なんていい子なのかしらッ! うちの子と違って!」
一言余計ですわよ、お母様。
うふふ、それにしても、一瞬で両親をここまで虜にするとは。
――やはりわたくしの見立てに、間違いはなかったようですわね!
こうしてわたくしとリタさんは、二人で買い物に出掛けたり、パンケーキをシェアして食べたり、お揃いのアクセサリーを身に着けたりしながら、順調に仲を深めていったのですわ。
「……レオノーラ様、本当にありがとうございます。私最近、毎日が楽しいです!」
「うふふ、それはこちらの台詞ですわ。リタさん、どうかこれからも末永く、わたくしとお友達でいてくださいましね」
そしてわたくしから婚約者を、寝取ってくださいましね!
「はい、もちろんです!」
「うふふふふ」
さあて、これでやっと、次の段階に進めますわ――。
「わあ、今日のレオノーラ様のドレス姿も、とっても素敵です!」
そして迎えた次の夜会当日。
今日はわたくしにとって一番大事な日ですから、いつも以上に気合を入れておめかししてまいりましたわ!
「うふふ、リタさんのドレスも似合ってますわよ」
「あ、ありがとうございます! でも、本当によかったんでしょうか? こんな高価なドレスをいただいちゃっても……」
「ええ、もちろんですわ。わたくしはもう着ませんし、せっかくですから親友であるリタさんに着ていただきたいのですわ」
今日のリタさんには、わたくしが以前両親からプレゼントされた、全身にフリフリが付いた、それはそれは可愛らしいドレスを着ていただいております。
――これならきっと、わたくしの婚約者になる人もリタさんを好きになるはず。
「し、親友……! レオノーラ様、私一生、レオノーラ様について行きます!」
「うふふ、リタさんは大袈裟ですわね」
「いいえ、私は本気です、レオノーラ様!」
リタさんのお気持ちは嬉しいですが、それは叶わない夢ですわ。
――何故ならリタさんは、わたくしの婚約者を寝取るのですから。
「……! あら?」
「? どうかされましたか、レオノーラ様?」
その時でした。
わたくしの胸が、少しだけチクンとしました。
「い、いえ、何でもないのです。さあリタさん! 今日はお互い張り切って、婚約者を探しますわよ!」
「あ、はい。……でも、私みたいな何の魅力もない女を、婚約者にしてくださる男性なんていないと思いますけど……」
「そんなことはございませんわ! リタさんはご自分の魅力に気付いていないだけなのです!」
「――! ……レオノーラ様」
わたくしはリタさんの右手を、両手でギュッと握ります。
「――このわたくしが保証いたしますわ。リタさんは魅力溢れる、素敵な女性ですわ。だからどうか、もっと自信をもってくださいまし」
でないとわたくしから、婚約者を寝取れませんわよ!
「は、はい! レオノーラ様がそう言ってくださったら、何だか自信が湧いてきました!」
リタさんのお顔がヒマワリみたいに、パアッと明るくなりました。
笑顔が眩しいですわぁ~~~~。
この笑顔こそが、リタさんの一番の武器ですわぁ~~~~。
これはもう、寝取り確定ですわぁ~~~~。
「えっ!? 誰あのお方!?」
「何てイケメンなのッ! あんな人、今まで夜会で見たことないわよ!?」
その時でした。
会場がにわかにざわつき出しました。
見ればそこには、一人の貴族令息が立っていました。
その男性はすらりと背が高く、流れるような金色の髪は光り輝いており、その端正なお顔は、男女問わず魅了する、神々しさすら感じるものでした。
まるで天使様が降臨されたかのようです。
――ですが、わたくしはこの天使様のお顔に、既視感がありました。
ま、まさか――!
「……そこのあなた、もしかしてヨハネスですか?」
「ああ、そうだよレオノーラ。ちょうど10年ぶりだね」
やっぱり!
天使様の正体は、わたくしの幼馴染のヨハネスでした。
わたくしのお父様とヨハネスのお父様が親友だったこともあり、子どもの頃はよく家族ぐるみの付き合いをしておりました。
当時のわたくしにとって、ヨハネスは唯一の親友だったのですわ。
……ですが、今から10年前、ヨハネスは大陸最南端にあるニャッポリート帝国に留学することになり、それきり音信不通に。
それがまさか、こんなところで再会するなんて――。
「いつ戻って来たんですの? 連絡くらいくださればよかったですのに」
「ごめんよレオノーラ。本当はあと数年はあっちにいる予定だったんだけど、急用ができたものだから、ついさっき帰って来たばかりなんだ」
「急用?」
まあ、いいですわ。
これはある意味渡りに船。
――ヨハネスだったら、申し分はございませんからね!
「ヨハネス、お願いがあるのですわ」
「うん、何かな」
わたくしはヨハネスに、右手を差し出します。
「お互いもういい歳ですし、わたくしと――婚約を結びませんか」
「「「――!!!」」」
突然のわたくしからの爆弾発言に、会場中がざわつきます。
うふふ、こういった大胆な行動こそも、悪役令嬢に欠かせない要素の一つ!
これでまたわたくしは一歩、悪役令嬢に近付きましたわぁ~~~~。
「――フフ、変わらないね、君は」
「え?」
ヨハネス……?
「――わかったよ。こんな僕でよかったら、よろしくね、レオノーラ」
「「「――!!?」」」
ヨハネスはそれこそ天使のような笑みを浮かべながら、私と握手を交わしたのですわ。
お、おお!?
思いの外、アッサリ上手くいきましたわぁ~~~~。
どうやら神様もわたくしに、悪役令嬢になれと言っているようですわぁ~~~~。
「わああああ!!! おめでとうございます、レオノーラ様ッ!! はううう!! 美男美女のカップル成立に、私は今爆萌えしてますッ!! これはもう、推しカプ確定ですよおおお!!!」
胸を押さえながら、悶えに悶えるリタさん。
うふふ、リタさんもヨハネスを気に入っていただけたようで、何よりですわ。
――リタさんにはいずれ、ヨハネスを寝取っていただかなくてはなりませんからね!
「では、僕たちの婚約成立の証に、一曲踊っていただけますか、レディ?」
「――!」
蕩けるような甘いキスをわたくしの手の甲に落としながら、そう言うヨハネス。
まあ!
そんなキザな台詞も吐けるようになったなんて!
こんなにイケメンなことですし、さてはヨハネス、ニャッポリート帝国で女遊びに勤しんでいたのでは!?
「……! あら?」
「どうかしたかい、レオノーラ」
その時でした。
またわたくしの胸が、少しだけチクンとしました。
さっきからわたくし、いったいどうしてしまったのでしょうか?
「い、いえ、何でもありませんわ。ですがヨハネス、わたくし、ダンスはちょっと苦手で……」
何せ普段は、引きこもって本しか読んでおりませんからね!
「大丈夫だよ。――僕に任せて」
「――!」
曲が始まると同時に、ヨハネスは流れるように、優しくわたくしをリードしてくださいました。
お、おお!?
これならわたくしでも、何とか踊れますわ!
「凄いですわねヨハネス。こんなの、いつの間に覚えたんですの?」
少なくとも子どもの頃のヨハネスは、ダンスの練習なんてしていなかったはずですが。
「フフ、必死に練習しただけだよ」
「へ、へえ」
それだけ一緒に踊りたい女性がいたということでしょうか?
あら?
また胸が――!
ああもう、何だか今日のわたくしは、どうにかしてしまってますわぁ~~~~。
――まあ、とはいえこれで遂に、わたくしが悪役令嬢になるためのピースが、全て揃いましたわぁ~~~~!!
「さあさあヨハネス、もっと紅茶をお飲みになって」
「ありがとう、レオノーラ」
「リタさんも」
「あ、ありがとうございます、レオノーラ様!」
あれから数日。
早速ヨハネスとリタさんを我が家に招き、お茶会を開いたわたくし。
「でもレオノーラ様、本当に私もここにいてよろしいんでしょうか……? せっかく婚約者になったばかりのお二人が、愛を深め合う場ですのに……」
「うふふ、問題ございませんわよ。ねえヨハネス?」
だってリタさんにはむしろわたくしよりも、ヨハネスと愛を深め合っていただく必要があるのですから!
「うん、そうだね。リタさん、いつもレオノーラと仲良くしてくれてありがとう。この子はこの通り押しが強すぎるところがあるから、付き合うのは大変だろう?」
「い、いえいえいえ! 全然全然!! レオノーラ様はとてもお優しい方なので、大変だと思ったことなんて一度もございません! 先日だって二人で買い物をしている最中、私は靴擦れしてしまったんですが、レオノーラ様はすぐ気付いて、自ら包帯を巻いてくださったんですよ!」
ああ、ありましたわね、そんなことも。
リタさんにはヨハネスを寝取っていただくためにも、常に万全の状態でいていただく必要がございますからね!
当然目は光らせてますわよ!
「フフ、そうそう、レオノーラって身近な人の体調の変化とかに凄く敏感なんだよね。僕も子どもの頃はあまり身体が丈夫じゃなくてね。レオノーラと一緒に遊んでる時もよく熱を出してたんだけど、そのたびすぐレオノーラは気付いてくれて、僕をベッドまで運んで付きっ切りで看病してくれたんだよ」
ああ、ありましたわね、そんなことも。
まあ、昔からぼっちだったわたくしにとって、当時のヨハネスは唯一の親友でしたからね。
親友を失うのが怖くて、わたくしも必死だったのですわ。
……それだけに、ヨハネスの留学が決まってしまった時は、それはそれは泣きましたっけ。
そういえば、わたくしが部屋に引きこもって本ばかり読むようになったのも、あれ以来でしたわね。
「わあ! やっぱりレオノーラ様は、昔からレオノーラ様だったんですね! しかも付きっ切りで看病とかッ!! 何ててぇてぇ光景ッ!! 是非拝見したかったですぅ~~~~」
「アハハ」
リタさんは両手で口元を覆いながら、目をキラッキラさせておりますわ!
そしてそんなリタさんに、ヨハネスは優しく微笑みます。
おお!
イイ雰囲気じゃありませんか二人とも!
これはリタさんがヨハネスを寝取るのも、時間の問題ですわね!
「――!」
「ん? どうかしたかい、レオノーラ?」
「レオノーラ様! 顔色が悪いですよ!?」
「ああいや、何でもないですわ。お気になさらず」
また胸が、チクッと痛みましたわ……。
最近のわたくしの心臓は、いったいどうしてしまったのでしょうか……。
「やあヨハネス君! 久しぶりだね!」
「まあまあ! すっかりイケメンになって!」
と、そこへ、お父様とお母様がやって来ました。
もう!
今リタさんとヨハネスが愛を深めている最中なのですから、邪魔しないでくださいまし!
「お久しぶりでございます、ベルンシュタイン伯爵、ベルンシュタイン伯爵夫人」
ヨハネスはすっと立ち上がり、二人に深く頭を下げます。
「いやいや、そんな他人行儀な態度はよしてくれよ。君は私たちの息子になるのだからね」
「そうよ。是非私たちのことは、実の親だと思ってね」
「ありがとうございます、お義父様、お義母様」
「おお……!!」
「まあ……!!」
ヨハネスの天使のような笑顔に、二人はメロメロになっておりますわ。
――ですが、残念ながらヨハネスが二人の息子になることはございませんわ!
「うんうんうん! 君がレオノーラと結婚してくれるなら、私も安心だよ!」
「ホントホント! 急いで連絡してよかったわ!」
え?
急いで、連絡……?
「お母様、今のはどういう意味ですの?」
「あ、ああ! 何でもないのよ! あなたは気にしないで、レオノーラ!」
「うんうんうん! 気にするな、レオノーラ!」
「はぁ……」
まあ、確かにここまでは至って順調にわたくしの計画は進んでおりますからね!
些末なことなど、気にする必要はございませんわね!
こうしてわたくしはリタさんとヨハネスをくっつけるために、何かにつけて三人でデートに出掛けました。
リタさんとヨハネスはいつも、
「この前レオノーラ様と、こんなことがあったんです!」
「ああ、僕も昔レオノーラと、こんなことがあったよ」
と、わたくしの話題で盛り上がっております。
できればお二人にはわたくしの話題なんて出さず、お二人だけの世界に入っていただきたいところではございますが、まあ、お二人の親密度が上がっているなら、この際何でもいいですわ!
――さて、機は熟しました。
次はいよいよ悪役令嬢としてのメインイベント、婚約破棄シーンですわねッ!
「――レオノーラ、綺麗だよ」
「はううう!!! 今日のレオノーラ様は、いつにも増してお美しいですぅぅぅ~~~~!!!」
「うふふ、ありがとう存じますわ」
そして迎えた次の夜会。
この日わたくしは、初めて婚約者であるヨハネスからエスコートを受けて、夜会に参加しましたわ。
もちろんリタさんも一緒です。
婚約破棄イベントとしては、絶好のシチュエーションと言えるでしょう。
――遂にわたくしの、悪役令嬢になるという夢が叶う日がきたのですわ。
今日のためにお父様に頼んで、超一流のスタイリストに着飾っていただきましたし、今のわたくしは誰がどう見ても悪役令嬢そのものッ!!
感無量ですわぁ~~~~。
「では、早速一曲踊っていただけますか、レディ?」
「――!」
蕩けるような甘いキスをわたくしの手の甲に落としながら、そう言うヨハネス。
なるほど!
ダンスが終わると同時に、「ただ今をもって、キミとの婚約を破棄する!」と宣言するパターンのやつですわね!?
悪役令嬢小説で5億回は読んだシチュエーションですわぁ~~~~。
「うふふ、喜んで」
前回同様ヨハネスにリードされながら、拙いダンスを披露するわたくし。
ううむ、流石にダンスの練習くらいは、もう少ししておくべきでしたわね。
ダンスが下手な悪役令嬢なんて、悪役令嬢っぽくないですもの!
そうこうしているうちに、曲も終わりに近付いてきましたわ。
――いよいよ婚約破棄ですわ。
……ヨハネスとの婚約者としての関係も、ここまでですわね。
「…………レオノーラ」
「え?」
その時でした。
まだ曲は終わっていないのにヨハネスが足を止め、懐からハンカチを取り出してわたくしの目元に当てたのですわ。
ヨ、ヨハネス……?
「レオノーラ様!? どうされたんですか!? どこか痛めましたか!?」
リタさんも大層慌てた様子で、こちらに駆け寄って来ます。
さっきからどうしたのです二人とも?
わたくしは至って健康ですわよ?
「…………あ」
自分の目元に手を当てたわたくしは、やっと気付きました。
――わたくし、泣いてる?
そんな……、何故泣くことがあるのです……?
やっと悪役令嬢になれる日がきたというのに……。
……ううん、そろそろわたくしも、自分の気持ちに向き合う時ですわ。
――わたくしは、ヨハネスのことが好きなのですわ。
それこそ、子どもの頃からずっと。
だからこそ、ヨハネスと離れ離れになった途端人生に絶望し、部屋に引きこもってしまったのですから……。
何とも皮肉な話ですわね……。
婚約を破棄される直前になって、自分の気持ちに気付くなんて……。
――でも。
「い、嫌ですわ……!」
「――! レオノーラ……」
「いくらリタさんでも、ヨハネスのことだけは渡したくありませんわッ!」
悪役令嬢としては失格でしょうが、それよりもわたくしは、ヨハネスを取りますわッ!
「え? え? え? 私がヨハネス様、を?? 何がどうなったら、そういう話になるのです??」
リタさんがキョトンとした顔をされております。
ああもう!
そんなお顔も可愛いですわねッ!
「フフ、安心してよレオノーラ。――僕が好きなのは子どもの頃からずっと、君だけなんだから」
「…………え?」
その時でした。
ヨハネスが蕩けるような笑顔を向けながら、わたくしの頬にそっと右手で触れたのですわ。
えーーー!?!?!?
そそそそそ、そんなあああああああ!?!?!?
「その顔、やっぱり気付いてなかったんだね。人の体調変化はすぐわかるのに、自分に向けられる感情には、本当に鈍いんだから。まあ、そんなところも可愛いけど」
「あ、え、その……」
まさかの展開に、全身が急激に熱くなります。
「そうですよッ! 誰がどう見てもヨハネス様は、レオノーラ様だけにベタ惚れだったじゃないですか! まあ、鈍感なレオノーラ様も、それはそれでギャン萌えですけどッ!」
リタさんが目をキラッキラ輝かせておりますわ。
えぇ……。
そんなにわかりやすかったですか?
た、確かに言われてみればヨハネスはいつもわたくしに情熱的な視線を向けていたような気がしてきましたが……。
はうう!
そう考えたら、途端に恥ずかしくなってきましたわぁ~~~~。
もうヨハネスの顔、直視できませんわぁ~~~~。
「……僕がニャッポリート帝国に留学した一番の目的は、僕のこの病弱な身体を治すためだったんだ」
「え?」
そ、そうだったのですかヨハネス!?
「将来君と結婚したいなら、あのままじゃ無理だったから。ニャッポリート帝国は医学が発展している国だからね。現にニャッポリート帝国で名医に出会えたお陰で、僕の身体はこうしてほぼほぼ健康になったんだよ」
「ヨハネス……」
ヨハネスは両手を広げて、天使みたいに微笑みます。
「あと少しで長年の治療も終わって、やっと君に想いを伝えられるとワクワクしていたのに、そんな中君の両親から手紙が届いてね。『ずっと引きこもっていたレオノーラが、急に夜会に出ると言い出した。多分、毎日読んでる悪役令嬢小説から影響を受けたんだと思う』って書かれていたよ。僕は居ても立っても居られなくて、急いでこの国に帰って来たんだ」
ああ、お母様が「急いで連絡してよかった」と言っていたのは、そういうことだったのですわね。
しかも、わたくしが悪役令嬢に憧れてることまでバレてたなんて!
完全に黒歴史になってしまいましたわぁ~~~~。
「で、でも、途中で治療を切り上げてしまって大丈夫なのですか?」
「うん、この通りもう身体自体は治ってるんだ。あとは経過観察を残すだけだから、この国の病院でも十分さ」
「そうですか……」
それは本当に、よかったですわ……。
あら、ほっとしたらまた、涙が――。
「――レオノーラ、愛してるよ」
そんなわたくしの涙を、ヨハネスがまたハンカチで拭ってくれました。
嗚呼、ヨハネス――!
「――ヨハネス、わたくしもあなたを、愛しておりますわ」
「うん、ありがとう。一生大切にするからね」
「わたくしもですわ!」
わたくしとヨハネスははしたないとはわかっていながらも、人前で熱く抱き合いました。
だってこの溢れんばかりの気持ちを、抑えきれなかったんですもの!
「わあああああん!!! レオノーラ様、ヨハネス様、おめでとうございますうううう!!!!」
そんなわたくしたちをリタさんは、号泣しながら祝福してくださいました。
うふふ、ありがとうございますわ、リタさん――。
「あ、あの!」
「え? 私ですか?」
その時でした。
一人の純朴そうな青年が、リタさんに声を掛けました。
おお!?
これはッ!
「じ、実は前に夜会で見掛けた時から、ずっと可愛い人だなって思ってて……。もしよかったら、俺と踊ってくれませんか!」
「なっ!?」
青年は顔を真っ赤にしながら、リタさんに右手を差し出されました。
ほらやっぱりぃぃ~~~~。
リタさんは可愛いんですわぁ~~~~。
「あ、えっと、その……、わ、私なんかで、よろしければ……」
リタさんも同じくらい顔を赤くしながら、青年の手を取ったのですわ。
カップル成立ですわぁ~~~~。
今夜は祝杯ですわぁ~~~~。
――こうしてわたくしとリタさんは、お互い運命の相手と出逢ったのでした。
めでたしめでたし
拙作、『12歳の侯爵令息からプロポーズされたので、諦めさせるために到底達成できない条件を3つも出したら、6年後全部達成してきた!?』がcomic スピラ様より2025年10月16日に発売された『一途に溺愛されて、幸せを掴み取ってみせますわ!異世界アンソロジーコミック 11巻』に収録されています。
よろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)




