第36話 仲良し家族
「ただいま、お父さん」
「おかえり。元気そうでなによりだ、日和」
部屋に入ってきた誠司さんを労う様に、流華さんと日和が笑顔で出迎える。
それはいいんだけど、誠司さんは軽く返事をしてから、何故か俺の方へとまっすぐ歩いてきた。
な、なんで俺の所に来るんだ!? やっぱり俺に直接日和に近づくなって言う為に呼んだんじゃないか!?
「は、はは、はじめまして! き、桐生英雄と申します!!」
すぐそばにまで来た誠司さんに向かって、俺は勢いよく立って頭を深く下げる。
ちょっとでも失礼の無いようにして、日和と一緒に居ても大丈夫って思ってもらわないと! 頑張れ俺!
「はじめまして。私は神宮寺誠司……日和の父だ。いつも日和が世話になっているね」
「そ、そんな! 僕こそいつも日和さんにはお世話になりっぱなしで!」
誠司さんはそう言いながら、スッと俺に右手を差し出す。
これは……握手を求められているのか? なら早く握手に応じないと!
「よろしく」
誠司さんは俺と握手を終えてから、部屋の一番奥である机の短辺の部分に置いてある椅子に座る。
はー……緊張した……いや、今も緊張しているけどさ。俺の所に来た時は、マジでショック死するんじゃないかってくらい緊張した。
「それじゃあ食事にしましょ~」
流華さんが笑顔でパンっと手を鳴らしたのを合図にするように、メイドさんが次々と料理を持ってきてくれた。
なんていうか、まるでフランス料理のフルコースみたいな綺麗な料理がたくさんできてた。肉料理っぽいのとか、これ芸術品? ってレベルの野菜料理、透き通ったスープ……他にも色々ある。
俺が来たから豪勢にしているのか、それとも普段からこんな料理が出てくるのか……どっちにしても、庶民が食べる料理と違いすぎる。
どうしよう……こんな高級そうな食事って、マナーとか厳しそうだよな……そんなの知らないぞ……。
「ヒデくん、食べよう」
「そ、そうだな。いただきます」
俺はいつもの様にいただきますをしてから、手始めにスープを口に運ぶ。これは……コンソメスープか? 凄い深い味わいで、とても美味い。
「二人はいつもどんなご飯を食べているの?」
「ヒデくんが作ってくれたご飯を食べてる。凄く美味しいの」
「まあ、そうだったのね! いつも日和のごはんを作ってくれてありがとう。二人分も作るのは大変でしょう?」
「い、いえそんな……元々料理をするのは好きなので」
どうしよう、返答をするだけでも緊張する。いじめられている時に、黒鉄に呼び出しをされた時よりも、心臓がバクバクいっている気がする。
「学校生活はどう? 楽しい?」
「すっごく楽しい。ヒデくんと一緒のクラスでね、登校も下校も一緒なの。お昼はヒデくんの作ってくれたお弁当を食べてて……あと、咲ちゃんと猿石君ってお友達もできたの」
「いいわね~まさに青春! 今度帰ってくるときは、お友達も連れて来なさいね!」
「うん。それでね、つい数日前に行った林間学校で、ヒデくんがすっごくかっこよくて――」
この一か月であった事を、やや興奮気味に話す日和。それを流華さんは笑顔で聞き、誠司さんも少しだけ口角を上げながら日和の話に耳を傾けている。
この光景を見ているだけで、仲の良い家族なんだなって思えるな。
なんだか、俺も母さんと話をしたくなってきた。この前の休みの時に、それなりに話をしたのに不思議だ……次の休みはいつなんだろう。
「そういえば、先月にそっちで凄い天気が悪い日があったけど、大丈夫だった?」
天気の悪かった日……? もしかして雷が凄かった日の事を言っているんだろうか?
「うん。怖かったけど、ヒデくんが一緒に寝てくれたから大丈夫だった」
「んふっ!?」
日和の爆弾発言のせいで、俺は丁度口にしていた肉料理を吹き出しそうになってしまった。
そ、そんな事を言ったら誤解される未来しか見えないんだが!? ほら、誠司さんが凄い俺を見てきてるし! 流華さんはすごくうっとりしたような顔をしてるけど! なんで!?
「あ、えとえと……た、確かに日和の為に一緒に寝たのは事実ですけど……!」
「ほう、寝たのかね」
「ひぃ!? で、でも変な事は何もしてません! 神に誓って!」
「え~? 婚約者なんだから、変な事の一つや二つしててもいいじゃないの~」
誠司さんの視線に身震いしながら答えた矢先、今度は不機嫌そうに唇を尖らせる流華さんに不満をぶつけられた。俺は一体どう答えればいいんだ!
「ヒデくん、変な事ってなに?」
「日和は知らなくてもいい事だから!」
「……なんか仲間はずれみたいで悲しい」
「……日和を仲間外れにするのかね?」
「ひいい!!」
ああもう! あっちを立てればこっちが立たずっていうのは、こういう状況を指すのか! 誰か助けてくれー!
****
「ごちそうさまでした……」
神宮寺一家に振り回されながらも、なんとか昼食を食べ終えた俺は、空になった皿に向かって両手を合わせる。
なんかめっちゃ疲れた……ただ飯を食ってただけなのに……それに、せっかく食べた事の無い豪華な料理だったのに、あまり味わえなかったな……。
「私は部屋に戻って仕事をしてくる。英雄君、またあとでゆっくり話そう」
「は、はい!」
淡々とそう言いながら部屋を去る誠司さんに向かって、再度勢いよく頭を下げる。
あとでゆっくりって……な、何を言われるんだろう。
「英雄君、美味しかったかしら~?」
「は、はい」
正直味なんてあまり覚えてないけど、馬鹿正直に言う訳にはいかないから、適当に話を合わせておこう。
「さて、食後の運動でもしてきたらどう?」
「あ、私テニスしたい。ヒデくん、一緒にやろう」
「テニス? いいけど、テニスコートが近くにあるのか?」
「ふふっ。コートなら歩いてすぐの所にあるわよ」
歩いてすぐ……って、もしかして敷地内にあるとか言わないよな? いくら金持ちといっても、まさかテニスコートがある家なんてあるわけないよな! あるわけ……ないよ、な?
そう思っていたのだが、流華さんと一旦別れた後、日和に連れられて建物を出て数分——俺の目の前には、緑の天然芝が眩しい、広々としたテニスコートが広がっていた。
うん、俺のような一般庶民の常識で考えるのが間違いなんだな。理解したぞ。
「ま、まじでテニスコートがある……」
「あそこの小さな建物が更衣室。そこで運動着に着替えよう」
「運動着? 俺、持ってきてないぞ」
「大丈夫。中のロッカーに入ってる」
日和に手を引っ張られながら、テニスコートの傍にある建物にいく。男女でそれぞれ入り口が分かれて、中は綺麗なロッカールームが広がっていた。
あの大豪邸を見た後だと凄くこじんまりしてるように見えるけど、俺の家と同じくらいの広さはある。やっぱり規模が凄すぎるな。
「私も着替えてくる。着替え終わったらコートで待ってて」
「わかった」
日和を見送った後、俺はロッカーを開けて中身を確認すると、そこには運動着とシューズ、そしてラケットが入っていた。
すげえな……事前にテニスをするってわかってて準備をしていたのか?
「……他のロッカーにも同じものが入ってるじゃん」
って事は、元からここのロッカー全部にテニス用の服と道具が入ってるって事か? さ、流石金持ちはスケールが違うな……。
「驚いていても始まらないし、とりあえず着替えるか」
ロッカーに入っていた紺のシャツとグレーの短パンに着替え終えた俺は、ラケットを持ってコートへと戻る。
日和は……まだ来てないか。それにしても、一応ルールは知っているが、テニスをやるのは初めてだから、どんなふうにやればいいのかわからない。
「こんな感じか?」
適当にラケットを振ってみる。んー……こんな時に教えてくれる人がいればなぁ。
「お待たせ、ヒデくん」
「そんな待ってないから……だいじょ……うぶ……」
小屋から出てきた日和は、いつも降ろしている銀の長い髪をポニーテールにしていて、白のノースリーブシャツに、短めのピンクのスカートをはいている。たしか……テニスをする時のスカートって、スコートとかいう名前だった気がする。
まあ名前は置いておいて。こういうスポーティな服もめちゃくちゃ似合うな……思わず言葉を詰まらせてしまった。
「ヒデくん?」
「あ、いや……よく似合ってるな、日和」
「え……あ、あう……ありがとう。ヒデくんもカッコいい」
「お、おう……」
真正面から褒められたせいか、さっきとは違う感じで心臓がドキドキいっている。
これは……いつも感じている、あのよくわからないドキドキか? それに、顔も熱くなって、まともに日和の顔が見れない。
このままじゃドキドキしすぎて居ても立ってもいられなくなりそうだ。なんとかこの空気を変えないと。
「と、とりあえずテニスをしようか。やった事が無いから、下手だと思うけどさ」
「大丈夫。私も運動は苦手。だからテニスも上手じゃない」
「じゃあ初心者同士、気軽にやろうか」
「うん。試合形式じゃなくて、ラリーしない?」
「ラリー?」
「得点とか無しで、ボールを打ち合うって言えばいいのかな……えっと……」
なんとか俺に伝えようとしているのか、日和は少しあわあわしながらも、なんとか俺に説明してくれた。
そういう事か。それなら気軽にできそうだな。
「大丈夫、理解した。それじゃのんびりやろうか」
「うん。ボールは持ってきたから、ヒデくんにも渡しておくね」
「ありがとう」
俺は日和からボールを受け取ってから、テニスコートに立つ。
こうして実際に立つと、想像以上に広いんだな。あっ、日和が大きく手を振りながら、ボールを打ってきた。
余計な事を考えてないで、今は日和と二人きりのテニスを楽しむとしよう――
ここまで読んでいただきありがとうございました。次のお話は金曜の朝に投稿予定です。
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