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第23話 ティアラの涙




 フィオリアとアンネローゼの戦い。

 その余波は宮殿全体を揺るがせ、少なくない被害を及ぼしていた。


 たとえば、地下牢。


「ぬぅぅぅぅぅぅぅ……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 小太りの男が、その身体を鉄格子と鉄格子のあいだにねじ込んでいる。

 バナザ・シルベリア。

 ティアラの実父であり、現シルベリア公爵。

 彼はクーデターの首謀者として宮殿の地下牢に収監されていた。

 

「うおおおおおおおおおおっ! ぬあああああああぁぁぁっ!」


 幸運が訪れたのは、つい、先程のこと。

 大きな地響きとともに地下牢全体が揺れ……見れば、鉄格子が歪んでいるではないか。

 その幅は、肥満体のシルベリア公爵であっても腹をひっこめればなんとか通れそうなほど。


「アンネロォォォゼェェェェ! ワシに力をくれええええええええええっ!」


 ただならぬ関係にある少女の名を叫び、地面を蹴る。

 ぬるん。

 ぽん。

 どん。

 奇跡が起こった。

 シルベリア公爵の身体は牢の外へと抜け出し、勢いあまって床に倒れ込んだ。


「フフフフフッ! ハハハハハハハハハハハハハハハハッ! 天はまだワシを見放しておらん! 待っておれアンネローゼ、いますぐ皇帝も皇子も皆殺しにして、おまえを妃にしてやるからなァ! そのあとは、グフッ、グハハハハハハハハハハッ!」


 手に蘇るのは、あの、つややかな肌の感触。

 やはり若い女はいい。

 妻とは20年以上連れ添ったが、アンネローゼを知った今では何の魅力も感じない。

 あいつは今年で33歳だったか。所詮、10代の娘とは比べ物にならん。

 ワシのように魅力ある男には、それにふさわしい女が寄ってくるものなのだ。

 用済みはさっさと病死すればいい。

 おおアンネローゼ、アンネローゼ。

 ワシが皇帝になったらたっぷり可愛がってやるからな!


 ニタニタといやらしい笑みを浮かべながら、シルベリア公爵は宮殿の敷地を駆け抜ける。

 地下牢暮らしのため、髪も髭も伸びっぱなし。身体もろくに洗っていない。

 衛兵たちですらギョッとして近づくことをためらうほどの……不潔さであった。


 シルベリア公爵はパーティの会場へと飛び込んだ。

 なにやら宴が行われているようだが、きっと皇帝も皇子もいるだろう。

 片っ端から首を刎ねてやるわフハハハハハ……といきり立っていた。


 だが、彼はそこで絶望的な光景を目にする。


「っ! うぅ……っ、ぅぅぅ、ぁぁぁぁっ……!」

「あの薬はまだ未完成品みたいね。飲むことで魔力を若さに変換するけれど、そのぶん、反動も大きい。……ここまでうまく挑発に乗ってくれるとは思わなかったわ」

 

 若く、美しかったはずのアンネローゼ。

 彼女はいま、薬の反動によって老婆へと変貌しつつあった。


「そん、な……」


 愕然としてその場に膝をつくシルベリア公爵。

 もしや自分は、偽りの若さに騙されていたのだろうか。

 であればまったくの道化ではないか。


「ぅぅぅぅうううう、ああああああああああああああっ! あたしを馬鹿にするな! 見下すな! みんな低能ばっかりのくせに! 男も、女も、みんないなくなればいい! いなくなれええええええぇぇっ!」


 髪を振り乱して叫ぶアンネローゼの姿は、鬼女としか言いようがないほど醜いものだった。

 シルベリア公爵の心に後悔が広がっていく。


「ワシは……、ワシは…………」


 深い深い絶望。

 やがて、そこから芽生えたのは反省……などではなく、


「よくもワシを、このバナザ・シルベリアを惑わしてくれたな、アンネローゼ!」

 

 責任転嫁。

 逆恨み。

 自分は被害者だとばかりに憤り、アンネローゼに殴りかかろうとする。


「老いた姿のまま生きていくのは辛いでしょう。塵ひとつ残さず天に還してあげるわ」


 フィオリアが《神罰の杖》を放った。

 黄金の破壊光が、すべてを塗り潰す。

 その輝きに圧倒されて、シルベリア公爵は腰を抜かした。

 無様にも尻餅をつき――不幸なことに、崩れかけた天井から瓦礫が落ちてくる。


「が、ぁっ……!」


 下半身が、潰された。

 痛みはなかった。

 度を越えた激痛ゆえ、脳がシャットアウトしたのかもしれない。

 あるいは、下半身の神経もズタズタに切れてしまったのか。


「ぐぅ……ぁぁぁっ!」


 上半身も無事ではいられない。

 折れた肋骨が灰に突き刺さり、動脈を傷つけていた。

 咳き込んだ拍子に、口から血が溢れる。


「だ、誰か、たすけ……がっ、う、ぁぁっ…………」


「――なんだか大変そうですね」


 頭上から、やけに静謐な声が聞こえた。

 ぼやけた視界の中に、銀色の月が浮かんでいた。

 違う。

 人の顔だ。

 さえざえと輝く銀髪の、貴公子。

 どこかで会ったような気がするものの、思い出せない。


「誰だ……? 誰だか知らんが、はやく、ワシを助けろ……! ワシは公爵、いや、次の皇帝だぞ……ッ!」


「男装しているとはいえ、娘の顔も見忘れましたか。随分と素敵な頭をお持ちですね、お父様」


「なっ……! ティアラ、なのか……?」


「お久しぶりです。いずれこちらからご挨拶に伺おうと思いましたけど、お父様のほうから会いに来てくださるなんて。私、とっても嬉しいです」


「う、うるさい! 御託はいい! さっさと瓦礫をどかして治療せんかこの馬鹿娘が!」


「お断りします」


「なっ……!」


「不思議なのはわたしのほうです。あの日、お父様は怒るばかりでした。わたしがアンネローゼを階段から突き落としたと決めつけて、お母様譲りのきれいな髪をぐちゃぐちゃに切って、踏みつけて、家から追い出しましたよね。……どうしてですか?」


「そ、それは……」


「アンネローゼのことで頭がいっぱいだったからでしょう? 娘のわたしより、年若い愛人のほうがずっと大事だった」


 ティアラは左足をそっと浮かせる。

 靴の爪先(つまさき)で、実父……シルベリア公爵の顎を持ち上げた。


「みっともないと思わないんですか。いい歳をした男が、娘と同じくらいの女性に弄ばれて。ああ、でも、愚鈍なお父様のことですし、遊ばれてる自覚すらなかったんでしょうね。……アンネローゼの本命は、ダルク皇子ではなくオレだ。オレのような素晴らしい男にはそれにふさわしい女が寄ってくるものだ。――おおかた、そんなふうに考えてたんじゃないですか? わあ、ナルシスト」


「ぐっ……!」


 シルベリア公爵には返す言葉がない。

 なぜならば、まさに、その通りだったからだ。


「他にもいろいろ知ってますよ。わたしを国外追放したあと、『娘といえど冷酷に処断できちゃうオレってかっこいいだろ?』みたいな手紙をアンネローゼに送ってますよね。どれだけ恥知らずなんですか。…………わたしの生死は、お父様にとって、愛人へのアピール材料として使い捨てられるくらい、軽いもの、なんですか」


 いつしかティアラの声には嗚咽めいたものが混じっていた。

 青色の瞳からは透明な雫がぽつぽつと零れる。

 その涙は、シルベリア公爵に父親としての心を取り戻させ――なかった。


「くだらんことをグダグダ抜かすな!」


 血反吐を撒き散らして絶叫する。


「誰のおかげで生まれてこれたと思ってる! 子供ならさっさと恩を返さんか!」


 憎悪すら籠った視線で、ティアラを睨みつける。

 なぜこの馬鹿娘は言うことをきかないのだ。

 幼いころから事あるごとに、理由があろうと()()()()()、とにかくひたすら怒鳴りつけてきた。政略結婚の道具としては最上級の、従順な人形として育てたはずなのに。なぜ反抗するのか。理解できん。


「いい加減にしろこの親不孝者が――」

「――黙れ」


 目の奥で火花が散った。

 何が起こったか、一瞬、理解が遅れる。

 足で、頬を張られたのだ。


「報告し忘れてましたが、お父様は、もうお父様じゃないんです。だってわたし、シルベリア家から追放されてますし」


 ティアラの声は、もはや隠しようがないほど涙に潤んでいた。


 もちろん、シルベリア公爵はそのことに気づいていない。

 彼の世界には、結局、彼しかいないのだから。


「今のわたしは、ティアラ・ディ・フローレンス。トリスタン王国の、フローレンス公爵家の養女です。……シルベリア公爵、貴方が生きようが死のうが、こっちの知ったことじゃありません。貴方がすごく魅力的でカリスマに溢れる男性なら、他の方々が助けてくれるんじゃないですか?」


 もはや興味を失くしたとばかりに視線を外し、踵を返すティアラ。

 シルベリア公爵は、ここでようやく危機を覚えた。このままでは見捨てられる!


「ま、待て! 待ってくれ! ワシが悪かった! なんでもする! 靴だって舐める! だから……」


 だから許してくれ、助けてくれ。

 おかしいぞ。アンネローゼなら、いつも靴の裏を舐めるだけで何でも許してくれたというのに。


 結局のところ、彼は最後まで何も変わらなかった。

 己のどこが間違っているのか気付かぬまま、新たな瓦礫に押し潰される。

 周囲には多くの貴族や騎士が立っていたものの、誰ひとり、シルベリア公爵に手を差し伸べようとはしなかった。


 


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