『午前2時』5.P.S.
「ん?」
本の間から落ちた封筒を拾い上げる。
ショッキングピンクに紫の水玉模様、周りを緑がかった金の縁取りがされている、趣味がいいとは言い難い封筒だ。
宛名は『滝志郎様』となっているが見覚えがない。
「??」
ガサガサ広げて文面を読み下した。
『こんにちは! 私、一目見てあなたのことが気に入っちゃった。8時、『ソル』で待ってます。必ず来てね。楽しみにしています。 R.K.』
「あ」
数日前のラブレター騒ぎを思い出した。
結局、あの手紙がRIYAKO KASHIWAGI、つまり柏木理矢子の物ならば、木沼良子、RYOKO KONUMAの手紙はどこへ行っ遅まったんだろうと思っていたのだ。
「こんなとこに紛れ込んでたのか」
おそらく手渡しじゃなくて、俺の席にでも置いてあったのを、それと気づかずコピーやノートを載せたか何かして紛れ込んでしまったのだろう。こんなド派手な封筒をどうして見落としたのか、それは我ながら謎だが。
「……」
電話口のキャラキャラ声を思い出して、なおうんざりした。
コンコン。
「はいよ」
「滝さん?」
「お、周一郎か」
手紙を机の上に放り出してドアを開けた。
盆の上にコーヒー二つ、それに小さな包みを載せた周一郎が立っている。部屋に溢れている光に眩そうに目を細めたが、するりとドアの間をすり抜けて、机の上に盆を置いた。
「コーヒーか……いい匂いだな」
「今日は大学は?」
「試験前休み。ああ、それさ」
周一郎が机の上の封筒を見ているのに、ことばを継いだ。
「もう一人のR.K.だよ、本の間に入ってた」
「ああ…木沼さん…の方ですね?」
「そっ。本当に人騒がせだぜ」
そのうち、山根にはたっぷりお返しをしてやらなくてはならん。
「体の方はどうだ?」
「もう大丈夫です。ご心配おかけしました」
周一郎は他人行儀に返して、コーヒー一つと小包を置いて盆を取り上げた。
「なんだ? ここで飲んでかないのか?」
それなら、わざわざお前が運ぶこともないだろうに、と続けかけて尋ねる。
「高野が忙しいのか?」
「いえ…」
「仕事が溜まってるのか?」
「それほどでも…」
「じゃあ、ここで飲んでいけよ」
「…はい」
周一郎は渋々と言った様子で頷き、コーヒーをもう一つ、机の上に置いた。ソファに腰を下ろしながら、
「その小包、滝さん宛です」
「お、そうか」
俺も腰を下ろして、一口コーヒーを含み、包みを解いた。
「え…」
中から出てきたの真紅の包み紙も鮮やかな小さな箱で、金のシールに封印された文字は『St.Vaientine’s Day~~For You.』
「バ、バレンタイン・チョコ?」
だらしなく吃って、俺は付いていた白いカードを開けた。
左の面には印刷された赤い飾り文字で『バレンタインに寄せて』とあり、右の白い面にはポッカリ空いた中央の下に、唐突にこうあった。
『P.S. 好きでした。 R.M.』
R.M. ………RIYAKO MATUMOTO
なぜかそう直感した。
ヤコの言いたくて言えなかったこと。
本文でいうには、あまりにも時が経ち過ぎたこと。
「P.S. …かあ」
「本文がありませんね」
何とはなく見ていたらしい周一郎が言った。
「ああ……誰かさんと同じでな、昼間は本文が言いにくいとさ」
「…」
ちろりと冷たい目で俺を見る周一郎に構わず、俺は包みを開けた。ワイン・ボンボンの金の包み紙が妙にいじらしく見える。
吹っ切るようにぼやきながら、一個を周一郎に渡した。
「お裾分け、だ。人妻に言われたって、仕方ねえよな」
俺も一つ頂くか。
わざとふざけて包み紙を剥き、ぽんと投げ上げたチョコが、手元の狂いか横へ流れた。口を開きながら追った俺の体の下から、ふいに支えがなくなる。
「どわ?!」
「滝さん!」
ガシャ、ドシャ、ドスン!!
背中から転げ落ちていく。
はん、これじゃ、失恋のダメ押しをされたのと同じじゃないか、結局は?
ひっくり返った俺の口の中で、それでもワインが甘く溶けていった。
終わり




