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魔王は何度も繰り返す  作者: 稲荷竜
十八章 まばゆきもの
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第114話 魔王と勇者の物語4

 魔族(なかま)たちに見せつけるような激しい戦いを演じながら、魔王は勇者とその仲間たちを、彼らの住まう大陸に追い込み続けた。


 魔王のいた大地から、勇者たちの本拠地がある場所までは、海を越える必要がある。

 そこに広がるのは、魔王の住まう砂まみれの『熱砂と凍てつくような夜』ではなく、緑あふれ、柔らかい風が吹き、日差しを見上げても目を焼かぬような、そういう大地らしい。


 魔王は最後にその大地を見るのも悪くないと思った。


 ……魔王は勇者と戦いながら、どんどん、世界を西へ向けて進んでいく。

 砂漠を越えて海を越えて、ようやく目的地にたどり着くころ、魔王はあることを確信していた。


 勇者は、強い。


 情けない子供だった。さほど強くもない青年だった。


 それを魔族を生け贄として育て上げた。大規模時間遡行さえ可能になるほどの強さになるまで、丹念に丹念に……

 闇の魔術で意思を縛ることができれば、あるいはもっと簡単に育成できたのかもしれない。

 しかし強力な光の魔力を持つ勇者を操ることはできず、迂遠と言える方法で、あまたの同胞を生け贄にし、綿密に計画を練り、精緻に修正を繰り返さねばならなかった。


 それはじれったく、無駄にも思える長い時間だったけれど……


 その時間があったからこそ。

 それだけの時間をかけて、勇者を見守ってきたからこそ。


 勇者を追い返すための芝居とはいえ、こうして戦ってわかる『勇者の実力』が愛おしく……


 人の可能性が、あまりにも、まばゆい。


 魔王は魔力撃を放ち、勇者を攻撃する。


 勇者は光の魔術を操り、魔王の攻撃から船を守る。


 海が割れ、海底がえぐれ、それでも彼の乗る船には傷一つない。


 もちろん魔王は『仲間からは本気に見えるが、勇者には対応可能な範囲』を狙って、空中から魔力撃を放ち続けたけれど……

 膨大な魔力量に任せた『純魔力の射出』という純粋なる破壊は、勇者に傷一つ与えられない。


 ……もしも、自分がこの世界からいなくなって、次の魔王が生まれても。

 きっと勇者は、人を守り抜くことができるだろう。


 いや、自分が過去に戻った時点で、もしも自分の企てが成功するならば、『魔族はいなかったことになる』だったか……

 勇者とは幾度も『もしも時間をさかのぼり、事実を改変したら何が起こるか』を議論した。

 それは重要な議題のようでいて、ただの雑談であり、思考遊びでしかなかった。


 何せ前人未踏のことを成そうというのだから、あらゆる予測に根拠は生じ得ないし……

 たった一つの『身命』というリソースを費やしてその実験に挑むのだから、失敗したあとのことなど考えても仕方がない。


 ……ついに、勇者の生まれた大地にたどりつく。


 彼はこの大地の北にある島で生まれたらしい。

 また、神殿の総本山がある大陸中央あたりに行くといらぬ横やりを入れられる可能性もあったため、魔王は勇者の故郷である島で、『時間遡行』を行うつもりであった。


 ……たどり着いたのは、荒廃した島だった。

 すぐ南に緑あふれる大地があるというのに、そこにははげた土の地面だけがあって、植物もあまり見られず、やせ衰えた人々が、ほんのわずかな家畜を囲んでいるだけだった。


「クリスティアナ島っていうらしいぜ」


 広い場所まで魔王を誘導した勇者は、降り立った魔王にそんなことを言った。

 魔王は周囲を見回し、生気のない人々を見た。


 人々は空を飛んで現れた女のことを魔王か、そうでなくとも魔族だとはわかるはずなのだが……

 逃げもせず、騒ぎもせず。

 まるで死んでいるかのように、ただ、ぼんやりとしていた。


「ひどい場所だろ? 神殿のご加護もこんな土地までは届かない」

「見たことはあった。貴様を探すのに、あらゆる場所を遠見した」

「……そんなことまでできるのか」

「できん。そういう道具があるのみだ」

「マジかよ。……ああいや、そういう話がしたかったんじゃなく……その、さ。もしも、お前が初代魔王を倒して、そのついでで余力があったらでいいんだが……この島をさ、もっと豊かなところにできるようにはしてくれないか?」

「……それは『ついで』でできるのか?」

「わからん。考えたこともない。っていうか、『島を豊かに』ってどういうことなのかもわからない。そういう……政治? 環境? みたいな話は苦手なんだよ。なんか難しくて」

「少なくとも、初代魔王を倒したら我は消え去るという話で合意したが」

「わかんねぇだろ。なんか決まりがあるってわけじゃないし。……それに、俺も、お前が消えないように願っとくよ」

「願ってどうにかなるものではないと思うが……」

「とにかく覚えておいてくれよ。……魔族だの魔王だのなんていうもの以外にも、この大地には俺たちの命を奪うものがあるんだ」

「……」

「それどころか、俺はたぶん、お前たちがいなければ、神殿に見出されることもなく、この島で枯れたように生きて、枯れたように死んでた。言っちまえば、俺はある意味で、お前たちに生かされたっていうふうにも言えるだろ?」

「それは詭弁ではないか?」

「いいんだよ。言わせろって。……まあ、だからさ。世界を救ってくれ。俺もこの時代でできることはするから」


 そう言って勇者は、碧眼を細めて笑った。

 少女のように柔らかい顔をした男は、少年の快活さそのままの笑顔を浮かべて、荒野を吹く風に金髪を揺らす。


 ……術式が作動し、計画がうまく進行すれば、この男とは、これでお別れだ。

 一生会うこともない──それどころか、『出会った事実』さえもが消え去る。


 魔王はそれを惜しいと思った。


 ……だが、『だから、やめよう』となるわけもない。


「貴様の願い、確かに聞き届けた。……さあ、すべてを救う旅に出よう」

「ああ。頼んだぜ、親友(・・)

「……親友?」

「同じ目的を持って、同じ罪を背負った、信頼できる仲間だろ? そりゃあもう、親友じゃねぇか」

「さて、どうかな。だが……心地よくはある、か」

「さてやるか。──大地を根拠に。存在を基軸に」

「舳先を過去へ。舵を災いの風上へ」

「『今』を『かつて』に変えるための旅路を始めよう」

「ああ、行ってこい親友」


 この関係が友情なのかはわからない。

 心地良いが、なにか少しだけ違うような気もする。


 けれど、この関係を言い表すもっとふさわしい言葉を、魔王は知らない。


 育ち始めたばかりの少女のような心を持つ魔王は、光に包まれ、消え去った。


 ……光が、空へと伸びていく。


 そうして、魔王の姿はこの時代から消え失せていた。

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