第48話 サイン伯爵の暴挙
前回、フィオリアに反論しまくっていたサイン伯爵がやらかします。
ちなみに彼は4章にもこっそり登場していました。 (第29話『ボルト市の奇跡』参照)
「このままではヴィンセントとフィオリアに土地を奪われるぞ! 領民たちよ、立ち上がれ! 我々の土地は、我々の手で守らねばならん!」
サイン伯爵は領地に戻ると、そのように宣言して兵を集めた。
……集めようとした、のだが。
「土地を奪われるって言っても、別にオレらが追い出されるわけじゃねえしなあ」
「新聞に書いてあるぜ。廃領置県ってのはつまり、ダメ領主をクビにするためのもんだろ?」
「ははっ! だったらサインのやつはクビだな! あの野郎、自分ばっかり贅沢しやがって!」
領民たちの反応は、悲しいまでに鈍かった。
「つーか、フィオリア様って教皇だろ? むしろ土地に箔がつくじゃねえか」
「フローレンス公爵領みたいな暮らしができるって噂だし、いいことづくめじゃねえか」
「ケッ、誰がサインの馬鹿になんか手を貸すかよ。なんでオレたちが命を懸けてまで、アイツの財布を守らなきゃいけねえんだ」
最終的に、サイン伯爵の募兵は大失敗に終わった。
集まってきたのは、盗賊まがいの傭兵や冒険者くらい。
「くそっ! どいつもこいつもワシを舐めくさりよって!」
この結果に、サイン伯爵は激しく憤った。
つるりと禿げ上がった頭を激しく掻き毟り、叫ぶ。
「ワシは領主だぞ! 貴様ら領民は、ワシの家畜のようなものだろうが! なぜ飼い主の言うことを聞かん!」
サイン伯爵は怒りに目を血走らせ、兵士たちにこう命じた。
「見せしめだ! 募兵に応じない街をひとつかふたつ焼き払ってこい! 略奪も許す!」
人を人とも思わぬ、あまりに身勝手な命令。
マトモな人間ならば実行に躊躇を覚え、あるいはサイン伯爵を見限るところだろう。
だがサイン伯爵のもとに集った者らは、いずれも倫理観に乏しいゴロツキども。
もともと伯爵家に仕えていた騎士も、主に似て自己中心的な者が多く――
「野郎ども! 領主さまから略奪の許可が出たぞォォォォォォッ!」
「ヒャッハー! 俺たちは自由だ! やりたい放題にやってやるぜ!」
「力こそ正義、それがこの世の真理ってヤツだぁ!」
兵士らはみな下卑た笑みを浮かべ、近くの街に殺到した。
サイン伯爵領でも有数の大都市、コスイン市。
今回の募兵については、街を囲む城壁の門を閉ざし、不干渉を貫こうとしていた。
「はっ! ヒキコモリどもが! 外に引きずり出してやるぜ!」
「破城槌を用意しろ! ブチ破ってやれ!」
「お楽しみはこれからだァ!」
兵士らは酔っていた。
暴力の予感に。
兵士らは期待していた。
これから始まるであろう、一方的な虐殺劇を。
思うがままに力を振るうこと。
持たざる者を踏み躙り、殺し、奪い、犯す。
それは人間の本能に刻み込まれた、抗いがたい欲望だ。
要するに、
――弱い者いじめは楽しい
のである。
「テメエらが悪いんだぜ! 弱いんだからよォ!」
「最初っから領主サマに従っておけばいいのになァ! 逆らうから酷い目に遭うんだぜ?」
「よく言うだろ? いじめられる方にこそ原因がある、ってな!」
「弱いヤツは強いヤツのエサなんだ。オレたちが世の中のルールってやつを教育してやるぜ」
「嬉しいだろ? オラ、感謝の土下座を見せてみろや、なあ!」
「よかったなァ? 賢くなれて。ま、ここで死ぬんだけどな!」
城門が打ち破られるや否や、兵士らは街の中へと雪崩込んだ。
コスイン市の広場は、城門を出てすぐのところにある。
中央には、大きな噴水。
打ち上げられた水が、太陽光に照らされてキラキラと輝いている。
兵士らはそこで足を止めた。
観光名所としても有名な噴水に見惚れたから……ではない。
「――貴方たち、ずいぶんと楽しそうね」
一迅の風が吹き抜け、黄金色の髪を揺らした。
兵士たちを待ち受けていたのは、一方的な蹂躙劇の予兆。
それは人間の本能に刻み込まれた、抗いがたい恐怖感。
「この世の真理を教えてあげるわ」
翡翠色の瞳は、天上の頂より全世界を睥睨する、絶対支配の神のごとく。
視線だけで人を窒息させかねないほどの、圧倒的な重圧を伴っていた。
「力が正義じゃない。私が正義なの。――黄金の女神の名において命じるわ。人々よ、立ち上がりなさい」
フィオリア・ディ・フローレンス。
彼女の背後には、コスイン市の人々が隊伍を組んで並んでいた。
それぞれの手には、武器が握られている。
剣? 否である。
槍? 否である。
弓? 否である。
それは、黒く細長い筒だった。
棍棒にしてはあまりにも頼りなく、殺傷能力があるようには見えない。
だが、侮ることなかれ。
これは昨年の冬、何千万もの魔物を鏖殺し、人類史の転換点を作り出している。
96年式魔導小銃"バタバタ" (命名:フィオリア)。
「自らの人生を守るために戦うのは、決して悪いことじゃないわ。正しいことよ。殺人の咎はすべて私が引き受けてあげる。己の未来は、その手で掴み取るのよ」
フィオリアは右手を高く掲げた。
赤々と熟れたリンゴを握っている。
――それを、片手でいとも簡単に塗り潰した。
ぐしゃり、ぼろぼろ。
砕け、落ちてゆくリンゴ。
「撃ちなさい」
それが、会戦の合図だった。
耳を劈く、銃声の雨。
フィオリアはサイン伯爵の動きを予見し、コスイン市へと潜入していた。
その際、グランフォード商会の流通路を使い、96式魔導小銃を運び込んでいる。
「た、助けてくれぇ! い、いやだぁ! 死にたくねえ!」
「く、くそっ! なんでこんな目に……うわぁぁぁぁっ!」
「あ、ぅ、ぁぁ……っ!」
戦況は、あまりにも一方的で圧倒的だった。
つい先程まで威勢よく粋っていた兵士らは、いまや、絶望の嘆きをあげるばかり。
さながら悲鳴の合唱団である。
「あ、あんた、教皇様なんだろ! 人殺しを薦めていいのかよ!」
「つうか俺だってモナド教の信者だぞ! 信者を殺す気か!」
「オレたちが何をしたってんだ!」
何人かの傭兵が、そんな声をあげた。
しかしフィオリアは、いたって平然としたまま、淡々と答える。
「悪いのは貴方たちでしょう。最初に手を出したのはどっちかしら? 殴れば殴り返される。それは宗教以前の、とてもシンプルなルールよ。わざわざ教皇が講義しにきたのだから、感謝の土下座をしてちょうだい。まあ、次に生かす機会はないでしょうけれど」
なぜなら、彼らはみなここで息絶えるから……否。
「貴方たちには、来世を与えることすら勿体ない。永遠の罰を受けてもらいましょうか」
フィオリアは、剣を抜いた。
光の聖剣、ソル・ユースティティア。
その輝きに呼応して、天空が黄金色の光を湛える。
「裁きの時よ。――《神罰の杖》」
光の奔流が、兵士たちの亡骸を呑み込み、蒸発させる。
だが、そこで終わりなどではない。
彼らは転生を許されず、この世の終わりまでずっと、煉獄の責め苦に苛まれることとなる。
待ち受けているのは、さながら全身をジワジワと焼き焦がされるような苦痛。
発狂することもできぬまま、永い永い時間、罪科の代償を課されるのだ。
ただし、フィオリアにも一片の慈悲はある。
彼らが少しでも悔い改めれば、あるいは生まれ変わってやり直せるかもしれない。
「さて」
コスイン市での戦いを終えた後、フィオリアは黄金色の髪をかきあげた。
「それじゃあ、サイン伯爵との話し合いに行きましょうか?」
もちろん、ただの話し合いで終わるわけがないのだが。




