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第38話 愛するという事

「ふむ、君は随分と愉快な反応をするんだね」

「あ、えと……その……」


 まさかこんな所で誠司さんに話しかけられるとは思っていなかった。それどころか、完全に二人っきりになるなんて……一気に心臓がバクバクいい始めた。


 ど、どど、どうしよう……この状況をどうやって乗り切ればいいんだ……!?


「ど、どうして……?」

「どうして? ああ、君が入っている時に私が来た事かね。それは君が風呂に入った時に、私に連絡が来るようにしておいたからだ。それと、二人きりで話したかったから、使用人達には入浴の時間をずらしてもらっている」


 丁寧に説明をしてくれるのは良いけど、俺は緊張でそれどころではない。


 二人きりで話したいって……一体何を話すつもりなんだ? やっぱり日和はお前にやらん! みたいな流れか!? いや、婚約者って言ってくれてるけど、そもそもまだ付き合ってすらいないし……ダメだ、混乱して頭が働かない!


「少し深呼吸をして落ち着きなさい」

「あ、はい……すーはー……すーはー……」

「少しは落ち着いたかい?」

「はい……」


 あまり変わっていない気がするけど、さっきよりかは少しは良くなっている……気がする。


「そんなに怯えなくても、君をいじめたりする訳じゃないから安心しなさい。ああ、もしかして日和と会わせないようにさせられると思っているのかな?」

「そ、そんな事……」

「ふっ……君は嘘をつくのが下手だね。それでこそヒーローだ。安心しなさい。随分と苦労した君から、日和を奪うような酷な事はしないさ」


 完全に見透かされている……まあそれは置いておいて。ホントかどうかはわからないけど、日和と離ればなれにならなさそうで、少しホッとした。


 あれ……? なんで誠司さんは俺は苦労しているのを知っているんだ? それに、さっきもヒーローって言ってたよな……普通の会話で、都合よくヒーローなんて単語が出てくるだろうか?


「なんで私が君の過去を知っているのかが不思議かね?」

「うっ……はい」

「幼い頃の日和や、薫子君からよく君の話を聞いていたからね。君が正義感溢れる少年だった事も、同級生に酷い仕打ちを受けていた事も知っているよ」


 ふー……と、誠司さんは息を大きく漏らしてから、ゆっくりと理由を話してくれた。


 確かに昼飯の時の日和を見ていると、楽しかった事を両親に話すのが好きそうだって感じたから、ガキの頃の俺を話していても不思議じゃない。


 それに、母さんは誠司さんとも友達だって言ってたし、どうすればいいか相談していたのかもしれない。


「他に疑問はあるかね?」

「いえ。あっ……僕と二人きりで話したい事というのは?」

「ああ。日和の事だ」


 とても真面目な顔つきで俺を真っ直ぐ見る誠司さんにつられて、俺も思わず正座で誠司さんを真っ直ぐ見る。


 日和の話……もう会わせないとかって類の話じゃないのはわかってるから、さっきほどは緊張しないけど……一体何の話だろう。


「君は日和の事をどう思っているのかね?」

「どうって……大切な女の子です。でも……どうして急にそんな話を?」


 話の意図はわからないけど、俺の回答次第でやっぱり日和にふさわしくなさそうだからもう会わせない! なんて言われないようにしないとな……正直、どこに地雷があるかヒヤヒヤものだ。


「日和は純粋な子だ。つい先日、悪い男に騙されて、乱暴されかけたくらいに……な」


 乱暴をされかけて……? もしかして誠司さん……数日前にあった事を知っている?


「もしかして、林間学校の事を……」

「知っている。先生から私に直接連絡があったからね。今回は君が守ってくれたおかげで日和に被害は無かったから、相手側の処罰は学校に任せるつもりだ。あと、この話は私しか知らない。妻や使用人達に言って、余計な心配はかけたくないのでね」

「そうだったんですね」


 誠司さんの話に頷きを返しながらも、最後の方に小声で「本当は裁判沙汰にしたかったが……」と言っていたけど、あえて言及はしなかった。


 きっとこの人にはこの人なりの考えがあるのだろう――それを俺がとやかく言うのは、間違っていると思ったからだ。


「日和を守ってくれて、心から感謝している。日和が選んだ相手なうえ、身体を張って守ってくれた君を信じているが……」

「……?」

「これは日和は知らない事なんだが、昔から日和に求婚をしている者がいるんだ。相手は日和と同い年で、うちの会社と同じくらいの規模を持つ、大企業の社長の息子だ」


 え……日和に……!? そんなの全く知らなかったぞ!


「私は日和の意思を尊重したいと思っている。だが、もし君が遊びで一緒にいるのなら、心を鬼にして彼と結婚させるつもりだ。だから……君の気持ちを正直に私に伝えてくれ」


 日和が……俺の知らない男と……そんなのイヤだ。別に日和は俺と付き合ってるわけでもないけど……そんなの関係ない。


 日和と離れ離れにならないためにも、誠司さんの言う通り、俺の正直な気持ちを伝えよう。


「……日和さんは俺の大切な人で……命の恩人で……僕の光です」

「ふむ」

「日和さんの事はもちろん好きです。けど……この好きって気持ちが、友達を相手にした時の好きなのか、異性として好きなのか、わからないんです……」

「ほう?」

「日和さんは僕の事をずっと婚約者って言ってくれてます。その気持ちには応えてあげたいし、望むことがあったら何でも叶えてあげたい。日和さんの笑顔が大好きで、優しい所や甘えん坊な所も、僕の作ってくれたご飯をおいしいって喜んでくれる所も、他にもたくさん好きな所があります」


 話していてだんだん恥ずかしくなってきたけど、ここで逃げるわけにはいかない。頑張れ俺!


「ずっと一緒に居たい……でも、自分の気持ちがはっきりしていない状態で、日和さんと結婚どころか、付き合うのすら日和さんに申し訳ないって思うし、自分の気持ちすらわからない自分なんか、日和さんにふさわしくないって思って……でも他の男に奪われるかもって今思ったら、絶対に渡したくないとも思って……ああもう……すみません、うまく説明が出来なくて……訳がわからないですよね……」

「ふふっ……はっはっはっは!」


 自分の言葉がうまくまとめられなくて混乱していると、ずっと冷静で無表情が多かった誠司さんが急に笑い始めた。


 え、え……? 急に一体どうしたっていうんだ? そんなに俺の話が面白かったのか? それとも、変な事を言った俺をバカにしてるとか……?


「いやすまない。正義感溢れる少年とは聞いていたから、真面目なんだろうとは思っていたが、超が百個付くくらい真面目だな君は! 普通なら、嘘でも好きって気持ちがあると言うだろう! なのに、正直に自分の気持ちがわからないと言うかね?」

「そ、その……すみません……」

「謝る事ではないから安心しなさい。そこまで深く悩む程、日和が大切だと伝わったよ」

「もちろん大切です!! 求婚してる男よりもずっと大切に思ってます!」


 力強く答えると、誠司さんは満足そうに僅かに口角を上げながら、ゆっくりと話し始めた。


「英雄君、これは私の持論なのだが……相手の事を想い、相手のために行動が出来て、相手の幸せを願う事が出来るその気持ちが、異性を好きになる――愛する気持ちだと思うのだよ」

「え……?」

「なにしろ、私が世界一愛している妻にそう思うのだから、あながち間違っていないと思っている」


 目を大きく開きながらパチクリしている俺とは対照的に、誠司さんは愉快そうに笑っていた。


「自分の胸に手を当てて、ゆっくり考えてみなさい。君はもう答えの前にまで来ている。あとは一歩踏み出すだけだよ」

「……一歩を」

「それと、これは私のお節介なのだが……話を聞いてる感じ、君は抱え込んだり、一人で解決しようとする節があるようにみえる。もう少し日和や他の人に頼る事を覚えた方がいい」

「え?」

「さて、私は上がるとするよ。そうそう、求婚の件だが……とっくに断っている。向こうは諦めずに何度も連絡をよこしてくるけどね……君なら日和を幸せに出来ると信じている。頑張りなさい」


 ザバンっと水の音を響かせながら立ち上がった誠司さんは、ゆっくりと浴場を出ていった。


 求婚を断ってるって……なら俺にそんな事を言う必要はあったのか? もしかして、俺から正直な気持ちを引き出すための撒き餌だった……?


「ははっ……よかった……」


 身体から力が抜けてしまった俺は、思わず笑いながら深いため息を漏らしてしまった。


 それにしても、俺のこの気持ちは……日和の事を、異性として好きって気持ちなんだろうか……? これが、異性を愛するって気持ちなのか……?


「わからない……けど」


 誠司さんは、俺に一歩踏み出せと言っていた。


 そうだよな。俺はずっと日和の優しさに甘えてただけだ……いつまでもこんな中途半端な関係をしているわけにもいかない。


 今まで黙っていたけど、日和にこの気持ちを話してみよう。これが一歩踏み出す事なのかはわからないけど、俺にはこれしか思いつかない。


 ありがとうございます、誠司さん。俺……頑張ってみます!

ここまで読んでいただきありがとうございました。次のお話は火曜日の朝に投稿予定です。


少しでも面白い!と思っていただけましたら、モチベーションに繋がりますので、ぜひ評価、ブクマ、レビューよろしくお願いします。


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