第58話 おもちゃ
週末である金曜日、今日も何事も無く一日が終わった安心感からか、俺は自分の机で大きく身体を伸ばしながら、深く息を漏らした。
火曜日に花園が日和に嫌がらせをしていた犯人とわかってから、とりあえず今日までは花園から嫌がらせはされていない。そもそもあいつ、学校に来てなさそうなんだよな……。
でも、いつ学校に来て日和への嫌がらせを再開するかはわからない。用心するに越したことはないだろう。
「ヒデくん、帰ろっ」
「ああ。今日の晩飯はどうする?」
「私、オムライス作ってみたい」
オムライスか。最近全然食ってないし、たまには良さそうだな。
「よし、じゃあオムライスにしよう。今日はジムがあるから、それが終わったら買い物に一緒に行こうか」
「うん」
「えっと……ごめん桐生君、神宮寺さん。ちょっといいかな?」
いつもの様に日和と楽しく会話をしていると、ちょっと暗そうな雰囲気の男子に声をかけられた。
えっと……誰だ……? 同じクラスの奴なのはわかるんだけど……そうだ、確かいつも姫宮と一緒にいた奴だ。俺達に何の用だろう?
「あー、えっと……?」
「話すのは初めてだよね……僕は田中。その、急にごめんね。姫宮さんの事で、二人に伝えておきたい事があって……」
「伝えておきたい事?」
全く心当たりが無い俺は、日和にちょっと聞いてみようと視線を向けると、日和も俺の方を見ながら小首を傾げていた。
日和も心当たりがないのか……もしかしたら、なにか日和に害のある事になるかもしれないし、気をつけておこう。
「ちょっと内容があれだから……人気のない所で話したいんだけど」
「この後用事があるんだけど……すぐ終わるか?」
「大丈夫、数分で終わる」
「……なら屋上に行くか」
俺の提案に、田中君は「わかった」と頷いてから、先に屋上へと向かって歩き出す。
随分と素直に向かったな……って事は、他の仲間が待ち伏せしてる可能性は低いか?
「日和、俺から絶対に離れるなよ」
「うん、わかった」
もしかしたら俺達をはめるつもりの可能性も考慮した俺は、日和に釘を刺してから田中君の後を追って屋上に向かう。
屋上に着くと、案の定誰もいなかった。これならゆっくり話すのに適していそうだ。
これでも鍛えてるから、万が一こいつが襲い掛かってきても、追い返すくらいは出来るだろう。
「それで、話ってなんだ?」
「うん。神宮寺さんって、姫宮さんに何か悪口を言ったり、嫌がらせをしたりしてる?」
……は? こいつはいきなり何を言い出すんだ?
日和の入学式の日や、林間学校の姫宮への態度を見る限り、姫宮の事はあまり好きじゃなさそうな感じはしてたが、嫌がらせなんてする訳ないだろう。
そんな事を考えていると、日和に服の裾をクイっと引っ張られる。それに反応して顔を向けると、必死に首を横に振って、自分はやっていないと主張していた。
「大丈夫、わかってるから。なんで急にそんな話をするんだ? 理由によっては……」
「ご、ごめんごめん! 僕も神宮寺さんがそんな事はしないって思ってる!」
パキパキと指の骨を鳴らして威嚇すると、田中君は汗を飛ばしながら両手をブンブンと振って否定の意を表す。
っと、日和にあらぬ疑いがかけられたからといって、喧嘩腰になるのはよくないよな。冷静に田中君の話を聞かないと。
「じゃあなんでそんな事を?」
「順を追って説明するね……つい最近、僕は姫宮さんと他数人でカラオケに行ったんだ。そこで、姫宮さんが元気がなくて」
「それで?」
「理由を聞いたら、前から神宮寺さんに悪口を言われたり、酷い事が書かれた手紙を入れられたりしてるって言ってたんだ」
なるほど、それがさっき田中君が聞いてきた、日和が姫宮に悪口を言ってる? って所になる訳だ。
それにしても、なんで姫宮はそんな嘘をついたんだ? 日和の評判を落とそうとしてるのか……? なんのために?
どんな理由があるにせよ、許せる事ではない。
「それで、僕には神宮寺さんがそんな事をする訳ないって思ったんだ」
「その通りだ。日和はそんな事をするような子じゃない」
「うん。それを姫宮さんに言ったら……凄く取り乱しながら、僕達の事をおもちゃって言って、おもちゃは自分の言う事を聞いてればいいって……」
おもちゃって……近くにいた男子達をそんな風に思っていたのか? 流石に酷すぎるだろ。
「そんな事を言われたのにもショックだったけど、一番驚いたのが……姫宮さんが凄い切羽詰まってたっていうか……ちょっと普通じゃなかったんだ」
「普通じゃない? 何故だ?」
「それが僕にもさっぱりで……」
切羽詰まってたって……日和にあらぬ疑いをかけるのに、焦る必要があるとは思えない。何か理由があるのだろうか?
「他に気づいた事は無いか?」
「んー……今回の事とは関係ないかもだけど、前から姫宮さんは桐生君と仲良くなりたがってて、どうすればいいかよく考えてたよ」
前から俺と仲良くなりたがってた……? それって中学の時に俺を騙したのと、何か関係があるのだろうか?
うーん……仲良くなりたかったとして、ならどうして俺を騙したんだ? そんなの、どう考えても俺が嫌いになる未来しかないだろう。
万が一友達じゃなくて、自分のおもちゃにしたがってたっていうなら……いや、どちらにしても騙す理由には結びつけられそうもない。
「えっと、おもちゃって……どう言う事?」
「推測だけど……姫宮は周りの男子達の事を、ただ自分に都合のいい連中としか思ってなかった……そんな所じゃないか?」
「そんな……酷い。可哀想だよ」
おもちゃ扱いされた男子達の事を気の毒に思ったのか、日和は悲しそうに顔を伏せる。
こう言ってはあれだが、おもちゃにされた連中は日和にとってはただの他人でしかない。そんな連中を想って悲しむ事ができる優しい日和が、姫宮にそんな悪口を言ったりするはずないだろう。
「普通だったら、姫宮さんが僕達の事をおもちゃと思ってました、そんな人ととはもう付き合えませんで終わりなんだけど、さっき言った通り、少し様子が変だったから……こうして確認ついでに伝えに来たって訳だよ。気をつけてね」
「ああ、肝に銘じるよ。ありがとう田中君」
「どういたしまして。それじゃ教室に戻ろう」
「そうだな……ん?」
なんだ……? 今屋上の出入り口の所に人がいたような……気のせいか?
「ヒデくん、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
きっと気のせいだろう。そう思う事にした俺は、日和に笑って誤魔化して見せてから、三人で教室へと戻ろうとすると、日和は出入り口の所で急にしゃがみ込んだ。
「どうかしたか?」
「みて、イルカさんのキーホルダー。とっても可愛い」
日和の掌には、水色のイルカがデザインされたキーホルダーがあった。
あれ……来た時にはこんなの落ちてなかったと思うんだけど……。
「……日和、俺が預かってもいいか?」
「うん、はい」
「ありがとう」
俺は日和からキーホルダーを預かると、今度こそ教室へと戻るために歩き出した。
ここまで読んでいただきありがとうございました。次のお話は火曜の朝に投稿予定です。
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