第六十話「エルフの少女とその街」
敵意剥き出しで睨んでくるエルフの少女に困惑する俺たち。
てか、この大陸って魔族の大陸じゃないのか……?
普通にエルフがいるんだな。
そんなことを思いながら俺は笑みを浮かべて近づこうとするが——。
「近づくな、人間! どうせまたエルフを攫おうとするんだろう!」
「いやいや、別に攫うつもりなんてないよ。どうしてそう思うんだ?」
「だってお前ら人間は、私たちが高値で売れるからと毎年攫いに来てるじゃないか!」
そうなの……?
知らなかった。
大陸アガトスにいるエルフは攫われてきただけで、その子孫がエルフの里を形成しているのか?
となると、もともとアガトスにはエルフはいなかった可能性がある。
衝撃の事実に俺は混乱していると、そのエルフは警戒しながらもこう尋ねてきた。
「……というか、船はどこだ? いつも大きな船で来ているだろう?」
「ああ、船はもう元の大陸に戻ったよ」
俺の言葉に今度はエルフが混乱する番だった。
「でも、そうすると私たちを攫うこともできないだろう?」
「いやいや、だから攫うつもりはないんだって」
まだ疑っているようだが、少なくとも対話に応じてくれそうな感じはする。
だから俺はまず自己紹介をすることにした。
「俺はアリゼって言うんだ。この超大陸アベルには仲間を探しに来た」
「仲間?」
「そう。魔王と呼ばれる奴が俺の仲間をこの大陸に転移してしまったんだよ」
すると彼女は少し考えた後、こう言った。
「魔王……もしかしてあいつのことか?」
「知ってるのか!?」
「ああ……風の噂で聞いただけだがな。あいつは魔族の中でも過激派でな、超大陸アベルを支配しようとしていた」
魔族……!
やっぱり魔族はいるのか。
……って、ん?
魔族の中でも過激派?
「あいつは魔族の王ではないのか?」
「ああ、違うぞ。魔族としてはあまり強くないし、王の器はなかったな。ただそう自称していただけだ」
あ、あまり強くない……。
そんなレベルなのか。
あれでそんな強くないと言われてしまうなんて、超大陸アベルとは常識が違うらしい。
「と言っても、魔族は超大陸アベルの中でも屈指の脳筋だからな。能力自慢は多いんだ」
……なるほど。
魔王ですら末端だったなんて、恐ろしいな魔族。
「ともかく、俺たちはただ仲間を探しに来ただけなんだ」
「そうか。なんとなく把握はした」
そう頷くエルフの少女の表情には剣呑さは消えた。
まあずっと仏頂面だが。
それから俺たちに背中を見せるとこう言って歩き出した。
「ついてこい。街に案内する」
「あ、ありがとう」
俺はズンズンと歩き出す彼女を追って、慌てて歩き出すのだった。
***
「ここがエルフの街……。なんか随分とイメージと違うな」
「そうか? そっちの常識を私たちは知らないからな、どんなイメージをしているのかは知らんが」
俺たちの目の前には海沿いに開けた巨大な街が広がっている。
普通に向こうの王都なんかよりも圧倒的に広い。
海岸から陸に向かって丘になっていて、坂道の多い街だった。
それにエルフの街って森の中で自然に囲まれているイメージがあった。
というか、向こうではエルフの里といえばそんな感じだったし。
そして俺たちが街道を歩いていると、唐突にエルフの男に話しかけられた。
長い金髪をボサボサにして、髭もボウボウで、ボロボロの服を着ている男だった。
「おっ、デリア。帰ったか……って、そいつらは誰だ?」
彼は俺たちを見るや否や、警戒した表情で睨んでくる。
やっぱり人間ってだけで警戒されるのか。
男に対して、デリアと呼ばれたエルフの少女は首を振って答える。
「こいつらはどうやら悪い人間ではないみたいだ。船ももう無いみたいだし」
「……そうか。まあデリアが言うならそうなんだろうな」
デリアの言葉ですぐに表情を崩すエルフの男。
彼女はなかなか信頼されているみたいだな。
「俺はドーイ。この街で色々な研究をしている。将来の夢は空を飛ぶことだな」
「俺はアリゼだ。仲間を探しにこの大陸に来た。で、こっちがルインとニーナだ」
ルインとニーナは緊張しているのか、軽く会釈するだけだった。
しかしドーイはそのことに気を悪くせず、というか気にもせずに、デリアの方を向いてこう言った。
「デリア。魔物は狩ってきてくれたか?」
「……ああ、忘れていた」
その言葉に一切悪びれずそう返したデリアに、ドーイは悲痛な叫びを上げる。
「って、おい! バーン・ウルフの毛皮が必要だって言っただろ! 何してるんだ!」
「仕方がないだろ。忘れてたんだから」
デリアが言うと、ドーイはあからさまにため息をついた。
「はあ……ってことは、こいつらのせいだな。……おい、アリゼとか言ったか」
今度は俺たちに向かって恨めしそうな表情を向けると、彼はこんなことを言い出すのだった。
「だったら、お前が狩ってこい。明日にはバーン・ウルフの毛皮が欲しいんだ」




