第百八十九話「勝利」
空間が悲鳴を上げるほどの魔力の暴走。
理性を失い、ただ破壊の化身と化したアルベルトが、そのおぞましい巨腕を振り下ろす。
「グオォォォォッ!!」
赤い閃光が走り、俺たちの足元が爆ぜた。
「くっ……! みんな、散れ!」
俺の指示を待つまでもなく、全員が瞬時に反応していた。
バランとアカネが左右に飛び出し、巨大な瓦礫を盾にして爆風を防ぐ。
ルルネとルインは爆煙の中を疾走し、アルベルトの死角へと回り込む。
「逃げ惑うな、虫ケラ共がァッ!!」
アルベルトの背中から伸びた魔力の翼が、無数の赤い羽を撒き散らした。
それは一つ一つが着弾と同時に爆発する、自律誘導弾だ。
「させないよ! 《イージス・フィールド》!」
「《多重魔法障壁・展開》!」
アーシャとニーナが即座に反応する。
広範囲に展開された黄金の結界と、幾重にも重なる魔法の盾が、降り注ぐ爆撃を空中で受け止めた。
激しい衝撃音が連続し、障壁に亀裂が走るが、二人は歯を食いしばって耐える。
「今です! みなさん!」
「隙を作ります! 《ホーリー・レイ》!」
ミアが杖を掲げ、天井の穴から注ぐ赤き月の光に対抗するように、清浄な聖なる光の柱を落とした。
直撃を受けたアルベルトが怯み、その動きが一瞬止まる。
「オラァッ! まずは一発!」
その隙を逃さず、バランが懐に飛び込んだ。
全身全霊を込めたアッパーカットが、アルベルトの顎を打ち抜く。
巨体がわずかに浮いたところへ、アカネが大剣を横薙ぎに叩き込んだ。
「《剛剣・断ち割り》ッ!」
ズドンッ! という重い音と共に、アルベルトが壁際まで吹き飛ばされる。
だが、奴はすぐに体勢を立て直し、獣のような咆哮と共に魔力を膨張させた。
「効かぬ……効かぬわぁッ!! 私は神だ! 不滅だァッ!!」
傷口から溢れ出る赤い光が、瞬く間に肉体を修復していく。
《英雄の素》と赤き月の供給がある限り、奴は無限に再生し続けるのか。
「……いいや、終わりにする」
俺は剣を構え直し、息を吸い込んだ。
身体中の血液が沸騰するような感覚。
《限界突破》の反動で筋肉が悲鳴を上げているが、そんなものは無視だ。
「ルイン! もう一度だ! あいつの核を断つ!」
「うん!」
ルインが駆け寄ってくる。
彼女の手にある《エクスカリバー》は、以前にも増して強い輝きを放っていた。
「僕も行きます! あいつの再生を阻害します!」
ネシウスが俺たちの背後に付く。
エリスとリアも短剣を構え、左右に展開した。
「ナナ、ニーナ! 全力で道を開け!」
「了解! 最大出力で行くわよ!」
「どっかーんってしちゃうから!」
二人の魔術師が詠唱を合わせる。
雷と炎が螺旋を描きながら融合し、巨大な奔流となってアルベルトへ殺到する。
「小賢しいぃぃッ!」
アルベルトが両手から赤い波動を放ち、魔法の奔流と激突させる。
拮抗する力と力。
空間が歪み、スパークが弾ける。
「今だッ! 突っ込むぞ!」
その爆発の余波を突き破り、俺たちは走った。
「邪魔だァッ!」
アルベルトが触手のような魔力の腕を伸ばし、俺たちを薙ぎ払おうとする。
「させないわ!」
ルルネが空中で身を翻し、双剣で触手を切り刻む。
斬られた端から再生しようとする触手を、今度はネシウスが魔力干渉で阻害する。
「そこだ、ルイン!」
「はあぁぁぁぁっ!」
ルインが跳躍した。
黄金の光を纏った聖剣が、アルベルトの胸――先ほど刻まれた傷口へと突き刺さる。
「グアァァァァァッ!?」
アルベルトが絶叫する。
聖剣の浄化の力が、奴の体内の赤い魔力を焼き尽くしていく。
だが、それでも奴は倒れない。
ルインの剣を素手で掴み、へし折らんばかりの力で握りしめた。
「貴様らごときが……神に届くと思うなぁッ!!」
アルベルトの全身から棘のような魔力が噴出し、ルインを串刺しにしようとする。
「ルインッ!」
俺は地面を蹴り砕き、加速した。
視界が白く染まるほどの速度。
身体の限界などとうに超えている。
だが、届く。
この一瞬のために、俺は生きてきたんだ。
脳裏に浮かぶのは、十年前のあの日。
泣きじゃくる少女たち。
そして今、俺と共に戦う、誇り高き英雄たちの姿。
――その剣は誰が為に。
「俺の剣は……!」
俺は剣を振りかぶった。
魔力も、体力も、魂も、全てをこの一撃に乗せる。
「家族を守るためにあるんだよォォォッ!!」
俺の剣が、ルインの聖剣ごと、アルベルトの胸を貫いた。
同時に、俺の身体から溢れ出した魔力が、ルインの聖剣の輝きと共鳴し、白銀と黄金が混ざり合った巨大な光の刃となる。
「な、なん……だ……この光は……!?」
アルベルトの顔が、驚愕と恐怖に歪む。
奴の赤いオーラが、俺たちの光に飲み込まれていく。
「これが、人の絆だ! 思い上がった野望ごと、消え失せろォッ!!」
俺とルイン、二人の叫びが重なる。
俺たちは渾身の力で剣を振り抜いた。
ズバァァァンッ!!
閃光が奔り、アルベルトの巨体が袈裟懸けに両断される。
切り裂かれた傷口から溢れたのは血ではなく、制御を失った暴走する魔力の光だった。
「ば、馬鹿な……。私は……神に……世界を……」
アルベルトが天に手を伸ばす。
その指先が崩れ、塵となって消えていく。
赤き月から供給されていた魔力の糸が断ち切られ、奴の肉体は急速に崩壊を始めた。
「オオオオオオォォォォッ……!!」
断末魔の叫びと共に、アルベルト公爵の身体は光の粒子となって四散した。
同時に、施設を覆っていた赤い結界がガラスのように砕け散り、天井の穴から見えていた不吉な赤き月が、本来の静かな青白い月へと戻っていく。
ドサッ。
全てが終わった静寂の中、俺は膝から崩れ落ちた。
手から剣が滑り落ちる。
もう、指一本動かせないほどの脱力感。
「アリゼさん!」
ルインが慌てて駆け寄ってきて、俺の身体を支える。
彼女の目には涙が浮かんでいたが、その顔は安堵の笑顔でくしゃくしゃだった。
「……やったな、ルイン」
「うん! やったよ、アリゼさん! 私たちの勝ちだ!」
周囲を見回すと、仲間たちも皆、ボロボロになりながらも互いに肩を叩き合い、勝利を分かち合っていた。
バランがニカッと笑い、親指を立てて見せる。
アカネ、ルルネ、ニーナ、ミア、アーシャ、ナナ、エリス、リア、ネシウス。
全員無事だ。
俺は大きく息を吐き、天井の穴から見える月を見上げた。
清らかな月光が、傷ついた俺たちを優しく照らしている。
長かった戦いが、終わった。
俺たちは守り抜いたのだ。
この大陸の未来と、俺たちのかけがえのない居場所を。
意識が遠のく中、誰かの温かい手が俺の頬に触れるのを感じながら、俺は深い眠りへと落ちていった。




