第72話 やきもち咲ちゃん
「ね、ねえヒデくん……あれ溺れてるんじゃ……」
日和も明らかに様子がおかしい出雲さんに気づいたのか、不安そうに表情を曇らせながら、俺の肩をゆする。
溺れていなかったとしても、確実に普通じゃないっていうのはわかる。だからちゃんと準備運動をしろって言ったんだ!
って、説教なんて後でいくらでも出来る! 今は一秒でも早く助けないと!
「だ、誰か……! 咲ちゃんが溺れてる!」
一生懸命大声で助けを呼ぶ日和を置いて、俺は急いで出雲さんの元へと泳いでいく。だが、さっき全力で泳いでしまったせいか、手足が鉛の様に重くなっていて、思ったように進まない。
くそっ! こんな事ならあんな競争なんてするんじゃなかったか……!
「さ……咲ぃぃぃぃ!!!!」
息継ぎをするタイミングで、耳をつんざく程の猿石君の叫びが聞こえてきたと同時に、凄まじい速度で泳いでいく猿石君の姿が目に入った。
あの勢いだったら、俺がつく前に猿石君が間に合いそうだ。
「大丈夫か、咲!」
俺が到着した頃には、猿石君が出雲さんを抱きかかえて、必死に呼びかけをしているところだった。
息もあるし、とりあえずは大丈夫そうだな……。
「ごほっごほっ……ま、間猿……桐生君……ごめん、足がつっちゃって……」
「ドアホ! 準備運動もせえへんでそんないきなり泳ぐからそうなるんや!」
「うっ……しょうがないじゃん……ムカムカしてたから、泳いで発散したかったんだもん……」
出雲さんは猿石君の腕の中で、唇を尖らせながらそっぽを向いた。
ムカムカしていた? だから俺達と一緒に遊ばないでずっと一人で泳いでいたって事なのか?
「ムカムカって……猿石君にいつもの悪口を言われたからか?」
「それもあるけど……水着を着てるのに……間猿、二人は褒めてあたしの事を褒めてくれなかったんだもん……せっかく頑張って選んだのに……」
ああ、なるほどな……確かに猿石君は日和や山吹さんの水着に対して鼻の下をのば――ごほん、絶賛していたけど、出雲さんに対してはノータッチどころか、いつものようにゴリラだなんだって言っていた。
いつもの二人といえばその通りなんだが、せっかく水着を着たんだから褒めて欲しかったんだな……出雲さん、やっぱり猿石君の事を……。
「……そんなの似合っとるに決まっとるやないか。言わせんな恥ずかしい」
「そっか……ならよかった」
珍しく照れた様子でそっぽを向く猿石君の様子を見て満足したのか、出雲さんはニシシと笑ってみせる。
やれやれ、とにかく無事でホントに良かった。
「その……すまんかったな。ワイのせいで……」
「ううん、あたしこそ心配かけてごめん……」
「咲ちゃん! 大丈夫!?」
「綾香ちゃん。あたしは大丈夫。ごめんね心配かけて」
「大丈夫だったならそれで十分だよ! それに……さっきに猿石君、ヒーローみたいでキュンキュンしちゃった!」
ったく、こんな時でも山吹さんの漫画脳はブレる事を知らないな。山吹さんらしいって言えばそれまでだけどさ。
「咲様! ご無事ですか!?」
「すぐにお上がりになってください!」
日和の助けを呼ぶ声に反応して来てくれた使用人の人達が、じゃぶじゃぶと水の音を立てながら歩み寄ってきた――のはいいんだけど、まさかのスーツやメイド服のままで来るとは驚きだ。
「すみません、ちょっと足がつっちゃって……」
「そうでございましたか。何はともあれ、ご無事で何よりです。すぐに応急処置を致しますので、こちらにお越しください」
「ワイも行ってくるわ。桐生君達は遊んでてええで」
そう言うと、猿石君と出雲さんは使用人の人達と一緒に、プールから上がって休憩をしに行ってしまった。
「遊んでてって言われてもな……」
「楽しめないよね~」
山吹さんの言う事に完全に同意だな。出雲さんの事が気になって遊べる気がしない。
「ねえ桐生君」
「なんだ?」
「日和ちゃん、大丈夫なのかな……」
「日和?」
そうだ、山吹さんを助けるために急いで向かったから、日和を置いてきてしまっていたな……俺としたことが、日和を放置してしまうなんて。
まあ浮き輪に捕まってるし、ギリギリ足は届いてたから、溺れているって事はないと思うんだけどな……。
「はぁ……はぁ……ヒデくーん……綾香ちゃーん……」
「「…………」」
日和は俺達の名前を呼びながら、必死にバタ足をしてなんとか来ようとしていたが、カメよりも遅いんじゃないか? と錯覚するくらい進んでいない。
早く行きたいのに進まない。そのせいで焦りが募っていき、余計に空回りをして進まなくなる――きっとそんな事があったのだろう。日和は今にも泣き出しそうな顔でバタ足を続けていた。
「日和、大丈夫か?」
「なんとか大丈夫。咲ちゃんは……?」
「ちょっと休めば問題なさそうだ」
「それならよかった……」
「それで、三人で遊んでていいよって言われたんだけど……」
「え……? 気になって遊べない」
どうやら日和も俺達と同意見のようだ。そりゃ溺れかけた人を放っておいて遊ぶなんて、普通はしにくいよな。しかも優しい日和や山吹さんなら尚更だろう。
「じゃあみんなで出雲さんの所に行こうか」
「うん」
すぐに頷いた日和と一緒に、俺は山吹さんと合流してから出雲さんの所に行くと、さっきとは別のメイドさんや猿石君に手伝ってもらいながら、足のストレッチをしていた。
確か、つってしまった部分を伸ばすと良いんだっけか? 何かで見た記憶があるんだけど……記憶があいまいだな。
「あれ、みんな遊んできていいって言ったのに~」
「咲ちゃんが気になって楽しめない。だからみんなで来た」
「ありゃ! ごめんね~! じゃあ戻ってあそぼっか!」
「ドアホ! さっき死にかけたくせに反省してへんのか!」
「だってあたしのせいでみんなが楽しめないとか、申し訳ないじゃん……」
凄い形相で怒る猿石君に対して、出雲さんは子供の様に唇を尖らせながら反論する。
正直、俺は猿石君の意見に賛成だ。そんなすぐに良くなるとは思えないし、極論を言っていいのなら、今遊べなくても今後一緒に遊ぶチャンスなんていくらでもある。だから、今リスクを負ってまで遊ぶ必要は無いという事だ。
「それなら、咲ちゃんも私みたいに浮き輪を使えばいい。そうすれば足はつらない」
「まあそれもありだが……どっちにしても、ある程度足が良くなったらな」
「ぶ~……」
「まだ飯の時間までは時間があるさかい、みんなで休憩がてら咲はストレッチを続ければええんやないか?」
「……わかった。みんなホントにごめんね」
「気にしなくていいよ! ウチと日和ちゃん以外は沢山泳いで疲れてるだろうし!」
みんなで出雲さんがなるべく気に病まないように色々と提案をしていると、ようやく出雲さんは納得してくれたのか、少し申し訳なさそうに眉尻を下げながら頷く。
その後、十分程休憩をした俺達は、今度は泳いだりせずに、水に浸かりながら談笑をしたり水の掛け合いをして楽しく過ごすのだった――
ここまで読んでいただきありがとうございました。次のお話は日曜日のお昼頃に投稿予定です。
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