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『猫たちの時間』番外編 〜猫たちの時間9〜  作者: segakiyui


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『人間たちの夜』4.付き合いはほどほどに(2)

「えっ?」

 声を張り上げる。シャワーの水音でお由宇の声がうまく聞き取れず、慌ててシャワーを止めた。

「だから、名谷は二年ほど前に工場を辞めてるの。もっとも、これは叔父から聞いた話だけど」

 ぐうんぐうんと音を響かせていた洗濯機が止まり、お由宇のシルエットがコーヒーだらけになっていた俺のTシャツとジーンズを引っ張り出して離れていく。

「それがどうしたんだ?」

「その工場はね」

 動き回っているのだろう、お由宇の声は大きくなったり小さくなったりする。

「一年前に営業不振になって閉鎖されてるの」

「それだ!」

 思わず風呂場を飛び出した。振り返るお由宇に咳き込んで尋ねる。

「そ、その工場の場所は?!」

「南中島……南島駅のちょっと東に工場が集まっているところがあったでしょ? あの辺り。…叔父がもう乗り込んでるけど」

「そうか!」

 目の前が明るくなった気がした。厚木警部が入っているなら、すぐにルトも見つかって、宝石も取り戻されて、元の持ち主に返されて…。

「え?』

 俺はにこにこ笑いを引っ込めた。

 待ってくれ、元の持ち主に返されてしまっては困る。薬を取り出せなくなる。ましてや、何も知らない第三者が不用意に開けてしまえば、唯一残った薬までさらさらとどこかに零れ落ちてしまう。

「こうしちゃいられないっ」

「そうね」

「へっ」

「その格好」

 細い指で容赦なく指さされる。

「うわっ」

「うわって言いたいのはこっちだけど?」

「悪い!」

 もう一度風呂場に飛び込み、体を拭くのもそこそこに下着をつけて出る。

「はい、これ。早く着てね。宮田さんが来たら誤解されちゃう」

 ああもう、誤解でも曲解でもさせてやって欲しい。

 それでも、お由宇の手から乾かされた服を受け取り、焦りながら身につけた。

「あら、もう帰るの」

「俺は忙しいんだっ!」

 言い捨てて朝倉家へ走り出した。この際、頭が天国状態のお由宇の心証は後回しだ。と、前方から同じようにこちらへ急ぎ足にやってくる人影を見つけた。俺を見つけるとほっとしたように立ち止まる。

「滝さんっ」

「ハートをつけるなっ」

 珍しく単独行動の周一郎に喚く。往来だと言うのに冗談にもほどが、ほどが…。

「うわっ!!」

 駆け寄ってきた周一郎にきゅうっと片腕にしがみつかれて、思考が飛び散った。

「何なんだこら放せっ」

「あ…ルトが」

 物思わしげな口調で呟かれてはっとする。

「ルトが?」

「妙な男達に狙われているんです。チンピラ風の男、二人に」

「それを早く言えっ! 今どこにいるんだ!」

「この通りを抜けた街中をちょっと外れた路地です」

「よしわかっ…おいっ」

 置いてけぼりにされると思ったらしい周一郎が、ますますぴったりとくっついてきて絶句する。

「お前もう帰ってろ、子どもは寝る時間だぞ」

「大人も寝ますよ」

 くすりと漏らした笑い声、見上げる瞳が潤んでいる。

「ばっばかっばかっ」

 思わず顔が熱くなる。

 本当にこれは薬のせいなのか、それともいつもと一味違うだけの芝居でからかわれてるのか。

「俺はルトを探しに」

「ルトは動いてるんですよ。僕なしで行き先がわかるんですか?」

「う」

 言われてみればその通り、周一郎はにっこりと笑う。

「行きましょう、滝さん。ルトだけなんですからね、誘拐犯人の居場所を突き止められるのは」

「ああそうだその通りだ、その通りだよな」

 声に出さずに胸の中で続ける。

 でもって、あいつだけだ、お前を正気に戻らせることができるのも。

「行くぞ」「はいっ」

 嬉しそうな周一郎を連れて走り出した、不安を目一杯抱えたまま。

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