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第32話 ヒデくんの為に私も頑張る

「日和、忘れ物は無いか?」

「大丈夫。ヒデくんは?」

「俺も大丈夫だ」


 翌日、朝食を済ませた俺と日和は、宿泊した部屋の中で荷物の整理を行っていた。


 もう少ししたら帰りのバスが来るから、それに乗って学校まで戻り、そこで解散という流れになっている。


 二日目が思った以上にあっさりしているけど、交流が目的ならこんなものなのだろうか? 個人的には昨日色々あったから、二日目はこれくらいで助かったってのはあるけどさ。


「少し早いけど、集合場所に向かうか」

「うん。あっ……荷物は自分で持つ」

「気にすんなって」

「ダメ。ヒデくんは昨日の事で疲れてるから。むしろ私がヒデくんの分を持つ」

「それこそダメだ。日和だって疲れてるだろ?」

「私はぐっすり寝たから大丈夫」

「俺だって大丈夫だって」


 むむ~っと互いにむくれ顔で見つめ合っていたが、日和が急にクスクスと笑いだした。それに釣られるように、俺もおかしくなって笑ってしまった。


「……なんかおかしいね」

「そうだな。まあ俺の事は気にしなくていい。俺もぐっすり寝たから身体の疲れは取れてるからさ」

「……わかった。じゃあ私がヒデくんの荷物を持つね」

「それまったく意味ないだろ!」

「むぅ……バレちゃった」


 上手く俺を騙せなかったのが残念だったのか、ぷくっと頬を膨らませる日和と一緒に、二人分の荷物を持った俺は、集合場所へと向かって歩き出す。


「あれ、咲ちゃんがもういる」

「ホントだな」


 日和と会話をしながら、集合場所である宿泊施設の玄関の前に行くと、出雲さんが一人でスマホをいじっていた。


 結構早めに出て来たつもりだったんだけど、まさか先を越されるとは思っていなかったな。


「あ! やっほ~! 日和ちゃん、調子はどう?」

「大丈夫だよ」

「出雲さん、飯の時にも同じ事を聞いてなかったか?」

「そりゃ心配なんだから、何回だって聞くよ! ね~日和ちゃん」

「ふぎゅ……苦しい……」


 日和を抱きしめながら言う出雲さん。なんだかこの光景も見慣れてきてる自分が恐ろしい。


「咲ちゃん、猿石くんは?」

「なんか、荷物の整理を全然してなかったみたいで、今慌ててまとめてるとこ。バタバタしててうざったいから先に来ちゃった」


 やれやれ、と出雲さんは肩をすくめてみせる。


 いや、それなら手伝ってやれよって一瞬思ったけど、二人の関係的に、絶対に手伝わないだろうな……自分が悪いんだから自分でやれって言いそうだ。ホントに困っていたら、率先して助けるんだろうけど。


 そうだ。出雲さんに、さっきの飯の時に格闘技の事を聞きそびれていた。今のうちに聞いておこう。


「出雲さんって、何か格闘技しているのか?」

「そうだよ~。キックボクシング!」

「そうなのか。黒鉄との一件で凄く強かったから気になってさ。普通に一人で倒せそうだったよな?」

「ん~どうだろう? あいつ、バカじゃないの? ってくらい頑丈だったからなぁ……倒せてたかもだけど、苦戦はしてたと思うよ。また人質取られたらどうしようもないし」


 確かに、あんなに鋭い蹴りを受けても普通に立っていたどころか、反撃をする元気もあったくらいだからな……出雲さんの言う通り、苦戦は免れなかったかもしれない。


「男女の体格差を思い知らされたよ~……あたしももっと鍛えないと!」

「鍛えるって、何かジムみたいな所でやるのか?」

「そそっ。パパがジムを経営しててさ~そこで練習してるんだ。って、なんでそんな事を聞くの? あ、もしかして桐生君も一緒にやりたいとか!」


 俺の胸を細い指でウリウリとしながら笑う出雲さんに、俺は肯定を示すように頷いて見せる。


「あれま、当たっちゃった!」

「ひ、ヒデくん……? 急にどうしたの?」

「昨日の一件でわかったんだ。俺は弱い……みんなが助けてくれなかったら、日和を助けられなかった」

「そんな事無いよ~! 桐生君がいち早く見つけてくれたから間に合ったし、倒したのも桐生君でしょ?」

「そうだよ。ヒデくんは弱くない。自分を責めないで……」


 俺に責任を感じさせないようにしてくれてるのか、出雲さんと日和は俺に優しい言葉を投げかけてくれた。


 一瞬だけ、二人の優しさに甘えそうになったが、すぐに俺は首を横に振る。


 ここで、そうだなって納得して逃げるのは簡単だろう。でも……俺は変わって、日和と幸せな日々を過ごすって決めている。その一環として、強くなるのも必要なんだ。


「二人共、ありがとう。でも……日和を見つけられたのは偶然だし、倒せたのも出雲さんと猿石君が作った隙を突いて、美味しい所を持っていっただけだ……」

「ヒデくん……」

「こんなんじゃ、何かあった時に俺は日和を守れない。だから強くなりたいんだ! 頼む、出雲さんのお父さんが経営してるジム、俺に紹介してくれ!」


 真っ直ぐと出雲さんの目を見ながらそう言い切ると、出雲さんは少し考えるような素振りを見せる。


「確か桐生君って一人暮らし同然の生活をしてるんだよね? 家事をしながら鍛えるのって、凄く大変だと思うよ。それでもやるの?」

「やる」

「即答! わかった。じゃあいつから来る?」

「ジムって会員費が必要だろ? それを稼ぐバイトも探さないといけないから、少し待ってもらってもいいか?」

「全然大丈夫だよ~。うちのジムのサイトがあるから送っておくね」

「ありがとう」


 出雲さんから送られてきたURLを開くと、出雲キックボクシングジムと書かれたサイトが開かれた。


 俺が入れそうなコースは……学生向けのコースがあるな。月水金の夜にやってるみたいだ。


「あ、うちのジムは紹介制とかじゃないから、あたしにお願いしなくても大丈夫だよ!」

「……い、言われてみれば普通そうだよな」

「あははっ、桐生君ってホント日和ちゃんが絡むと周りが見えなくなるよね~」

「うっ……気にしてるんだから言わないでくれ……」


 出雲さんの言う通りじゃないか……出雲さんに冗談で誘われた時に、このチャンスを逃しちゃいけないって思って……ああもう、恥ずかしい。


「あ、バス来たよ!」

「だな。乗ってのんびりしてるか」


 俺は日和の分も一緒にトランクに荷物を入れてから、バスの席に座った。今回は日和が隣に座っているんだが、何故か浮かない表情で俺を見つめている。


「日和、どうかしたか?」

「ヒデくん、さっきジムに行くって言ってたよね」

「そうだな。少しでも強くなって、日和を守りたいんだ」

「それは凄く嬉しい。でも……バイトもするって言ってた。今までみたいに過ごしながら、バイトとジムまで加えたら、ヒデくん……倒れちゃう」

「まあなんとかなるだろ。日和は何も心配しなくていいよ」


 正直かなりしんどそうだけど、泣き言なんて言っていられない。俺は変わるために頑張るって決めたんだから。


「なら、私も頑張る」

「頑張る? 何をだ?」

「私がご飯を作る。そうすれば、ヒデくんの負担は減る」


 ふんすっと握り拳を胸の前で作りながら、静かに気合を入れる日和。


 確かに飯を作る必要が無くなれば、かなり楽になるだろう。でも……日和って自分で作れないって言ってたよな? 急にやろうと思っても出来ないんじゃないだろうか?


「日和、料理したこと無いんじゃなかったか?」

「無い。でもそれはやらない理由にならない。それに……その、いつかはヒデくんの為にご飯を作る毎日が来る、から……」


 モジモジしながら頬を赤く染める日和の言葉に反応するように、俺の心臓が大きく跳ねた。


 毎日ご飯って……その、いつかは結婚して一緒に暮らすって意味だよな。


 ずっと婚約者って言ってくれてるんだから、そう思ってくれてるのはある意味当然なのかもしれないけど……面と向かって言われると、何故かめちゃくちゃドキドキしてしまう。


「実は作ってあげたいものがあるの」

「そ、そうなのか? それって?」

「満漢全席」

「レベル高すぎる! そもそも二人で食い切れるものじゃないから!」

「むぅ……じゃあクロワッサン」

「出たなクロワッサン! でもいつもの日和に戻って少し安心してる俺がいる! ていうか、いきなりクロワッサンを作るのも難しいと思うぞ!」

「ヒデくん……私のご飯……食べたくないの……?」


 日和は涙目になりながら、悲しそうに顔を俯かせてしまった。


 俺は日和のご飯を食べたくないわけじゃない。むしろ日和の作った物なら、何でも食べたいくらいだ。ただ、日和の口から出てくるものが少しずれてたからツッコんだだけだ。


「日和の作ったものなら何でも食べたいよ。でも、いきなりは大変だろうから、まずは俺と一緒に作ってみないか?」

「え? でも……それだとヒデくんの負担が減らない」

「手伝ってくれるだけでもありがたいから、それは気にしなくていいぞ。それに……日和と一緒に作ったら楽しいかなって」

「ヒデくん……うん、一緒に作る」


 嬉しそうな微笑みになった日和を見ていたら、俺も自然と笑顔になった。


 この大切な人の笑顔を守るために、心も体も強くなる。改めてそう誓いながら、俺は日和の手を優しく握るのだった――

ここまで読んでいただきありがとうございました。次のお話は火曜日の朝に投稿予定です。


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