第46話 嫌がらせ
「な、なんだよこれ……!!」
あまりにも幼稚で、だからこそストレートに悪意を感じられる悪口によって汚された日和の机を見た俺は、思わず拳を机に振り下ろした。
上履きに画びょうがあった時点で嫌な予感はしていた。でもまさかこんな事をする奴がいるなんて……一体どこのどいつだ!?
「うぃーす桐生君。どないしたん、そんな大声だし……なんやこれ」
「猿石君……!」
いつもの様に軽い挨拶をしながら教室に入ってきた猿石君は、日和の机の状態を見て顔をしかめる。
そんな俺達の姿を、クラスメイト達はヒソヒソと何かを話しながら、チラチラとこっちを見るだけだった。
「誰がこんな事をした!! ふざけやがって……!!」
「ヒーロー、大丈夫ぅ?」
怒りに震えていると、まるでタイミングを見計らったかのように姫宮が近づいてきた。
もしかして、こいつが日和に嫌がらせをするためにこんな事を……!?
「姫宮! てめえかこんな卑劣な真似をしたのは!!」
「え、ええ!? アタシじゃないよ!」
「じゃあなんでこのタイミングでわざわざ来やがった!? 日和に嫌がらせをして、ショックを受けてる俺を煽って楽しみたいからだろ!」
「そんな事する訳ないじゃん!! ていうか放してよ!!」
「やめんか桐生君!」
俺は怒りに身を任せて姫宮の胸ぐらを掴みながら怒鳴り散らすと、猿石君に羽交い締めにされて強引に止められた。
「くそっ! 放せ猿石君!」
「証拠も無しに当たり散らしても状況は悪くなるだけや! 周りを見てみい!」
猿石君に促されて周りに注意を向けると、「姫宮さんがそんな事をする訳ないだろ!」と姫宮を擁護する奴がいたり、騒ぐ俺を怖がったり笑ったりする奴がいたり、どう見ても俺の味方をしてくれる奴はいなさそうな雰囲気だった。
でもそれが何だっていうんだ? 周りの連中が俺をどう見ようが知った事ではない。今はとにかくこんな事をした奴を突き止めて、思い切りぶん殴ってやらないと気が済まない!
「あーもう! 暴れんな! こっち来い!」
「放せ!! くそっ、絶対に許さねえ!!」
「咲! 神宮寺さんは任せる! 山吹さん! 先生に言って机を換えてもろてくれ!」
俺は必死に暴れて抵抗するが、猿石君の拘束は解くことが出来ず、いつのまにか人気のない屋上へと連れていかれた。
「あーしんどっ……桐生君、力強すぎるわ……」
「っ!!」
屋上について気が緩んだのか、拘束を上手く振り払った俺は、屋上を後にして教室に戻ろうとする。だが猿石君に腕を掴まれて阻まれてしまった。
「放せって言ってんだろ!」
「この……ドアホ!!」
「がはっ!?」
無理やり猿石君の方に向けられた俺は、顔面を殴られて尻餅をついてしまった。
「落ち着け言うとるやろ! ワレが怒り狂えば状況が良くなると思うとるんか!?」
「さ、猿石君……」
「今ワレがするべき事は、神宮寺さんと一緒にいてやる事やろ! そして冷静になってから、先生に言うなり犯人を捜すなりすればええ! 感情に身を任せておっても、ろくな事にならへんで!」
胸ぐらを掴みながら真っ直ぐと言葉をぶつけてくる猿石君の姿に、俺は口をぽかんと開けて見つめる事しか出来なかった。
そう、だな……怒るのは後でもできる……今はショックを受けているであろう、日和のケアが一番大事だ。
「落ち着いたか?」
「ああ……ありがとう猿石君」
「礼を言われるような事ではあらへん。むしろこんな乱暴なやり方しか出来なかったわ……かんにんな」
「いや、一番の薬だったよ」
胸ぐらを掴んでいた手を離した猿石君が、その手を俺に差し伸べてくれた。それを掴んで立ち上がる。
「でもなんで神宮寺さんにそんな事をするんやろうな? なにか嫌がらせされるような事をしてたとか?」
「さすがに日和がそんな事をするとは思えないな……」
せやろなぁ……と猿石君は腕組みをしながら頷く。
嫌がらせをされるって事は、それ相応の理由があると思う。もちろん理由なしで、遊びで嫌がらせをするようなバカもいるだろうけど、ここではとりあえず例外として扱う。
俺がいじめられていた理由も、ヒーローみたいな事をしていたせいで、周りがうざがった事が原因だろうし……。
それを考えると、日和は良い子だし、ウザがられる事も、恨みを買うような事もしているとは到底思えない。
もしかして、恨みとかじゃなくて妬みとか? それもそれでよくわからない。仮にそうだったとしたら、あんなに可愛くて良い子な日和と一緒にいる俺にやるんじゃないだろうか?
……駄目だ、今考えても答えは出そうもない。
「……とりあえずそろそろチャイムも鳴るだろうし、戻るか」
「せやな」
俺はピシャンっと自分の両頬を手で叩いてから、猿石君と一緒に屋上を後にする。
一体誰がこんな事をしたのか……まだわからないけど、絶対に見つけてやる。覚悟しておけよ!
****
「あぁ……さいっこう……!」
私はヒーロー君が連れていかれるのを見送った後、自分の机に突っ伏しながら、さっきのヒーロー君の姿を思い出していた。
さっきのヒーロー君……あんなに取り乱して、辛そうで……最高だった……! もう興奮しすぎて身体の火照りが止まらないわ!
机の落書きを見た時の唖然とした顔……その後に怒りに身を任せて周りに当たり散らす姿……いじめている時は見た事が無かったけど、だからこそ新鮮で興奮する。
「ふふっ……うふふふっ……」
最高に使えそうなお友達を見つけて、すぐに行動を起こして正解だったわね。
ヒーロー君の後をつけている女の子がいるから気になって調べたら、まさか《《あの子》》とは思ってもなかった。そもそも向こうが私に気づかなかったら、全く誰かはわからなかったしね。
そんなの、昔の様に利用しろって神様が私に言っているようなものよ。存分にこれから利用してあげなきゃ。
あっ、利用なんて言葉じゃ私が悪者みたいな感じになっちゃうわね。あくまであの子と私の利害が一致してるんだから、協力って言うのが正しいわ。
「でも……これだけじゃ満足できない……」
そうよ。今までは毎日のようにヒーロー君の苦しむ姿を見れてたのに、この一か月はずっとおあずけされてたのよ? もっともっとやらないと気が済まない。
そうなると……次は彼女に声をかけようかしら? きっと彼女も何か目的があってヒーロー君に近づこうとしているんだし……まあ概ね予想はつくけど。
あと、ヒーロー君の周りにいる子達……そこも上手く利用できれば、更に酷い目に合わせられるかもしれないわ。
「そうだ、私のお友達にも協力してもらわなきゃ……やるなら徹底的に……ふふっ」
楽しみだわ……ふふふふっ……周りのお友達もあなたから離れて、大切な彼女もボロボロになったら、ヒーロー君はどんな顔をしてくれるのかしら……!
****
陰湿な嫌がらせを受けた日の夜、日和と少しでも一緒にいる為にジムを休んだ俺は、日和と一緒に晩飯を食べていた。
だが、いつもと違って和やかな雰囲気や会話は全く無く、どこか空気が重たい感じがしている。
それと、日和はいつも俺の対面に座って食べているんだが、今日は肩が触れるくらいの近い位置に座っている。
くそっ……ホントに一体誰があんなふざけた事をやったんだ! 日和をこんなに悲しませやがって……一発ぶん殴ってやるって思ってたけど、もっとやらなきゃこの怒りは収まりそうもない。
「日和、大丈夫か?」
「うん。大丈夫」
日和は俺の呼びかけに応えながら、頭を俺の肩に乗せてきた。
言葉では気丈に振舞ってるけど、きっと傷ついているに違いない。だからこそ、こうやっていつもとは違う事をしているんだろう。
そう思った俺は、日和の頭をそっと撫でてあげた。
「ヒデくん」
「うん」
「私ね、落書きをされた事で悲しんでるんじゃないの」
……? てっきりその事で元気が無いと思っていたのに、違うっていうのか? じゃあなんで元気が無いんだろうか。
「もちろんショックだったけど……それよりも、一回だけでこんなにショックな事を、ヒデくんはずっとされてたって思うと、凄く悲しくて……悔しくて……」
「日和……」
自分の事よりも、俺の事を想って悲しんでくれる日和がどうしようもないくらい愛おしくなった俺は、思わず力強く抱きしめる。
ちくしょう……どうしてこんな優しい日和が、あんなふざけた事をされないといけないんだ……!
「ありがとう……絶対に犯人を見つけて、二度とこんな事をさせないようにするから。それに……日和は一人じゃないんだから、あまり抱え込んじゃダメだからな」
「うん……ねえヒデくん、お願いがある」
「一緒に寝て欲しい……か?」
「う、うん。なんでわかったの?」
「日和の事なら何でもわかるよ」
やべえ、我ながらクサい台詞を言ってしまった。多分俺の顔、赤くなってるな……恥ずかしい。
「凄く嬉しい。私ね、ヒデくんと一緒ならどんな目にあっても乗り越えられる。ううん、ヒデくんだけじゃない……猿石君も、咲ちゃんも、綾香ちゃんもいるから。だから……大丈夫」
「……そうだな。みんながいるもんな」
そうだ、俺達には頼れる友達がいる。きっとみんながいれば、こんな低俗な嫌がらせをする奴になんか絶対に負けない。
そう思いながら、俺は日和をより安心させるために、抱きしめながら頭を優しくなでてあげるのだった――
ここまで読んでいただきありがとうございました。次のお話は火曜日の朝に投稿予定です。
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