第59話 ウェディングドレス
「ラスト十秒! 打ち込め!」
「はいっ!」
——ピピー!!
「よし、今日は終わりだ。クールダウンを忘れるな」
「はぁ……はぁ……ありがとう、ございました」
俺は汗だくになった身体に鞭を打って、なんとかリングから降りた。
田中君から姫宮の事を聞いた後、俺はこうして毎週通ってるジムで身体を鍛えているんだけど……今日もしんどかった。腕がまだ痛む分、それ以外の部分のトレーニングを重点的に行った。
最近少し慣れてきたからか、豪さん自らがミット打ちをやってくれるからありがたい。あ、ミット打ちっていうのは、トレーナーの手にはめたグローブみたいなのを目掛けて、指示通りにパンチやキックをする事だ。
「今日も疲れたな……」
クールダウンとして軽いストレッチをした後、身体中に流れる汗をシャワーで流しながら、俺は誰に言う訳でもなくボソッと呟く。
きついけど、その分確実に身体が鍛えられている実感はある。日和と一緒にいる時間が減るのは辛いけど……今はぐっと堪えなきゃな。
それに、こうして会えない辛さを味わうと、日和と一緒にいられる時間の大切さがよくわかる。
「……こんな少し離れてるだけで辛いんだから、日和はもっと辛かったよな……」
ガキの頃、俺は日和の事をただの友達と思っていたけど、日和はすでに俺の事を異性として好きだったって言っていた。
そんな俺が会いに行くとか言っておきながら、いくら待っても来ないんだもんな……最低な事をしたと思う。
「その分、日和と少しでも多く一緒にいてあげないとな」
そうと決まれば、早く家に帰って日和と一緒に過ごそう――そう思った俺は、疲れなど忘れたように素早くシャワーを済ませてから部屋を出ると、同じ様にトレーニングをしていた出雲さんが、ニヤニヤしながら近寄ってきた。
……大体出雲さんがこういう顔をしている時は、ろくな事じゃないんだよな……。
「桐生君、お客さんだよ~」
「客?」
「うん。ホント愛されてるよね~ニヤニヤ」
「愛されてる……? ていうか口でニヤニヤ言うな」
ったく、一体何だっていうんだ……これで客が姫宮とか花園だったら怒るぞ。
そう思っていた俺の怒りは、一瞬で吹き飛ぶ事になる。なぜなら、見学者用のベンチに座っていた銀髪の美少女が、微笑みながら俺に小さく手を振っていたからだ。
「えへへ、来ちゃった」
「ひ、日和? 家で留守番してろって……」
俺としては、まだ黒鉄が仕返しに来ないとも限らないし、花園も日和に何かしてくる可能性がある。だから俺がいない時は家にいるように言っておいたんだが……。
本当は注意しなきゃいけないんだろうけど、周りの目もあるし、こんな嬉しそうな日和に水を刺すような事は俺には言えないよ。
「だって、寂しいんだもん……それに、頑張ってるヒデくんを見たかったから」
「……いつからいたんだ?」
「一時間くらい前から」
え、マジかよ……練習に夢中で全く気が付かなかったな……くそっ、もっと早く気づいていれば日和と少しでも喋れたのに……でも、気付かなかったから練習に集中できたってのもあるか……?
って、そんな終わった事はどうでもいいか。今はせっかく来てくれた日和の方が大切だ。
「ヒデくん、凄くカッコよかったよ。初めてここに来た時よりも動けてる気がする」
「ありがとう。なんだかんだで一か月はやってるからな」
「ねえ見てパパ、ジムでイチャイチャしてるカップルがいるよ?」
「お前も早く間猿とくっついて、さっさと孫を見せろ」
「は、はぁ!? なんであんなエロザルと!?」
なにやら物陰から俺達を覗き見ていた出雲さんと豪さんが、ヒソヒソ話をしていたと思った矢先、急に出雲さんが大声を上げた。
あーあー……そんな大声出したら周りに丸聞こえじゃないか……ほらみろ。みんなの視線が出雲さんに集まってるぞ。
「……二人共、なにしてるんだ?」
「あ、もう! パパのせいで見つかっちゃったじゃん!」
いや、大体の原因は出雲さんが大声を出したのが原因だと思うぞ?
まあ覗き見してたのは気づいてたし、大声を出した原因は豪さんだから、一概に出雲さんが悪いとは言えないか。
「咲が大声を出したからだろ」
「パパが変な事を言うからだよ!」
「変? ガキの頃から間猿と一緒にいて、夫婦漫才をするくらい仲がいいくせに、今更なにを言っている」
「め、めめめ夫婦漫才!? 冗談じゃないよ!!」
あー……やっぱり出雲さんって猿石君の事が好きだったんだな……まあ嫌いだったらそもそも子供の頃から一緒にいないだろうし、熟年夫婦みたいにお互いをわかってる感じがあるし……特に驚かないな。
あんな女子の事ばかりを言ってる猿石君の何が良いの? って思う人もいるかもしれないけど、真面目な時は真面目だし……頭も切れるし……友達想いで……すごくいい奴だと思う。欠点を上げるとしたら、女の子好きと猿顔ってところぐらいか?
「そうだ、出雲さん。何度も申し訳ないんだけど……土曜日の昼くらいに、また俺の家に来てくれないか?」
「え、急にどうしたの?」
「またちょっと問題が起こりそうなんだ。猿石君と山吹さんにも声をかけるつもり」
「問題? 日和ちゃんの……?」
俺の真剣な雰囲気で察したのか、出雲さんは一気に真面目な表情に変わった。
「ああ。細かい時間はあとでまた伝えるよ」
「おっけー。開けとくね」
「ありがとう。じゃあ俺達は帰るよ。豪さん、今日もありがとうございました」
「ああ。気をつけて帰れ」
豪さんにお辞儀をしてから、俺は日和と一緒にジムを後にして歩き出す。
さて、今日はオムライスだったな……帰り道にスーパーに寄って材料を買わないと。
「えっと、オムライスの材料はっと……」
「ヒデくん、私……さっき材料買ってきた」
「え、日和が?」
「うん。一人でお買い物するの、初めてで緊張したけど……ヒデくんが私の為に頑張ってくれてるんだから、私ももっと力になりたいなって」
「日和……」
やべえ……嬉しすぎるし、日和の事が愛おしすぎで抱きしめてキスしたい欲がめっちゃ出てきてしまった。でもここは外だから、ぐっと我慢をしないと。
「じゃあ真っ直ぐ帰ろうか」
「うん。あっ……」
帰り道の途中、日和と恋人繋ぎをして駅前を歩いていると、日和は急に足を止めてジッと何かを見つめていた。
何を見てるんだろう……? そう思いながら日和の視線の先を見てみると、そこにはウェディングドレスが展示してあるショーウィンドウがあった。
「……綺麗」
「そうだな。日和に似合いそうだ」
「え、ホントに?」
「ああ」
日和のウェディングドレス……そんなの、世界一綺麗に決まっている。それこそ、全世界のどこに出しても自慢できるくらいだろう。
今すぐにでも着て欲しいけど、そもそもまだ結婚できる歳じゃないからな……早く大人になりたい。
「ヒデくんのタキシード、きっとカッコいいんだろうな……」
「……んー、俺に似合うのか?」
「世界一似合う! 断言できる!」
「お、おう……ありがとう」
ずいっと俺に近づきながら力説する日和。こうもドストレートに似合うとかカッコいいとか言われると、流石に照れるな。
「いつか、こういうドレスを着てヒデくんと式を上げたいな……」
「そうだな。そのためにも、ずっと仲良しでいような」
「うんっ。早く帰ってごはん作ろう」
「ああ」
俺は嬉しそうに頷きながら腕を組んできた日和と共に、俺達の家へと向けて歩き出す。
日和がこの先も幸せに過ごしていけるように……まずは障害になりそうな、姫宮の事をなんとかしないと。俺は幸せそうな日和を見ながら、強くそう思った。
ここまで読んでいただきありがとうございました。次のお話は木曜日の朝に投稿予定です。
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