第118話 彼女と彼の結末
この過去があの未来につながっているのかはわからない。
だが、アンジェリーナが作りあげた魔導具は、おそらく『時代の中にある異物』として未来に継承されるのだろう。
そしてこの『アンジェリーナがドラクロワ王国を興し、未来に魔導具を託す』という展開が正史ならば、未来、初代魔王によって自分たちは追い込まれ、こうして過去に飛ばされるのだ。
つまりそれは、使命が達成されないことを意味する。
「どうしたらいいか」
「……あの、再会して最初の話題がそれなんですか?」
……とはいえ、他に話すべきこともわからない。
魔王はオーギュストと再会した。
そして、お互いにずいぶんと歳を重ねていた。
オーギュストはクリスティアナ王国を興し、アンジェリーナはドラクロワ王国を興した。
オーギュストには妻がおり、それはクリスティアナという名前だった。
二人は緑あふれる庭園の中におり、歩きながら花を愛でていた。
木漏れ日差し込む時間帯、クリスティアナ王国女王とドラクロワ王国王の会談は、護衛もつけず、たった二人で行なわれている。
「ガブリエル、バスティアン、エマ、バルバロッサは見つからんな」
「そうですね。僕も探させましたが」
二つの国の王はとっくに大人になりながらも、横に並んで庭園の花を愛でる様子は、どこか年若い雰囲気があった。
少女と少年とはもはや呼べない年齢なのに、まるで学生のような……
「あるいは別の時代に飛ばされたのやも」
「あの浮島はなんなんですか?」
「わからん。まあ、外側だけなら作りあげられるが、肝心の『時間遡行』を可能とする光の魔力は、我では確保できんのだ」
「…………君のしゃべり方は、身分が『王』だとしっくりきますね」
「もともと王ゆえにな」
冗談のような、真剣なような言葉を交わしながら、二人の王は庭園を歩く。
その散策にはまったく目的がないようで、しかし遠目に見守る護衛が割り込めないぐらいに真剣だった。
なんでもない話は互いの近況を問いかけるフェイズに入った。
互いにたくさんの報告があった。
互いにたくさんの冒険があった。
そして、話は『現在』にとどいた。
「オーギュスト」
「なんでしょう?」
「子供は何人いる?」
そこでオーギュスト王は完全に動きを停止させた。
ドラクロワ王アンジェリーナは、彼の顔を改めてながめた。
かつて少女のようだった美貌は、その面影を残しながら、もはや別物と言えるほどに精悍に男らしくなっていた。
背もあれからだいぶ伸びただろう。アンジェリーナは相変わらずの身長なので、かなり見上げる羽目になってしまっている。
着ているものはアンジェリーナの故郷風、というのか……
彼の王国こそがクリスティアナ王国であり、いずれそこで『アンジェリーナ』が生まれるのだからそれはそうなのだろうが、どこか硬そうな生地でできた濃い色のスーツは、生地の質や縫製技術などは未来と比べるべくもないが、デザインの大枠は、アンジェリーナの父の服装を想わせるものだった。
背の高い金髪の男性は、困り果てた笑みを浮かべている。
「……その質問に答えないといけませんか?」
「ためらうような質問でもあるまい」
「……僕はかなり気まずい思いを抱えてここにいるんですよ」
「十年経ったか? もっとか?」
「もっとですね」
「それだけ離れていたのだ。お互いにいろいろあってしかるべきだろう。それに、我は貴様にふさわしい嫁ができたことは喜ばしく思う。もともと誰か見繕ってやらんとと考えていたわけだしな」
「僕たちは婚約者だったんですよ」
「我の側にその資格はないと思っていた」
「『アンジェリーナ』がいろいろしていたからですか?」
「最初はそれが原因だと思っていたが、どうにも、そうではなかったらしい」
「ふむ?」
オーギュストが首をかしげる。
アンジェリーナは、目の前にある真っ白い花弁の大輪の花に顔を寄せて、言葉を続けた。
「未来の世界に『親友』がいた」
「……」
「やつの中でそれは『友情』だったし、我もそういった感情についてよくわからなかったが……ともすれば、我がやつに抱いていたのは、『恋愛感情』だったのかもしれんと……アンジェリーナの蔵書を見た経験があって、気付くことができた。……あの時に、恋愛書籍に覚えた感動は、心の中にあった感情の正体がようやくわかったからだったのではないかと、今になってそ思うのだ」
「……」
「貴様に似た見た目の男だったな。性格は……まあ、貴様よりじゃっかん粗暴で乱暴ではあったが、大枠は似ている感じがする」
「……そうですか」
「それにな、アンジェリーナにも好いた相手がいるのだ」
「……それは、『アンジェリーナ』に?」
「そうだ。そいつのために存在を投げ出すほどの想いは、愛と呼ぶべきだろう?」
「………………そう、ですね」
「だから、我が国王でありながら未婚なのは、貴様への義理立てではない。自分の感情と、アンジェリーナの感情を慮った結果だ」
「安心した、と言った方がいいですか?」
「貴様の安心を願った言葉という側面もある」
「……安心したとはとても言えませんが、君の気づかいを無碍にはしません。ありがとうございます」
「構わん。それで、子供は何人いる?」
「…………三人います」
「一人よこせ。次の王にする」
オーギュストはまた動きを止めた。
そして、この『感じ』にひどく懐かしさを覚えているような顔で笑った。
「……相変わらずめちゃくちゃですね」
「おそらく、我は『失敗』した」
「……『始まりの魔王を倒す』という試み、ですね」
「うむ。であれば、やり直しができるようにしなければならん。何がどう作用してやり直しが起こっていたかはわからんが、『状況』はそろえるべきだろう」
「……」
「王家は明らかにオーギュストの血筋だった。ゆえに、そうなるようにすべきだ」
「それを言い出したら、クリスティアナ王国は君の血筋でしたよ」
「そちらにはクリスティアナがいるであろう。少なくともドラクロワ王国は我の代で断絶はせず、あの時代まで続く。ゆえに後継者が必要で、その後継者はオーギュストの血筋である必要がある。……まあ、顔立ちやら髪色やらなので、放って置いてもあのようになる可能性は否定せんが、今のところ跡継ぎのめども立たぬゆえにな」
「……ガブやバスティアンは、本当に、どこにいるのでしょうね。僕らの捜索能力は、かなりのものだと思うのですが」
「ここより先の時代か、ここよりあとの時代に飛ばされたのかもしれん。バルバロッサなどはまあどこに飛ばされてもやっていけるだろうが、エマやバスティアンはやや不安だな」
「特にエマ嬢は……気がかりですね」
「とはいえ、手は尽くした。今も尽くしている。たった一人で息を切らせながら大陸中を歩き回るより、ずっとずっと確実に捜索できる手はずを整え、それは永続的に、今も動き続けているのだ。……これほどやって見つからぬのならば、それはもう、どうしようもない」
「それはそうとは思いますが……」
「我らはもう、未来に託すしかないのだ」
「……そんな年齢なんですね」
急に、時間というものが二人の肩に重苦しくのしかかった。
長い冒険をした。
だが、その冒険の目的を達することはできなかった。
オーギュストは耐えきれないように声を発する。
「……君は、これまで歩いてきた道に満足していますか?」
「人生を総括するほどには老いておらんが……」
「けれど僕らの旅の目的を叶えるには、問題発生が未来すぎる。僕らはその時代にはとっくに過去の人になっているでしょう。今からできることはない」
「『魔王』としてはそうだな」
「……『アンジェリーナ』としては違う、と?」
「というより、『魔王であるアンジェリーナ』としては、目的を達成しているのだ」
オーギュストはしばらく言葉の意味を考えるように沈黙した。
だが、答えは見つからなかったので、肩をすくめて『降参』のジェスチャーをした。
「……すみません、君の目的は、なんでしたか?」
「貴様を王にすることだ、オーギュスト」
「…………あ」
「そして、それは叶った。まあ、王になるべき国がちょっと違うが、些末な問題だろう」
「あと、正しくは『王配』ですが……」
「些事だ」
まったく些末ではない気もするのだが、アンジェリーナは堂々と述べるものだから、『確かに』という感じもしてしまう。
「我らで終わらせることは叶わなかったが、いつか終わりが来ると信じて様々なものを残すことはできよう」
「……そうですね」
「エマたちが別な時代に飛ばされていたならば……そしてそれが未来ならば、彼女らの助けになるようなものを残しておくこともできる。過去にいる我らだからこそ、未来に願いを託すことができるのだ。……いや」
アンジェリーナは真っ白い花弁に触れた。
つんつん、とおおぶりな花びらをつついて、
「願いを託すことも、託さないこともできる」
「……託さないんですか?」
「先はどうなるかわからん。我らが願ってしまったがゆえに、未来を生きる者の邪魔になることもあろう」
「……」
「であれば、託さないのだ。……繰り返すうちにいつか、たどり着くこともある。我らが訳知り顔で誘導しても、まったく的外れな可能性はあろう。何せ、我らが知っているのは『失敗』の歴史にすぎんのだからな」
「君の割り切りようは、相変わらずですね」
「惜しいと思うことはある。悔しいと思うこともある。我個人として叶えたかった思いもある。だが、どうしようもないものは、どうしようもないのだ」
「まあ、ええと、はい。……そう思うしか、ないですからね」
「そのように後ろ向きな話ではない。我らの未来にあるのは絶望だけではないのだから。……我らはまだまだ繰り返しの中にいる。結論はまだ出ていないのだから」
前向きなような、後ろ向きなような。
『まあ、そう思うしかないだろうな』ということでもあり、『この状況で確かに、向ける限り前を向いている考え方だな』ということでもある。
少なくとも、アンジェリーナの顔に絶望だの諦念だのはない。
……この『顔』というやつは、案外、大事だ。
同じ言葉でも、言っている者の顔によって、まったく感じ取れるメッセージが変わってきてしまう。
オーギュストの顔で言うのと、ガブリエルの厳しい顔で言うのとでは、やはり印象が違うだろう。
それは『その程度の話』だが、わりと重要な話なのだ。
ならば、今の言葉を語ったアンジェリーナの顔は……
「アンジェリーナ王」
オーギュストは、花を愛でる女王の背中に問いかける。
女王は振り返った。
そこに浮かぶのは、安らかな笑みだった。
(……ああ、君は、本当に、できる限りをしたんですね)
後悔も諦念も感じ取れない。
そこにあるのは、力を尽くし、あとは天命を待つだけとなった者特有の、脱力した顔だった。
「……温かな時期とはいえ、そろそろ夕刻になります。屋内に入りませんか?」
手を差しだしてエスコートをしそうになり、オーギュストはとどまった。
女王に対し、既婚者である隣国王がそのようなことはしない。
自分たちは──
この『繰り返し』における自分たちは、別々の道を歩むことになったのだ。
もはや、この手を取り合うことはないのだ。
そしてそれを悲観的には思っていない自分にも、オーギュストは気付いた。
あるいは、アンジェリーナのお陰でそう思っていられるのかもしれないとも、思った。
「で、あるな。行くか」
アンジェリーナは堂々と歩いて行く。
オーギュストはその背中について行く。
……後悔するほど怠惰な人生は過ごしていないが。
それでも……
「……いつかの『繰り返し』で、僕らが結ばれる可能性もあるのでしょうか」
ぽつりと漏れた声。
アンジェリーナは足を止めずに、振り返りもせずに、答えた。
「そういう願いを貴様が抱くことがあるのならば、いつか叶う時もあるであろうな」
オーギュストは笑ってしまう。
「かなり、難易度は高かったように思いますがね」
彼女と生きてきた過去を思い出して、オーギュストが抱いた素直な感想だった。




