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【web版】拾った奴隷たちが旅立って早十年、なぜか俺が伝説になっていた。  作者: AteRa
第九章:獣人の国・ビーミト王国編

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第百八十一話「夜明けの誓い」

 どれほどの時間が経っただろうか。

 遠くで鳴り響いていた師匠の戦いの音は、徐々にその数を減らし、やがて夜明け前の静寂が森を支配していた。

 俺と娘たちは、息を殺したまま、一瞬たりとも警戒を解かずにその時を待っていた。

 身体は鉛のように重いが、張り詰めた精神がそれを支えている。


 東の空が、深い藍色から徐々に白み始めた、その時だった。

 森の木々の間から、一つの巨大な影が、ゆっくりと姿を現した。

 その姿を見て、俺は思わず息を呑んだ。


「師匠……!」


 バランだった。

 彼の身に纏う鎧は至る所が砕け、その屈強な身体には無数の傷が刻まれている。

 肩で荒い息を繰り返し、その歩みは僅かにふらついている。

 だが、その瞳に宿る光は、一切衰えていなかった。

 彼は、勝ったのだ。

 たった一人で、公爵の軍勢を相手に。


「……本隊は叩き潰した。しばらくは、まともな追撃はできんはずだ」


 バランは俺たちの前にたどり着くと、それだけを告げて、近くの切り株にどっかりと腰を下ろした。


「だが、指揮官の鉄爪は取り逃がした。奴は、しぶといぞ」


 その言葉に、俺はただ頷くことしかできなかった。

 感謝も、労いも、どんな言葉も、この人の偉業の前では陳腐に聞こえてしまう。


「よく、ご無事で……」


 アーシャが絞り出した声に、バランはフンと鼻を鳴らした。


「当たり前だ。俺は、世界最強だからな」


 その言葉が、いつもの虚勢ではなく、紛れもない事実として俺たちの胸に響いた。

 彼が戻った安堵と、儀式の成功への祈りが交錯する。

 その瞬間だった。


 小屋から放たれていた光が、突如としてこれまでとは比較にならないほどの輝きを放ち始めた。

 夜明けの光さえも霞むほどの、眩い黄金の光。

 大地が震え、純粋な聖なる力の奔流が、嵐のように俺たちの身体を通り抜けていく。


 痛くはない。

 だが、魂が直接揺さぶられるような、凄まじい圧力だった。


「儀式が……最終段階に入ったんだ!」


 俺は叫んだ。

 小屋の中では今、ミアたちが、ネシウスの中に巣食う闇と最後の戦いを繰り広げているのだ。

 俺たちにできることは、もう何もない。

 ただ、祈ることだけだ。

 俺も、娘たちも、そして傷ついた師匠さえも、全員が固唾を呑んで、光り輝く小屋を見つめていた。

 俺は、バランの教えを思い出していた。

 仲間を信じ、己の役割を全うする。

 そうだ、俺たちの役割は、この瞬間まで、この場所を守り抜くことだった。

 そして、ミアたちの役割は、中で奇跡を起こすこと。


 頼む、ミア……。


 祈りが通じたのか。

 天を突くほどの光の柱は、最高潮に達したかと思うと、ふっと、まるで幻だったかのように収束していった。

 後に残されたのは、夜明けの光に溶け込むような、穏やかで温かい黄金色の輝きだけだった。

 あれほど満ちていた魔力の圧力が消え、森の鳥たちが、再びさえずりを始める。


 ギィ……と、小屋の扉がゆっくりと開いた。

 そこに立っていたのは、ミアだった。

 彼女は疲労で真っ白な顔をして、今にも倒れそうなほど消耗していたが、その表情は、聖女の名にふさわしい、慈愛に満ちた晴れやかな笑顔だった。


 彼女は、俺たちを見ると、小さく、しかしはっきりと頷いた。


「……終わりました」


 その一言に、俺たちは堰を切ったように小屋へと駆け込んだ。

 中の光景は、静かで、そして穏やかだった。

 魔法陣の光は消え、長老やエリス、リアが、安堵の涙を流している。

 そして、中央の敷物の上。

 ネシウスが、ゆっくりと身を起こしていた。


 その瞳は、もう虚ろではなかった。

 戸惑いと、長い眠りから覚めたような混乱の色はある。

 だが、そこには確かに、一人の少年としての、確かな意志の光が宿っていた。

 彼の首筋にあった禍々しい紋様も、綺麗に消え去っている。


「……お兄、ちゃん……?」


 エリスの震える声に、ネシウスはゆっくりと瞬きをし、そして、ほんの僅かに、微笑んだ気がした。


 俺は、その光景をただ、見つめていた。

 一人の仲間を救うため、これほど多くの者が力を尽くし、心を一つにした。

 その結果が、今、ここにある。

 俺は、自分の娘たち、新たな仲間たち、そして傷だらけで壁に寄りかかる師匠の顔を、一人一人見回した。


(一つの命を救った。だが、まだ終わりじゃない)


 俺の心に、新たな決意が静かに灯る。


(次は、この大陸すべてを苦しめる元凶を断つ番だ。――全員で)


 銀狼族の村に、本当の夜明けが訪れようとしていた。

 それは、俺たちの長い旅路において、反撃の狼煙となる、確かな誓いの夜明けだった。

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