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第21話 レガリアの斜陽

落とす前には持ち上げましょう


 ダルク皇子を手懐けるのは、とても簡単なことだった。



 

「ありがとう、フィオリア嬢。貴女は命の恩人だ」


 実際のところダルク皇子を助けたのはラーズ一家なのだが、彼の中では、恐ろしい海賊に捕まった、ということになっている。


「貴女が助けてくれなかったら、オレは今頃どんな目に遭わされていたことか……」


 別に何も起こらなかったと思うわよ。ラーズは海にしか興味ないもの。

 ……という言葉を、フィオリアはぐっと呑み込む。今後のためにも、ダルク皇子には勘違いを続けてもらいましょう。


 ダルク皇子は“恩人”のフィオリアに対して、ほぼ最初から心を開いていた。

 2度、3度と面会を重ねるうち、彼はすっかりフィオリアの虜になっていた。

 ……一国の王子としては()()()すぎやしないだろうか。


「オレは女性不信になりかかってた」


 トリスタン王国を経つ前日、ダルク皇子はそんなことを語り始めた。


「船が沈没する直前、反乱が起こったのは知っているだろう? 主犯は船に隠れていた連中だったんだが、学院の同級生やら軍の騎士やらで……全員、その、アンネローゼと()()()()だったらしい。アンネのやつ、愛しているのはオレだけと言っていたのに。すっかり騙されたよ。アイツがそんなふしだらな女とは思わなかった」


「……それは大変だったわね」


 主に、貴方の頭が。

 アンネローゼがあっちこっちで男に擦り寄っていたのは、ちょっと冷静になればすぐ分かることでしょうに。

 恋は盲目、脳内はお花畑ってやつかしら。

 ああ、まったく――


「(頭が)可愛そうね、貴方」


 もちろん()は心のつぶやきである。

 口には出していない。

 

「ありがとう。優しいんだな、貴女は」

 

 フィオリアの内心に気付かぬまま、ダルク皇子は嬉しそうに頷いた。


「それに比べてアンネローゼはどうかしている。船がクラーケンに襲われたときなんて、オレを突き飛ばして救命ボートに乗り込んだんだ。……どうしてあんな女を婚約者にしてしまったんだ。愚かだよ、オレは。心の底から後悔している」


「なら、ティアラ・シルベリアはどう? 元婚約者の」


「アイツもダメだ。取り巻きを使って人に嫌がらせをするような女だからな。優等生ぶってるくせにとんだ腹黒だよ。いっそティアラとアンネローゼが共倒れになってればよかったのに」


「…………ふうん」


 すっ、とフィオリアは目を細めた。

 それが貴方の答えなのね、ダルク皇子。

 ティアラに対して申し訳なく感じているようなら、まあ、瀕死の重傷くらいで済ませるつもりだったけれど。


「オレは本当に、女運が悪かった。……けれど、最後の最後で、最高の幸運が回ってきた。真実の愛を見つけたんだ」


「へえ」


「フィオリア嬢、貴方もレガリア帝国までついてきてくれるのだろう?」


「ええ、またクラーケンが出てきたら大変だもの」


「だったら、向こうに着いた後、楽しみにしててくれ。とんでもないサプライズを用意しておくから」


「分かったわ」


 正直、あんまり興味ないわ。

 だって貴方、あんまりにも分かりやすいんだもの。

 恋愛に人生を振り回されすぎ。

 そんなので一国の皇子が務まると思っているのかしら? 

 ヴィンセントに弟子入りでもしたほうがいいんじゃない?

 

 




 * *



 

 


 レガリア帝国へ向かう船は、最新式の魔道蒸気船だった。

 これもグランフォード商会が取り扱っているもので、技術力のアピールも兼ねている。

 船は驚異的な速度でトリスタン王国を離れ、ベルガリア大陸の西側を北上する。


 ――途中でクラーケンが出現したものの、フィオリアが出てくるやいなや、ペコリとお辞儀をして姿を消した。


「すごいな、貴女は。強い強いと聞いていたが、クラーケンが逃げ出すだなんて」


 ダルク皇子の視線は、もはや崇拝に近い熱を帯びていた。


「あのイカ、前にどこかで会ったかしら……」


 フィオリアはひとり首を傾げる。

 大昔に仔イカを助けたことがあるけれど、なんだか目元が似ているような。

 今回の件が片付いたら、ちょっと調べるとしましょうか。


 フィオリアは心のメモ帳に予定を書き込み……ちょうどそのタイミングで、急報が入る。この魔道蒸気船には通信機が積まれていた。

 届いたのは、レガリア帝国に潜ませていた間者からの連絡である。


「お嬢様、シルベリア公爵が蜂起しました。すべて手筈通りに進んでおります」


 間者たちのリーダーはレクスである。

 彼はここ最近のあいだフィオリアのもとを離れ、レガリア帝国に潜伏していた。

 なんのために?

 内乱を引き起こすためである。


 もともとシルベリア公爵はかなり追いつめられていた。

 なにせ娘のティアラが、あまりにも不名誉な理由で婚約破棄を叩きつけられたのである。

 他家や民衆から非難が殺到し、宮廷での立場は加速度的に悪化しつつあった。

 

 そんな中、何人もの貴族がシルベリア公爵にそっと耳打ちする。


『いまのレガリア帝国は間違っていると思いませんかな』

『見識深い公爵殿なら気付いてらっしゃるでしょう。このまま周辺諸国に戦争を仕掛けてばかりでは、いずれ必ず息切れします』

『皇帝陛下は戦狂い、ダルク皇子の船がクラーケンに襲われたのも、きっと天罰に違いありません』

『然り然り。いまこそレガリア帝国を変えるために立ち上がるべきでしょう。我々はそう考えています』

『ですが、旗印になってくださる方がいない』

『シルベリア公爵、貴方ほど明晰な頭脳を持ち、威厳のある方は他をおいていない』

『どうか我々に力を貸してほしい』

『実はトリスタン王国のさるお方から協力を取り付けております。じき、救援に来て下さるでしょう』

『戦力なら心配ありません。我が国の、およそ3分の1近い貴族が立ち上がる予定です』

『東方製の強力な武器も揃えました。負けることはありますまい』

『公爵殿、決断の時ですぞ! ……それに、アンネローゼを妃にしたくはありませんかな?』


 かくしてシルベリア公爵は、反乱軍のトップとなった。

 ……まあ、反乱軍側の貴族はすべてフィオリアの言いなりとなっている家ばかりなのだが。


「因果なものね」


 フィオリアは、やや自嘲気味に嘆息する。

 20年前、彼女は領地改革を始めるにあたり、父親の前でこう主張した。

 これからの時代、経済力のない貴族はいいカモでしかない、と。

 

「……まさか私が貴族を食い荒らす側になるなんて、ね」


 すでに賽は投げられた。

 事が片付くとき、レガリア帝国はもはや骨すら残っていないだろう。

 アンネローゼともども、地上から永遠に消え失せるはずだ。




 やがて船は、レガリア帝国の領海に入った。

 海軍はクラーケンによる痛手から立ち直れていないらしく、出迎えに来なかった。……反乱でそれどころではないのかもしれない。


「ダルク様、すでに宮殿はシルベリア公爵によって制圧されているようです」


「あ、ああ……なんてことだ、なんてことだ…………」


 フィオリアが状況を説明すると、いっそ面白いほどにダルク皇子は狼狽えた。

 顔を真っ青にして、落ち着かなげに頭を掻きむしっている。


「もしかすると、すでに皇帝陛下は崩御されているかもしれません。ダルク様の御兄弟も、あるいは」


「お、オレが唯一の生き残り、なのか……?」


「あくまで可能性です。……とはいえ、案ずることはありません。ダルク様には私がついております。不届き者らを一掃してご覧に入れましょう」


「おお! それは頼もしい……!」


「では、武力行使の許可をいただけますか。念のため、書面を用意しております。こちらにサインを」


「わ、分かった……」


 ダルク皇子はペンを走らせる。

 紙面はおよそ10枚に渡っていたが、ロクに目を通さないまま、己の名を書き記してしまった。

 ……それが冥府への片道切符とは知らぬままに。


 船が港に辿り着いた。

 反乱軍はダルク皇子を捕らえるために待ち構えていたが、彼らはマトモに戦うことなく逃げ去った。


「「……ォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」


 まず、船から飛び出してきたのは巨大なフェンリル。

 白と黒。

 モフモフとレムリスである。


 単騎でも国ひとつ滅ぼせるほどの大魔狼。

 その威容を前に、兵士たちは竦み上がった。


「戦後のために区画整理と行きましょうか。……《神罰の杖》」


 さらに駄目押しの如く、天から無数の光が降り注ぐ。

 港町のおよそ半分は、わずか一分で灰となった。


「も、もうダメだ! 勝てるわけがねえ!」

「お、おれは逃げるぞ!」

「助けてくれえ!」


 我先にと武器を捨てて脱走する兵士たち。

 ……実のところ、ほとんどがフィオリアの仕込みなのだが。


《神罰の杖》を落としたのは、前もって避難を終えていた区画のみ。

 初めに逃げ出した兵士はみな間者。

 しかし効果は絶大だった。

 一滴の血も流れることなく、フィオリアは港町を制圧した。

 そのまま立ち止まらずに帝都へ向かう。


 途中、反乱軍と出くわすことはなかった。

 当然だろう。

 あらゆる事態はフィオリアの掌中で動いている。


 ゆえに反乱の結末もあまりにあっけないものだった。

 

「き、貴様らァ! ワシを裏切るのか!」


 上空から宮殿に踏み込んでみれば、そこには、配下のはずの貴族たちによって縛り上げられた情けない中年男の姿。

 反乱の首謀者――ということにされてしまった――シルベリア公爵である。 

 なお本人は下剋上の成功を確信していたらしく、すでに自分のことを皇帝と呼ばせていたらしい。

 

「わ、ワシは嵌められたんだ! 許してくれ!」


「そうね。そうかもしれないわね」


 間違いなくシルベリア公爵は嵌められた。

 もっとも裏で糸を引いていたのは他ならぬフィオリアなのだが。


「言い分はあとで聞いてあげる。……しばらくは牢屋で頭を冷やしなさい。どうしてこんなことになったのか、理由が分かるといいわね」


 無理でしょうけど、と言外に漂わせる。

 ……なにせシルベリア公爵がこの状況に陥ったのは、結局のところ、娘のティアラを問答無用で追い出したせいなのだから。


 他の反乱貴族たちも牢に繋がれたが、彼らはどこか緩んだ空気を漂わせていた。

 自分たちのバックにはフィオリアがいるからと、油断しきっているのだろう。

 その末路はティアラの気持ちひとつで天国にも地獄にもなるのだが。


 アンネローゼはというと、シルベリア公爵の手のものによって厳重に保護されていた。ほぼ監禁に近い。

 密かに行方を晦ませようとした形跡もあったが、すべて、レクスら間者の手で阻まれている。


 なお、皇帝ならびに皇后、その子供らは無事だった。

 ()()()()警備の薄い場所があり、そこから()()()脱出していたという。


 終わってみればこの反乱、負傷者もかなり少なく、事後処理にはさほど時間がかからなかった。

 ほどなくして反乱の鎮圧を祝うパーティが宮廷で開かれることになり――


 その場にはもちろん、フィオリアの姿もあった。

 

 ここに集まった者は、ほとんど誰も気付いていないだろう。

 先の反乱はあくまで前座に過ぎない。

 本当の舞台は、これから幕を開ける。


 断罪劇の始まりである。


 



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