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第30話 フィオリア、現教皇の器を見定める。

 聖都ミレニアはベルガリア大陸の中央部、険しい山々に囲まれた()()地にある。

 街はいわゆる“碁盤の目”で、縦横、直角に走る道路によって区分けされていた。


「人間、考えることはみんな同じなのね」


 フィオリアは前世を振り返る。

 向こうの世界にも似たような街がいくつかあった。

 イギリスのウェールズ、イタリアのフィレンツェ、ニホンのキョウト――。

 聖都ミレニアは、それらに勝るとも劣らない、歴史的で美しい宗教都市だった。


「昔、貴方はここに住んでいたのよ」

「……言われてみれば、懐かしい気がする」


 今回の聖都行きにあたり、フィオリアはハインケルを同行させていた。

 もちろん、彼だけではない。

 すぐ後ろには、護衛兼執事のレクスが影のように付き従っている。


「お嬢様、こちらを」


 すっと取り出したのは、聖都ミレニアの地図。

 そこには手書きでいくつかの建物がマーキングされている。


「かつてハインケル様と関係の深かった場所をピックアップしておきました。これらは記憶を取り戻す手掛かりになるかもしれません」


「さすが、仕事が早いわね。……それじゃあレクス、ハインケルを案内してあげてちょうだい。男同士、友情を深めるのも悪くないでしょう?」


「「……はい?」」


 男2人は、同時に、まったく同じ言葉を発した。


「私はいまから教皇庁に行ってくるわ。もしもの場合は、ハインケルを連れて脱出してちょうだい」


「待て、もしもというのは一体――」「承知しました」


 戸惑うハインケルと、頷くレクス。


「それではハインケル様、参りましょう」


「……分かった。無茶はするなよ、フィオリア」


「それは向こうの出方次第ね。折角だから、教皇の器を見定めてくるわ」




 聖都ミレニアの北側には、さながら宮殿のように大きな聖堂が広がっている。

 モナク大聖堂。

 500年以上昔の建造物であり、モナド教会の中心部。

 ここにモナド教皇庁が置かれ、教会全体の運営を行っている。


「聖女様がお戻りになられたぞ!」

「おかえりなさいませ、フィオリア様!」

「貴女のご帰還をお待ちしておりました!」

「本当に20年前と変わらんのだな……」

「まさに神の奇跡だ!」

「きゃーっ! お姉様ー! わたしのほうが年上になってしまいましたわー!」


 大聖堂の中に入ると、思いもよらぬ歓迎に出くわした。

 玄関のホールには、たくさんの司祭やシスターが集まっている。


 かつてフィオリアと縁のあった人間たち――。

 いいや、それだけではない。


「フィオリア様! この本にサインをいただけませんか!」

「私も!」「わたしも!」「ボクも!」


 20年前は生まれていなかったような若手の司祭までもが、駆け寄ってくる。

 サインを求められたのは、聖女時代のフィオリアについてまとめた本だった。


「握手してください!」

「わあ、きれいな髪……! いいなあ……!」

「先代教皇に退位を迫った話、すっごく憧れてるんです! 素手でリンゴを潰せるように頑張ってます!」


 貴方それは努力の方向音痴じゃないかしら。

 フィオリアが苦笑した時だった。


「――皆、静まりなさい。聖女さまも困っているでしょう?」



 威厳のある、重低音。

 人々は静まり返り、さっと道を開ける。


 ホールの奥から現れたのは、初老の女性である。

 装いは、緋色の法衣。

 それは24人の枢機卿にのみ許された衣装であり、教皇を除けば、モナド教でも最高位にあることを示している。


「お久しぶりね、フィオリアちゃん」


「ご無沙汰しております、ホーネット卿」


 フィオリアにしては珍しく、言葉遣いが丁寧だった。

 スカートの裾を広げ、恭しく頭を下げる。


 国王だろうと父親だろうと我を貫くのが彼女だが、この女性を前にすると、自然と態度が改まる。


 シーラ・ホーネット。

 今でこそ穏やかな白髪の老女として振る舞っているが、男性優位のモナド教上層部に食い込んでいるだけあって、当然ながら只者ではない。

 若い頃はモナド教きっての武闘派であり、異端審問官としてめざましい功績を挙げていた。

 教皇庁に入ってからは政敵らをちぎってはなげ、ちぎってはなげ、ついには枢機卿の座まで上り詰めた。


 まさしく「女傑」と呼ぶべき人物であり……フィオリアの人格形成にも大きな影響を与えている。


「あらやだ、この子ったら畏まっちゃって。昔みたいにシーラと呼んでちょうだいな」


「では改めて。……久しぶりね、シーラおばさん」


「うふふ。もうおばさんという年でもないわ。20年が経っちゃったもの。おばあちゃんね、おばあちゃん」


 親しげな様子の2人。

 それもそのはず、シーラはもともと、フィオリアの母フローラと……「強敵」と書いて「とも」と呼ぶ関係だった。


 フローラは若いころ、とあるきっかけで異端の疑いをかけられた。

 そこで派遣されたのがシーラであり、2人は三日三晩に渡って戦い続け、やがてそこに友情が芽生えたという。


 シーラはフィオリアのことを可愛がっていた。それはもう、自分の娘かというほどに。

 ただしフローラの友人という時点で「可愛がり」の意味はお察しである。

 獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすが、シーラは親友の娘を谷底に蹴っ飛ばして火炎魔法を投げつける。秒速100発くらいで。


「フィオリアちゃん、最近、派手に暴れているみたいねえ。……昔から何かやる子とは思っていたけど、まさか、レガリア帝国を自分のものにするなんて予想外だったわ」


「……よくご存じで」


 北の大国レガリアを取り巻く状況は、フィオリアによって大きく変化した。


 かつての栄光はすでになく、現皇帝のダルクは哀れな操り人形でしかない。

 政治的にはトリスタン王国国王ヴィンセントの、経済的にはフランツ銀行頭取ティアラの言いなりとなっている。


 そしてヴィンセントもティアラも、フィオリアが望めばその通りに動くだろう。

 ある意味、フィオリアこそがレガリア帝国の支配者とも言える。


「それで、“暴風の女帝”さんは聖都にどんな嵐を起こすつもりかしらねえ」


「……買いかぶりすぎよ。私はただ、聖女の再認定を受けるために来ただけだもの」


「あら意外。てっきり、今の教皇ちゃんを蹴飛ばしにきたとばばっかり」


「ハウル3世を? どうして?」


 現教皇のハウル3世だが、実のところ、フィオリアと無縁というわけではない。


 かつて前教皇のマルコスがその座を追われたあと、新教皇をめぐっての選挙が行われた。

 その際、フィオリアは己のコネを総動員し、ハウル3世を教皇位に押し上げている。

 なにせ当時のハウル3世はモナド教の上層部にしてはめずらしく清廉潔白な人柄だったからだ。


 そう、あくまで、当時は。


「いまのハウル3世がつまらない男になってしまったのは、私も把握しているわ」


 フィオリアの情報網は、教皇庁にも浸透している。

 朱に交わればナントヤラ、どうやらこの20年でハウル3世はすっかり俗世に塗れてしまったようだ。

 前教皇のマルコスほどではないが、酒池肉林の日々を送っているらしい。


「けれど、いますぐ排除する必要はないと思うけれど」


「と、思うでしょう? ちょっと訊いてちょうだい。実はハウルちゃんったらね……」


 何事かを耳打ちするシーラ。

 ほどなくして、フィオリアの右手が震えた。何かを掴むように、握っては開き、を繰り返す。


「……呆れたわ。人間というのはここまで愚かになれるのね」



 * *



 シーラとの話を終えたあと、フィオリアは教皇との謁見に向かった。


「こ、こ、こちらへどうぞ! 聖女様をお連れできるなんて、光栄です!」


 案内の少年は、やたらと目をキラキラと輝かせていた。

 20年前のエピソードは、かなり美化されながら今の信徒たちに伝わっているようだ。

 おかげでフィオリアとしては、こそばゆくて仕方がない。


「え、謁見の間です! で、ではボクは、これで!」

「ありがとう。ちゃんと仕事をして偉いわね」


 ぽんぽん、と少年の頭を撫でる。


「あ、あわわわわわわわわ……」


 女性慣れしていないのか、耳までポッと赤くなる少年。


「ひえええっ! ええっと、ええっと! し、失礼しますっ!」


 そのまま混乱のあまり、ぴゅー、と逃げ出してしまう。


「ハインケルにもあんな頃が……なかったわね」


 8歳当時の彼は、すでにかなり捻くれていた。……まあ、それはそれで可愛らしいものだったけれど。

 一息ついてから、謁見の間に入る。


「よく来たな、フィオリア」


 赤い絨毯の向こう。

 まるで国王や皇帝が座るような、大きく、煌びやかな椅子の上――。


 贅肉でたるみ切った顔の男が、気怠そうに頬杖をついていた。

 かつての細面はどこへやら、まるでブルドックのような容貌である。


 彼こそが現教皇ハウル3世。

 フィオリアの後押しで教皇になれた男だった。


「すでに知っていると思うが、お前を聖女として再認定してやらんわけでもない」


 彼には、教皇らしい威厳というものがどうしようもなく欠けていた。

 酒焼けした声は、まるで、地を這うかのよう。

 途中、何度となく欠伸を挟みながら、ハウル3世は続ける。


「ただし条件がある。実は、枢機卿たちに脅迫状が届いてな。つまらん事件と思うが、おまえは頭が回るのだろう。さっさと犯人を捕まえてこい」


「書状と話が違うのだけれど」


 ボルト市での功績を認め、汝を再び聖女に任ずる――。

 もともとの話では、そうなっていたはずだ。


「気が変わった。教皇の決定だ、文句はあるまい。なあ、皆のもの」


 ハウル3世の左右には、10人もの枢機卿が群がっていた。

 彼らは一様に首を揃えてこう答える。


「ええ、まったくです。教皇様のおっしゃることには誰も逆らえません」

「威厳あるお言葉でした。わたくし、感動のあまり涙が……」

「ははっ、あの女、何も言い返せないようですぞ」

「世間では女帝だの女神だのと言われておるようですが、教皇様の権威には敵いますまい」

「そもそも女ごときが崇高な教皇庁に口出しするのが間違っているのです」


 ひどい茶番劇だった。

 教皇という腐臭を放つ花と、そこから蜜を得ようとゴマすりを続ける枢機卿たち。

 彼らは教皇庁という狭い世界でモノを見ている。

 外のことは何も理解しておらず――ゆえに、教皇の権威()()()でこうも大きく出られるのだろう。


 そんなもの、いつ崩れるか分からない代物なのに。

 物理面でも、あるいは経済面でも、そのちゃぶ台をひっくり返せる存在が目の前にいるというのに。


 どうしようもなく、無知蒙昧。


「……シーラの言う通りね。マルコスの時と同じくらい、いいえ、それより悪くなってないかしら」


 20年前、腐敗した上層部は一掃されたはずだ。

 しかし月日の流れは残酷で、こうして新たな膿が生まれている。


「やっぱり、モナド教会という仕組みじたいが限界なのね」


 フィオリアの呟きは、あまりに小さく、他の人間に聞かれることはなかった。


「……ん? 何か言ったか? まあいい。ほら、さっさと行け! まさかとは思うが、おまえ、ワシに恩を着せようというのか?」


 不愉快そうに嘆息するハウル3世。


「いま振り返ってみれば、おまえの後押しなどなくとも、ワシは教皇になれたはずじゃ。なあ、皆の衆」

「ええ、まったくです」

「当時からハウル様には風格がありました」

「然り然り、あの女はあくまで勝ち馬に乗っただけですとも」

「女というのは本当に小狡いものです。男に乗るだけしか能がない」

「おっと、それは下品な冗談ではありませんかな。……ささ、教皇様。そろそろ間食の時間でございます。さあ、梨をどうぞ」

「おお、すまんのう。やはりワシのような傑物には、梨が似合うからなあ」


 ハウル3世は大きく口を開けた。

 乱杭歯もあらわに梨を齧ろうとする。


 その、直前。


「傑物? 俗物の間違いでしょう」


 フィオリアは容赦なくそう言い切ると、ハウル3世に近づいていく。

 手を伸ばして、梨を奪い取った。


「な、なにを……ううっ…………」


 ハウル3世は取り返そうとしたものの、途中で竦み上がってしまう。

 フィオリアの鋭い眼光に、気圧されていた


「ただ、梨はたしかにお似合いね。だって――」


 フィオリアは左手で、梨を掲げる。

 モナド教皇領の名産品である。


 ……それを、片手でいとも簡単に握りつぶした。


 ぷしゃー、と梨汁が飛び散る。


「ぬわぁっ!」


 それが目に入ったのか、ハウル3世は情けない悲鳴をあげた。


「勘違いしているみたいだけど、私、聖女の座には興味がないの。貴方たちに顎で使われるくらいなら、はっきり言ってお断りよ」


「な、な、なんだとっ! ワシを、教皇ハウル3世を侮辱するつもりか! ただでは済まさんぞ!」


「あら、いったい何をしてくれるのかしら。楽しみだわ。それなら折角だし、もうすこし罵っておきましょうか」


 目を細めるフィオリア。

 嗜虐的に口元を綻ばせて、告げる。


「いまの貴方は、養豚場で肥え太った醜いブタよ。こんな男を教皇として仰ぐくらいなら、近くの山からイノシシでも連れてきた方がずっとマシね」


「き、き、き、き、きききっ! 貴様ぁぁぁぁぁっ! い、言うに事欠いて、ワシを、ワシを、ブタだとっ!」


 激高するハウル3世。

 怒りのあまり、教皇の象徴……青い宝玉の錫杖を投げつけて、叫ぶ。


「は、破門っ! 破門だっ! フィオリア! 貴様など、破門だっ!」

「破門には、枢機卿団の3分の2……18人からの賛成が必要よ。貴方の派閥、数が足りないんじゃない?」


 ハウル3世のまわりにいるのは10人の枢機卿。

 脅迫状を送り付けられた5人は怯えて引きこもっているらしいが、彼らもハウル派としても15人だ。

 そして残り9名の枢機卿たちは、シーラを筆頭とする改革派。

 必ずフィオリアに味方してくれるだろう。


「まあ、破門でも構わないけれど。……もしそうであれば、モナド教は私の敵ね」


 瞬間――。

 フィオリアの周囲で、金色の粒子が広がった。


「私は敵に容赦しない。好きな死に方を選ばせてあげるわ。光の魔法で天に召されるんだから、聖職者としては光栄よね。涙を流して感謝しなさ……あら?」


 謁見の間は、大惨事と化していた。

 フィオリアの威圧に負け、ハウル3世とその側近たちは、全員揃って気絶していた。


 ぶくぶくぶくぶくぶくぶく――


 11人が11人とも、泡を吹いて目を回している。


「……興醒めだわ」


 フィオリアとしてはもちろん魔法を使うつもりはなかった。

 あくまで、相手に舐められないための見せ札。

 交渉のテーブルにつく前段階で、まさかテーブルごと砕けるとは思ってなかった。


「ハウル3世、貴方は落第よ。……それから、怯えて引きこもっている5人も」


 他人に解決を頼むのなら、せめて顔くらいは出すのが礼儀というものだろう。

 この時点で、フィオリアはハウル3世らに失格の烙印を押した。


 ならば、次にすべきことは――


「W・Hを探し出して、その器を見定めるとしましょう。そのあとは、ハインケルの記憶探しね」







レクスくんとハインケルくんの、ギスギス☆さして親しくもない男の2人旅! は幕間の予定です。

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