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金星とどろぼう

 秋も終わるころ。月と金星が向かい合って話をしていた。

「こんばんは。三日月さん」

「こんばんは、金星さん。わたしはまだ三日月ではありませんよ。今夜は二日月と呼んでいただけますか?」

「これは失礼。どうりで、少し、おやせになっていると思いましたよ。それにしても、いい夕べですね」

「じつに。いい夕べですなあ。もうすぐ陽がしずもうとしている。あのあたりは、オレンジやピンクの光が、かたまって、ゆめのように、きれいだ。山の前にカーテンを引いたように、うすい雲がかかっていますが、見てごらんなさい。雲に、一か所だけ、あなが開いて、そこから赤い光がのぞいている。地上では、ルビーと呼ばれていましたか、そんな赤い石のような色です」

「なるほど、おっしゃるとおりですね。また、空の上のほうを見ても、なかなかきれいですよ。わたしとあなたが、こうして話をしている、まん中から少し、西へ寄ったあたりの色は、青か、紺か、むらさきか。なんとも言えない、びみょうな色に、かがやいています。星たちは、まるでわたしたちに、えんりょをしたように、空のまわりにちらばっている。まるでかわいらしい縁かざりのようです」

「うまいことを言いますな」

「ありがとうございます、ミカ……いえ、二日月さん。そうして、空の中でもいちばん、きれいなのが、わたしたちふたりだと言ったところで、きっと、もんくを言う星はいないでしょう。わたしとあなたの、かがやきぐあいも、ちょうど同じくらい。まぁるく、ふくらんだお月さまには、かないませんが、こうして並んでいると、ふたつの豪華な宝石を、空に、はめこんだみたいですよ」

「なんだか照れますね」

「ところで、地上には、なにかおもしろいものは見えますか?」

「そうですね。ずいぶん屋根がたくさんあります。が、これはいつものことでして。えーと、屋根の下から、こっちを見上げている顔が、けっこうありますな。わたしたちを指さして話している者もいる。おや。学校の屋上では、子どもたちが大ぜいで、望遠鏡をのぞいているぞ。あれで見られると、ちょっと、はずかしいですな」

「天体観測の授業というやつでしょう。ほかに、なにか?」

「金星さんのほうが、少し高いところにいらっしゃるから、よく見えるのではないですか? それに、わたしはこうして横を向いているので、下をのぞくには、なかなか骨がおれるのです」

「なるほど。ゆうべ、町で、ちょっと、おもしろいことがおきたようですが、ごぞんじでしたか?」

「いいえ。ゆうべわたしは、新月でしたので。なにか、事件がおきたのですか?」

「どろぼうが出たのです」

「ほお! ほお!」

「フクロウみたいな声を出しますな。夜どおし、わたしは一部始終をながめていました。ごぞんじのとおり、どろぼうは、屋根の上にあらわれますからね」

「きいたことがあります。けれども、わたしはまだ見たことがないのです。どろぼうは、月のない夜に出るものですから」

「ゆうべはよく見えましたよ。空も晴れていたし、わたしがきらきらと、かがやいていましたからね」

「どろぼうは、どんな姿をしていましたか?」

「みんな同じですよ。黒いんです。頭のてっぺんから、つま先まで、まっ黒で、そうして、ひょろひょろと、やせています。夕方の影ぼうしとそっくりなのですが、ひとつだけ影とちがうのは、のびたりちぢんだり、しないところですね」

「のびちぢみするどろぼうがいたら、どんなところへでも、入られてしまいますよ。それで、どろぼうは、何を、ぬすんでいたのですか?」

「それが、ちょっと、ゆうべのやつは変わっていまして。ほら、どろぼうと言えばふつう、大きなふくろを、かついでいますよね」

「サンタ・クロースがかついでいるような」

「ええ。ところが、そいつは、ふくろのかわりに、大きな虫とり網を持っていたのです」

「ほお! そいつはめずらしい。コウモリでも、とるつもりだったのでしょうか?」

「そんなものは食べられませんよ。まあ、話をきいてください」

「左の耳で、よくきいておりますよ」

「真夜中のことでした。どろぼうは、虫とり網を片手に、屋根から屋根へと、ウサギみたいに飛びはねて、小走りにわたって行くのですが、どこの家に入る様子もないのです。そうして、ほら。あそこに工場の煙突が見えるでしょう」

「町でいちばん高い煙突ですね。今は使われていないから、けむりも出ていません」

「煙突には、細長い、はしごがついていますよね。あれをいっしょうけんめい、のぼりはじめたのです」

「ほお。あぶないことをしますね。さぞかし虫とり網が、じゃまだったでしょうな」

「そのうえ、はしごは、さびついていて、ぐらぐらしますから。よほど身軽でないと、のぼれたものではありません。けれども、どろぼうは、どんどん、のぼってゆくと……よろしいですか」

「はい」

「あの煙突のてっぺんに、二本足で立ちあがったのですよ!」

「そいつは、あぶない!」

「さすがに、わたしも目をつぶってしまいましたよ。そうしたら、ふわり。風がおきて、わたしの鼻の先を、なにか、やわらかいものが、かすめていったと思ってください」

「ほおほお」

「おどろいて目をあけると、煙突のてっぺんに、どろぼうは、もういませんでした。あたりを、ながめてみましたが、影も形もない。まるで煙りのように消えているのです」

「どろぼうは、どこへ行ったのでしょうか?」

「さあ。どこへ行ったのでしょうね。わたしにはわかりませんが」

「きみょうな話ですね」

「ええ、ただね。その夜は、使われていないはずの工場に、ひと晩じゅう、きらきらと、あかりがついていましたね。ほら、二日月さん、見えますか? 今夜もまた……」

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