第54話 こころへの違和感
「きゃあ!?」
「日和っ!!」
飛んでくる椅子に悲鳴を上げる日和の前に咄嗟に出た俺は、両手を顔の前でバツの形にして顔を守りながら、日和の盾となった。
それから間もなく、飛んできた椅子が直撃したのか、俺の両腕にかなりの衝撃が響いてきた。
かなりいてぇ……でも、これが日和にぶつからなくてホントに良かった。
「な、なんで……英雄くんがそんな女を庇うの!?」
「……そんな女?」
花園の何気ない一言で堪忍袋の緒が切れた俺は、腕の痛みなんか気にも留めずに花園の元に走りだすと、拳を振り上げた。
「ヒデくん! ダメ!」
日和の声を背中に受けながら、俺は花園の鼻っ面に目掛けて拳を振り抜く――事はせず、寸前の所で止めた。
まさか俺に殴られそうになると思ってなかったのだろう。花園は顔を青ざめさせながら、ぺたんとその場に座り込んでしまった。
「ひぃ……ひぃぃ……」
「日和に免じて止めてやったが……もう一度でも日和やみんなに害を加えるような事をしてみろ……容赦しねえぞ!! わかったら二度と俺たちの前に現れるな!!」
「ひっ、ひぃぃぃぃ!!」
腰を抜かしてしまっていたのか、花園は情けない声を出しながら、這いつくばって教室から逃げていった。
逃げる所を捕まえても良かったんだけど……あそこまで言ってやれば、もう嫌がらせをしてくる事は無いだろう。
「ヒデくん!」
「日和。ケガは無いか?」
「私よりもヒデくんが!」
日和に続いて、三人も心配そうに俺の元に駆け寄ってくる。
別に俺は大丈夫なんだけどな……ちょっと腕が痛いくらいだ。だからみんなそんな心配しなくてもいいんだけどな。
「桐生君! 腕みせて!」
「ちょ、出雲さん……いてっ」
凄い剣幕の出雲さんが腕の状態を見ようとしたせいで、鈍い痛みが腕に走った。もうちょっと優しくしてくれよ……。
「骨は折れてなさそうだけど……念の為に病院に行った方がいいかも」
「別にそんな大げさにしなくても……」
「その言葉、日和ちゃんを見ながらもう一回言える?」
日和の方をチラッと見ると、ふくれっ面で俺の事を見つめていた。
……これは行かないと、後で何を言われるかわかったものじゃないし、日和を安心させる為にも行った方がよさそうだ。
「じゃあ学校が終わったら行ってくる」
「ダメ。すぐに行って」
「で、でもまだ病院が開いてないぞ」
「なら開くまでお家で安静にする」
ダメだ、完全に頑固な日和になっちゃってるな……これは素直に言う事を聞くしかなさそうだ。
「なあ桐生君、あいつ逃がしてよかったんか? 捕まえる素振りを見せんかったから、ワイも捕まえんかったけど……」
「あそこまで言ってやったんだから、もう何もしてこないだろ」
あんなに怯えて逃げたくらいだし、さすがに大丈夫だと思うんだが……もしまたやってくるようだったら、その時こそ捕まえて先生に突き出せばいいだろう。
「それにしても、あの女ホント許せないよ! あんな思い込みをして嫌がらせをしてくるなんて! しかも椅子投げるとか野蛮すぎるでしょ!」
「はうっ。綾香ちゃん……苦しい」
プリプリと怒りながら日和に抱きつく山吹さんの言葉に、俺は何故か違和感を感じた。
俺の知っている花園こころという人間は、大人しくて引っ込み思案で、学校の図書室の隅っこでずっと本を読んでいるような子だった。再会した時だって、やっぱり大人しくて昔とあまり変わらなかった。
でも、今見た花園は……あれだけ取り乱して、怒りや憎しみの感情を露わにして、挙句の果てには椅子を投げるという蛮行にまで手を染めた。
……おかしくないか? そこまで人って変われるものなのか? それとも、よっぽど日和の事を恨んでいた故の行動だったって事なんだろうか?
「じゃあ俺は一度帰って病院に行ってくるよ」
「私もついてく。不安だから」
「いや、俺一人で行け――」
「ダメ」
そうだった、今の日和は完全に頑固モードになってるんだった……仕方ない、ここは日和の厚意に甘えるとしよう。
そう判断した俺は、苦笑いをしながら「よろしくな」と言いながら、日和の頭を撫でるのだった――
****
その日の夜、結局大事を取って学校を休んだ俺は、日和と一緒にいつもの様に晩飯を食べ終えていた。
腕に関してだが、骨に異常は無いようだけど、大きなアザになってしまった。そのせいか、痛みが強い右腕を動かすのがちょっと辛い。まあ帰ってきてすぐにずっと冷やしていたから、多少はマシになったけどな。
それで、腕が痛いからという事で、今日の晩飯は日和が一人で全部作ってくれた。とはいっても、やっぱり不安だから、俺は後ろから見守りながら、困った際に指示する係を担当した。
「ギョウザ、ちゃんと焼けて良かった。フライパンからお皿に乗せる時、凄くドキドキした」
「皿をかぶせる奴な」
「うん。凄い?」
「ああ、凄い。日和の料理の腕、だいぶ上がったな」
「えへへ……」
まるで褒めてもらうのを心待ちにしている子犬の様に目を輝かせる日和の頭を、痛みの少ない左手で優しく撫でてあげると、日和は嬉しそうに目じりを下げていた。
「ヒデくん、腕の調子はどう?」
「ちょっと痛むな」
試しに腕を軽く動かしてみると、やはりというか、両腕に鈍い痛みが走った。すると、嬉しそうな表情から一転して、悲しそうに顔を俯かせてしまった。
「そうだよね……ごめんなさい、私を庇ったせいで……」
「日和が謝るような事は何もない。だから顔を上げてくれ」
「でも……」
「んー……じゃあ美味しいギョウザを作ってくれたから、それでチャラって事で」
なるべく日和が責任を感じないように言ったつもりだったんだけど、それでも日和は落ち込んだままだ。
「ヒデくんの力になってあげたいのに……」
「いつも力になってるから大丈夫だよ」
「……あ、そうだ。ヒデくんは腕を上げるのが辛いんだよね?」
「そうだな。あとは力を入れたりするのも痛むかな」
「なら……身体とか頭を洗うのも辛いよね」
まあ……確かに辛いだろうな。ある程度は頭を下げたりすれば緩和できるとはいえ、やっぱり多少は痛いと思う。
でも、なんでそんな事を急に言い出して……まさか!?
「なら、私が一緒にお風呂に入ってあげる」
やっぱりか! なんか嫌な予感はしてたんだよ! 結婚を前提とした付き合いをしているとはいえ、一緒に風呂に入るとかマズすぎる! 主に俺が!
「だ、大丈夫だって! うまく痛くないように洗うから!」
「むぅ……ホントに?」
「ホントホント!」
「じゃあ……やめておく」
あ、あれ……随分と素直に頷いてくれたな……なんにせよ助かった。ただでさえ週に何回か一緒に寝てるだけでも、強烈な煩悩と死闘を繰り広げてるっていうのに、一緒に風呂に何て入ったら……考えるだけでも恐ろしい。
その後、特に何事も無く俺の部屋でのんびりしていると、気付いたら時計は二十時を示していた。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「うん。じゃあ私はそろそろ帰るね」
「ああ。ほら、いつもの」
「うん……んっ……」
俺は最近恒例となったおやすみのキスをしてから別れると、急いでトイレへと向かう。
んー……便座の蓋を上げる動作でもちょっと痛むな。これは想像以上に痛みが引くのに時間がかかりそうだ。
「あースッキリした」
部屋に戻ると、当然のように誰もいない、しんと静まり返った部屋に出迎えられた。日和がいなくなってすぐのこの時間は、いつも寂しさを感じてしまう。
「ちょっと早いけど、シャワーを済ませちゃうか」
腕が痛い状態だと、どれくらい時間を取られるかわからないしな。今のうちに終わらせておこう。
「そうと決まれば、着替えとバスタオルっと……」
居間に置いてある小さなタンスから、バスタオルと着替えを取り出すと、もう一度トイレへと向かう。俺が住んでるアパートは、ユニットバスになっているんだ。
「いってぇ……」
服を脱ぎ棄ててシャワーを浴び始めるが、思った以上に腕が痛む。これはちょっと時間がかかりそうだな。
「……気を紛らわすために歌でも歌うか。ふ~んふふ~ん♪」
俺は子供の頃に好きだったアニメの主題歌を歌いながらシャワーを浴びる。
思った以上に、気が紛れるぞ! これはナイスアイディアだったかもしれない!
「…………?」
カーテンの向こうから、布が擦れるような音が聞こえてきたような……気のせいか?
そんな事を呑気に考えていると――
「ヒデくん、入るね」
ここまで読んでいただきありがとうございました。次のお話は日曜のお昼ぐらいに投稿予定です。
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