第51話 サイン伯爵の覚醒 (後編)
「裁きの時間だと? 馬鹿馬鹿しい。ワシがどんな罪を犯したというのだ」
サイン伯爵は、フン、と鼻で笑ってみせた。
彼はいまフィオリアに顔を鷲掴みされている。
返答次第では頭をグシャリと握り潰されてもおかしくない絶体絶命のピンチだというのに、その態度はどこまでもふてぶてしいものだった。
「傭兵どもに領内の街を襲わせたことか? 領主にとって領民は家畜のようなものだ。言うことを聞かない家畜はどうする? 殺すに決まっているだろう。ワシは当然のことをしたまでだ」
「……領民を家畜扱いする時点でどうかと思うのだけど。彼らも貴方も、結局のところ、同じ人間でしょう?」
「いいや、違う。貴族と平民はまったく別の生き物だ。ワシは幼い頃からそう言い聞かされてきた。いまさら考え方を変えることなどできるわけがないだろう」
「反省するつもりは、まったくないのね」
「もちろんだとも」
サイン伯爵は迷いなく言い切った。
その即答ぶりは、いっそ清々しさすら感じさせるほどだった。
「ワシは傲慢な貴族として生まれ、傲慢な貴族として死ぬ。それで構わん。どうせこの先の時代を生きたところで、ロクな目に遭わんのは分かっているからな。……フィオリアよ。おまえは、貴族という存在そのものをトリスタン王国から失くしてしまうつもりなのだろう? 廃領置県はその第一歩ではないのか?」
「あら、よく気付いたわね」
フィオリアは、右手の力をわずかに緩めた。
内心で、サイン伯爵への評価を上方へと修正する。
本当に化けたわね、サイン伯爵。
私に挑むだけじゃなく、廃領置県の真意に気付くだなんて。
素晴らしいわ。
反乱に加担した貴族はみんな処刑されるでしょうけど、貴方の番は最後にしてあげる。
「貴方の言うとおり、私はこの国から貴族という身分を消し去るつもりよ」
「何のためにそんなことをする。おまえも貴族だろうに」
「貴族だからこそ、よ。国のため、民のためを考えれば、貴族制なんてないほうがいいの。今までのように各貴族家が好き勝手に領地を治めているようじゃ、この先、トリスタン王国に未来はないわ」
よく聞きなさい、と前置きしてフィオリアは語り始める。
そもそも20年前の時点で、この国の貴族制は限界を迎えていたのよ。
アンネローゼの事件を思い出しなさい。
たったひとりの少女の色香に惑わされて、たくさんの貴族が道を誤ったじゃない。
ヴィンセントが国王にならなかったら、トリスタン王国はとっくに滅びていたでしょうね。
理由は他にもあるわ。
いつも言っていることだけど、今の時代、いちばん大事なのは経済力よ。
うかうかしていたら、ずる賢い商人たちからカモ扱いされて、骨の髄まで吸い尽くされるだけ。
トリスタン王国が生き残るためには、国全体がひとつになって内政や貿易に取り組む必要があるの。
そんなとき、王家以外の特権階級なんて邪魔でしかないでしょう?
「――だから私は貴族制をなくす。いきなりは難しいでしょうけど、数十年単位で少しずつ、貴族というものを過去に変えていくわ」
「であれば、この国にもはやワシの居場所などあるまい。貴族としての生き方しか知らん。それ以外の生き方を受け入れるつもりもない。裁くなら裁くがいい」
サイン伯爵の態度は、最後の最後まで、堂々としたものであった。
彼は彼なりに、「傲慢な貴族」であることに誇りを抱いていたらしい。
しかしその一方、反乱に加担した他の貴族らは、どうしようもなく見苦しいありさまだった。
彼らの足並みはまったく揃わず、いずれもフィオリアひとりに各個撃破され、あっさりと白旗をあげた。
それどころか、愚にもつかない言い訳を並べて慈悲を乞うばかり。
たとえばアーノルド男爵家当主のハイマ―。
彼は何度となく地面に頭をこすりつけ、フィオリアに対してしつこく懇願した。
どうか処刑だけは見逃してほしい、と。
「処刑されるかどうかは私が決めることじゃないわ。ヴィンセント陛下の沙汰を待ちなさい」
「そうは言うがな、フィオリア嬢、どうか陛下に取り成してくれ。頼む!」
「頼まれても無理なものは無理よ」
「何故だ! 男がこうも必死に頼んでいるんだぞ! 頭だって下げているというのに、これだから女は……」
「男だの女だのを言う前によく考えなさい。貴方はそこまで大層な存在なの? ただ単に貴族家に生まれただけのボンクラでしょう? 貴方ごときの謝罪に、どれだけの価値があるのかしら?」
フィオリアの言葉はあまりに辛辣で、ハイマーの心を折るには十二分過ぎた。
他の貴族たちに対しても同じような対応を繰り返し、彼らの精神を複雑骨折させていた。
それはさておき、廃領置県に伴う反乱はあまりにあっけなく幕を閉じた。
後で分かったことだが、サイン伯爵だけでなく、他の反乱貴族たちも「神殺しの結界」の存在は知っていたようだ。これがあるからこそフィオリアに勝てると踏み、トリスタン王国に反旗を翻したのである。
だが結果から見れば、結界を使ったのはサイン伯爵のみ。
他の貴族らは口を揃えてこう答えた。
あの結界は、術者の寿命を食い潰すらしい。
そんな恐ろしいものを誰が使うものか。
自分がやらなくても、他の貴族がやってくれると思っていた。
「……あきれるくらいに人任せだこと。無能としか言いようがないわ」
フィオリアは嘆息しつつ、次にやるべきことについて思いをめぐらせていた。
それは――
「いったい誰が、反乱軍に結界のことを教えたのかしら」
不思議なことに、サイン伯爵を含めて誰も、結界を誰に教わったのか漠然としか覚えていなかった。
曰く、南の方から来た男だった、と。




