まさかの吸血 (してほしい)願望
「うっ」
あまりそんなことをしない子なので、さすがの貴樹も軽口で返すのを忘れた。
「今は優先すべき問題がたくさんあることは承知していますけど、瑠衣はあえてお兄様――いえ、貴樹さんにお尋ねします……貴樹さんは、瑠衣が記憶を操作して草薙家に潜入していたことを、お許しくださいますか?」
「ゆ、許すも許さないも。そういや、驚きはしたけど腹立たしいと思ったことはないな、俺。いや、どうせなら早くに相談してほしかったってトコは少し不満だったけど」
貴樹は頭をかいて正直に述べた。
当初、日記の記載から瑠衣が大して貴樹に懐いてないと知り、大ショックを受けたことならあるが、それはあえて言わなかった。
「貴樹さんは……優しい人です。瑠衣のために、あの嫌なお薬も、ご自分が身代わりで飲んでしまわれたのですね」
潤んだ瞳で見やり、瑠衣は貴樹の手を自分の胸に押し当てる。
何気なくやったらしいが、その少し上が胸の膨らみだったりするので、貴樹は一気に緊張してきた。
ただ、そのまま恐る恐る口にした瑠衣の言葉に、別の意味で息を呑んだが。
「でも……これで瑠衣と貴樹さんは、一切の血の繋がりがないことがおわかりでしょう。そこで今後はですねっ」
何か思い切って言いかけていたが、貴樹はあえて遮った。
「いや、俺は今でも、瑠衣のことは可愛い妹だと思ってるぞ」
「――えっ」
強い口調の貴樹に、瑠衣はなぜかひどく複雑な表情を見せた。
「妹……ですか」
「そうそうっ。それとも、やっぱり俺の妹なんて嫌かな。そらまあ、外見も全然違うけど」
実際、銀髪に空色の瞳と白い肌の瑠衣が自分と並ぶと、姫君と使用人以下にしか見えない気がする。しかし、瑠衣は激しく首を振った。
「そうではありません、そうではありませんけれどっ」
「じゃあ、いいじゃないか!」
貴樹は半ば強引にこの話題を打ち切った。
瑠衣に拒絶されるのが、怖かったのかもしれない。
「今後も変わらずに兄妹ってことでさ」
「……その」
まだ手を放さぬまま、瑠衣は上目遣いに貴樹を見つめる。
「それが貴樹さんの望み……なら。ではあの……当面はそういうことに」
「そう、そういうことで頼むっ」
なぜ当面と限定するのかと思ったが、少なくとも完全に拒絶されたわけではないので、貴樹は強引に納得することにした。
頑固な貴樹の表情を見つめているうち、瑠衣はなぜか深いため息をついたが、そのうち何か思いついたらしく、瞳を輝かせてぐっと身を寄せてきた。
「では貴樹お兄様、お兄様に改めて、瑠衣からのお願いがありますっ」
「な、なにっ」
貴樹の常として、あまりにも美形過ぎる相手にびたっと近付かれると、反射的に圧倒されてしまう。ロザリーという幼馴染みと長年交友関係にあっても、未だにこれは直っていない。
しかも、今回の瑠衣は随分と思い詰めた様子だった。
唇を震わせてしばらくためらった後、思い切ったように一気に告げた。
「ろ、ロザリーさんと行った儀式と同様のことを、瑠衣にもお願いしますっ」
「へっ」
貴樹は意表を突かれて緊迫感漂う瑠衣を見た。
「つまり、ロザリーに頼んでくれってこと?」
「なんでそうなるんですか!」
なぜか、速攻で怒られてしまった。
「そうではなく、ヴァンパイア化した今のお兄様が、瑠衣の血を吸ってください! もしかすると、その時のロザリーさんと同じことが可能かもしれませんっ」
「えぇええええっ」
真剣に仰け反りそうになった貴樹である。
瑠衣が手を握ったままなので、すぐに引き戻されたが。
しかし……さすがに「わたしの血を吸って!」という要望があるとは思わなかった。いや、ロザリーは本国でしょっちゅう臣民達からお願いされるらしいが、ああいうスーパーモデル級の少女は例外中の例外だろう。本国では神聖化されているようだし。
「な、なんでそんなこと望むんだよっ」
当然のように貴樹が理由を訊くと、なぜか瑠衣の歯切れが悪くなった。
「それはその……瑠衣は……その……じ、自分だけのけ者なのが嫌なのですっ。少なくとも、理由の一部はそういうことですわ」
「じゃ、じゃあ他の理由は」
あえて貴樹が畳みかけると、瑠衣はひどく困ったように目を逸らした挙げ句、見る見る赤くなった。
「そんな……恥ずかしいから、そんなことを瑠衣の口から言わせないでくださいまし」
いや、なんでそうなるのか!
血を吸って欲しい理由なんて、そうたくさんないと思うが。




