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第19話 姉妹のお茶会


 フィオリアはティーカップに口を付けた。


「…………!」


 カップを持つ指が、震えた。

 瞳が驚愕の色に染まる。

 信じられない。

 まさか、そんな――


「レクスの淹れた紅茶が、美味しい……?」


 ローズヒップの豊潤な香り。

 爽やかな酸味のあとには、すっきりとした味わいが残る。


 クッキーも絶品だった。

 焦げ目もなく、サクサク。

 シンプルなバターの味が広がり、ついつい手が止まらない。

 

 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ……。


 フローレンス公爵邸のテラス。

 フィオリアと、その向かい側には「義妹(いもうと)」のティアラが座っている。

 

 午後のティータイムを楽しみつつ、今後について話し合うことになっていた。

 のだが、


「姉様、これ、すごくおいしいですね」


「そうね」


 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ……。


 2人はひたすらクッキーを口に運ぶ。

 その味、まさに魔性。

 鋼の精神力を持つフィオリアをして魅了されているのだから、ティアラが抗えるはずもない。


 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ……。


 白い大皿には多くのクッキーが残っているが、なくなるのは時間の問題だろう。


「これが俺の本気です。見直していただけたでしょうか」


「どうして普段からもっと頑張らないの?」


「秘密です。気になりますか」


「別にいいわ」


「これは俺の個人的な見解ですが――」


 フィオリアの言葉を無視して、レクスは続ける。


「お嬢様は予想外というものを愛している。だからこそ、ティアラ様に目を掛けているのしょう」


「……そうね。ティアラはとても私を楽しませてくれているわ」


 フィオリアに出会って以来、ティアラは別人のように変貌した。

 優等生めいた公爵令嬢の仮面を投げ捨て、嗜虐的な一面をあちこちで発揮している。


「裏を返せば、お嬢様はとても退屈している。この世界に飽いている。……20年前、アンネローゼに不覚を取ったのは、それが理由かと」


「私に油断があった、ということね」


「すでに気付いていらっしゃいましたか。……申し訳ありません、お嬢様。差し出がましい真似をしてしまいました」


「いいえ。忠言、真摯に受け取るわ。ありがとう」


 フィオリアは口元を緩めた。

 さながら花のかんばせにも似た、暖かな笑みだった。


 ……レクスは、冷静沈着な彼らしくもなく、ふいと俯いた。


「貴方の言う通りよ、レクス。20年前の私は『予想外』を求めるあまり、意識的にも無意識的にも隙を作っていた。そこをアンネローゼに出し抜かれたの。……ああ、なるほど。いま、貴方のことが少し理解できたわ」


 想像を絶するような不味さの紅茶とクッキー。

 それはおそらく、彼なりにフィオリアを案じてのことだったのだろう

 毒殺事件を忘れぬよう戒めつつ、「予想外」というものへの憧れを満たす――。


 なんて回りくどい。

 けれど思い返してみれば、レクスオールという少年はやけに捻くれた甘えん坊だった。よしよし、貴方も可愛いところあるじゃない。


「あのー」


 小さく手を挙げて呟いたのは、ティアラ。

 ここまで蚊帳の外だった彼女は、首を傾げながら、


「レクスさん、姉様のことが好きなんですか?」


 ものすごく、ぶっちゃけた問いを投げかけた。


「…………」


 これに対し、レクスは何も答えない。

 普段と変わらず、彫刻じみた隙の無い表情でフィオリアの後ろに控えている。


「ここで黙るのも、あとで予想外を演出するためかしら」


 クスリと笑みをこぼすフィオリア。


「無理に答えなくていいわ。そのほうが面白そうだもの」


 


 


 * *






「――それじゃあティアラ、現状を整理しましょうか」


 クッキーを食べ終えたあと、フィオリアは口元を拭いてそう言った。


「ティアラのおかげでレガリア帝国のおよそ3分の1はこちらの傘下に収まったわ。ありがとう」


「お礼を言うのはわたしの方です。手を貸してくれてありがとうございます、姉様」


 現状、フィオリアに服従を誓う貴族家には共通点がある。

 その家の子息・子女はみな、何らかの形でティアラの国外追放に関わっていた。


 ある者は、エルザの取り巻きとしてアンネローゼに嫌がらせを行っていた。

 ある者は、アンネローゼへの苛めはティアラの指示だと証言した。

 ある者は、王子にティアラの悪い噂を吹き込んだ。


 彼・彼女らはその行いゆえに、ティアラから苛烈な報復を受けることとなった。

 ……いや、現在進行形で受け続けている。

 水面下でフィオリアが進めている策が成った時、彼らの首は断頭台の露と消えるだろう。


「ひとつ、お伺いしてもよろしいですか?」


「私に答えられることなら、何でも」


「姉様は、どうしてそこまでアンネローゼを敵視してらっしゃるのかな、って」


「……そういえば、貴女は知らないのね」


 フィオリアは黄金色の髪をかきあげる。

 その瞳は、遠い、追憶の色をしていた。


「20年前、私が毒薬で倒れたことは知ってるわよね」


「はい」とティアラは頷いた。

 フィオリアの身に起こった悲劇そのものは、ベルガリア大陸全土に知れ渡っている。

 しかし――


「じゃあ、誰が毒薬を盛ったかは、分かる?」


「えっと、ごめんなさい。そこまではちょっと不勉強で」


「気にしなくていいわ。貴女にとっては他国のできごとだもの。……私を毒殺しようとしたのは、アンネローゼなの」


「……えっ?」

 

 呆気に取られるティアラ。


「ま、待ってください。姉様の事件は、20年前のことですよね? おかしくないですか?」


「そうね」


 フィオリアは頷く。


「当時、アンネローゼは16歳だったわ。生きていれば36歳ね」


「で、でも! わたしの国のアンネローゼは、とても36歳には見えませんでした! いくらお化粧で若作りしたって、限度ってものがありますし……」


「そうね、ティアラの言う通りだわ。……けれど、世の中には例外があるのよ」


 フィオリアは思い出す。

 カノッサ公爵の姿。

 20年ぶりに再会したときは、まるでオークのような肥満体だった。

 しかし反乱を起こした後は、貴族学校時代を思い起こさせるような、細く、若々しい姿。

 

 監獄での取り調べで痩せた、というだけでは説明がつかない。

 

 疑問に思ったフィオリアは、レクスに調査を命じた。

 その結果、驚くべきことが判明した。


 若返りの薬。

 

 夢物語のような話だが、どうやらそれは実在するらしい。

 発明者は、他ならぬアンネローゼ。

 

 彼女の足取りを追ううちに分かったことだが、どうやらフィオリアがまったく年を取らぬまま眠り続けているのを知り、あの時の毒草を元にして作り出したらしい。

 

「アンネローゼは、その薬を使っていまも若い姿を保っているのよ。当時からして男を手玉に取るのが上手だったもの。そこに20年の経験が上積みされれば、国のひとつふたつは簡単に傾かせることは簡単でしょうね」


「……恐ろしい人なんですね、アンネローゼって。いったい、何が目的なのでしょうか」


「さあ? そこは本人に問い詰めるしかないわね」


 20年前のアンネローゼについては、すでに調べがついている。

 当時の彼女は、他ならぬレガリア帝国のスパイだった。

 目的はトリスタン王国の混乱、そして、フィオリア・ディ・フローレンスの暗殺。


 暗殺は中途半端になってしまったものの、トリスタン王国を大きく揺るがせた後、アンネローゼは行方を晦ました。

 

 しばらくは地下に潜伏していたようだが、2年ほど前からレガリア帝国で姿が確認されるようになり……現在は「クリームヒルト男爵家の落胤」という肩書で貴族社会に溶け込んでいる。

 そしてなぜか、かつてトリスタン王国で行ったことをなぞるように帝国の貴族らを誘惑し、ダルク皇子の婚約者に収まった。

 

 アンネローゼはレガリア帝国のスパイではなかったのか。

 なぜ、自分の国を混乱に陥れるような真似を行っているのか。

 そこまではまだ明らかになっていない。


「いずれにせよ、じきにアンネローゼはトリスタン王国にやってくるわ。盛大に出迎えてあげましょう」


 予定では、2週間後。

 レガリア帝国第一皇子ダルクと、その婚約者アンネローゼはトリスタン王国を訪問することになっている。

 いったいどんな思惑があってかは知らないが、こちらとしては好都合だ。

 20年前の借りは、ここで返す。

 


 

 ……決着の日は、近い。




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