第八十四話「乗り越えるべき記憶」
記録の中のラミとドリトスが小屋に入った後、老ドリトスが考えるようにゆっくりと口を開いた。
「思い出した。やっぱりそうだ。ということはこの記録自体も……」
そのドリトスの言葉が発せられた直後、世界が暗転した。
しかしその暗転は一瞬で終わり、光が戻ったと思ったら、記録の場面が切り替わっていた。
たくさんのドワーフと魔族が剣や魔法で殺し合っている。
あちこちで怒号や悲鳴が聞こえてきていて、殺伐としていた。
「これは……?」
アカネが震える声で尋ねた。
その問いにドリトスは答える。
「これはおそらく俺たちの記憶の最も新しいもの。つまり俺とラミが殺し合い、最終的に俺がアンデット化した戦争の記憶だ」
目が見えているわけでもあるまいに、ドリトスはそう正確に答えた。
そんな彼にルインが尋ねる。
「ドリトスさん。これがアンデット化の呪いを解く鍵になったりするの?」
「……そうだな。あの呪いは魂を過去に縛り付ける呪いだ。つまり俺の魂はこの記憶、この過去に縛られているんだ」
そういうことか。
つまり魂自体がこの時代に縛られ、肉体だけがアンデット化して現実を過ごしていると。
彼を呪いから解放するには魂をこの時代から解放しないといけないみたいだ。
「お前たちはなんだ!」
そんな会話をしていると、一人の青年のドワーフに話しかけられた。
顔立ちは歳を取りすでに変わり果てているが、声で彼がドリトスの若い頃だと言うのがわかった。
「俺たちは……お前の仲間だ。魔族を倒しにきた」
老ドリトスがそう言うと、若ドリトスは難しい表情をしたまま頷いた。
「そうか! それなら手伝ってくれ! 俺は敵将を討ち取らなければならない!」
そう言って若ドリトスが敵陣に向かって走っていこうとして、その背中に老ドリトスが話しかけた。
「おい、待ちな」
「……なんだ! 俺は今すぐにでもラミを、そして戦争を止めなければ!」
「お前じゃ無理だよ。無理だったんだ、ラミを救うのも、戦争を止めるのも」
老ドリトスは震える声で言った。
それに対して若ドリトスは鼻で笑う。
「ハンッ! 最初から諦めるなんてドワーフらしくない! そんな臆病者はさっさと逃げてしまえよ!」
それだけ言い返して再び若ドリトスは背中を向けると敵陣に向かって駆け出した。
俺は考える間も無く彼の背中を追っていた。
おそらく老ドリトスはアカネたちが守ってくれるだろう。
それよりも俺が今やるべきことは、あの若いドリトスの手伝いをして、この記憶をハッピーエンドに向かわせることだ。
「うらぁあああああああああ!」
若ドリトスは敵の魔族の一人に叫びながら斬りかかった。
しかし力が足りていなかったのか、簡単に弾き返された。
「なんだぁ、お前?」
「クソがッ! なんで効かないんだよ!」
基本的にドワーフの身体は戦闘に向いていない。
確かに腕力はあるが、その筋肉は戦闘用に作られたものではなかった。
ドリトスは昔から武術ばかり鍛えていたが、それでも体格差という絶対的な壁があるみたいだった。
斬りかかった魔族がドリトスを真っ二つにしようとして――。
――ギンッ!
俺は間に割って入りその剣を受け止めていた。
「……なっ!?」
後ろから驚きの声が聞こえてくるが、まずは目の前の魔族をどうするか考えなければならない。
しかし大昔の記憶だからか、魔力操作の精度はまだまだ甘いみたいだ。
魔族は基本的に身体能力が高いらしく、それでもギリギリの戦いになりそうだったが、負けはしないだろう。
「お前……ドワーフには見えないが、魔族にも見えないな」
「そんなのどうでもいいだろ。今分かればいいのは、俺とお前が敵対していて、殺し合う相手だと言うことだ」
「そうだな。頭の固いドワーフ共と違ってよく分かってるじゃないか」
俺の言葉に敵対する魔族はニヤリと笑うと、剣を握り直して向かい合った。
さて、どうやってこの魔族を倒すか――。
頭の中に幾つかのルートを思い浮かべながら、ひとつ選択すると思い切り地面を蹴り上げて飛び出すのだった。




