第十二話 コウタ、コミュニケーションが成り立った三体との共存の道を探る
コウタとカークがこの世界で目覚めてからおよそ八ヶ月。
コウタたちは、絶黒の森の北端にいた。
「それでコータ、思いついたことって?」
「えっと、この二人? 二体? は、縄張りを共有できない。でも食べ物のせいじゃなくて、瘴気が必要だから」
「そうだな。カークが話を聞いてもそんな感じだった。カークが……話を聞いても……」
「ア、アビーさん。考えちゃダメだっておらによく言ってるだ。だからアビーさんも深く考えない方がいいと思うだ」
「それを現実逃避って言うんだけどな、でっかい嬢ちゃん。まあ気持ちはわかるけどよ。ほれ嬢ちゃん、話が進まねえぞ。せめて考えるのはあとにしようぜ」
「お話、まだ続きますか? 僕、荷物の整理しておきますね!」
「カァー」
アビーは自分の発言に頭を抱えた。常識から外れていたため『逸脱賢者』と呼ばれたのに、カラスとモンスターが会話できて、しかもYES・Noで人間と意思疎通できる現状を受け入れられないのだろう。
巨人族のディダと先代剣聖のエヴァンがなだめて、ようやく心を落ち着けた。
一方で、荷運び人のベルは我関せずとばかりに自分の作業をはじめる。
マイペースすぎる面々に、カークが呆れ鳴き声をあげた。
「クルトのダンジョンに引っ越せないかな。あそこなら、アンデッドが自然発生するぐらい瘴気が濃いって言ってたし」
「あー、なるほど。けどそりゃ難しいんじゃねえか? 地下研究所がベースだからな、アラクネはともかくドリアードは暮らせないだろ」
「そっか……」
「それに、クルトは嫌がるかもしんねえぞ? オレたちとだって、一緒には暮らさねえで拠点はダンジョンのままなんだから」
「たしかに。いいアイデアだと思ったんだけどなあ。ダンジョン……あっ」
「どうしたコータ?」
「ねえアビー、この場所が『ダンジョン』にならないかな。ほら、まわりの木は黒くてねじれてて、クルトのダンジョン前と似た感じだし」
そう言って、コウタが周囲を指し示す。
人間たちに釣られるように、見た目は幼女の姿をした植物系モンスターのドリアードと、下半身は蜘蛛で上半身は色っぽい女性の姿をした虫系モンスターのアラクネも、キョロキョロまわりを見る。
左右の前脚をツタと糸で拘束された希望の鹿も、ちらっと首を動かして周囲をうかがった。
「ここが『ダンジョン』になれば、瘴気が集まって、二人でも三人でも争わないで暮らせると思うんだ!」
「まあ、たしかに。『ダンジョン』ならその辺は問題ねえな。ボスモンスターが複数いるダンジョンも存在する」
「なら!」
「けどコータ、人工的にダンジョンをつくるのは難しいぞ? 帝国でも研究されてたけど成功事例はねえ」
「ダーヴィニア王国と周辺でもねえな。まあ、剣術指南役程度じゃ秘密にされてたかもしれないけどよ」
「おら、巨人族の里では聞いたことねえだ。たまに来る行商人さんにも」
「そっか……なんとかならないかな。現代はつくれなくても、古代魔法文明の頃にはつくれたとか」
「ちょい前にクルトと話し合ったことがあるんだけどよ——」
二体、もとい、希望の鹿も含めた三体のモンスターを共存させる。
それも、絶黒の森の中央、精霊樹と小さな湖のほとりで暮らす自分たちに影響のない方法で。
コウタの思いつきは、この世界に存在する『ダンジョン』ならイケるのではないか、というものだった。
だが、アビーたちが知る限り、人工的なダンジョンは存在しないらしい。
「洞窟でも森でも人工物でも、ダンジョン化するにはいくつか条件があるってのがオレとクルトの推測だ」
「はあ」
「まず、周囲に濃密な魔力が満ちてることは外せねえ」
「はあ」
「カアッ!」
「ごめんごめんカーク、真面目に聞いてるつもりなんだけど……」
「それと、特別なモンスターが必要だと考えてる。だから、ワイトキングに堕ちたクルトに【ダンジョンマスター】ってスキルがついたんだろうって」
「なるほど。そのモンスターがダンジョンのボスになるんだ」
「まあ穴だらけの仮説だけどな。特別なモンスターがいるからダンジョンになるのか、ダンジョンになったから特別なモンスターになったのかわからねえし」
「卵が先か鶏が先か、ってこと?」
「そうそう。やっぱ元の世界を知ってると話が早いな!」
「ねえアビー。この場所は瘴気が満ちてて、強力なモンスターがいる。それも、三体も。だったらやっぱり『ダンジョン』になりそうだけど……」
「焦るなコータ。オレとクルトが話し合って出した仮説では、もうひとつ絶対に必要なものがある」
コウタとアビーの会話に、ディダもエヴァンも口を挟まない。
作業がひと段落したベルもただニコニコと聞いている。
時おりカークが相づちを打って鳴いて、ドリアードとアラクネは二人と一羽をじっと見つめている。
「ダンジョン化するには、『シンボル』がいる。たとえば古代魔法文明の遺物、洞窟の奥の地底湖、地下墳墓、強力なアンデッドが暮らす研究所。なんだっていいんだけどよ、『象徴』になるようなモノだな」
「シンボル、象徴……」
コウタがぐるりと周囲を見渡す。
一行がいるのは、山すその開けた場所だ。
ねじれた黒い木々に囲まれて、わずかに下草が生えるのみ。
山側の崖の洞窟は、コウタたちがいる場所から覗けるほど奥行きがない。
洞窟というか、くぼみと言った方が適切だろう。
ドリアードとアラクネがいたこの場所には、アビーの言う「象徴的なモノ」は存在しない。
「ない、ね」
「ああ。けどたしかに、ダンジョン化すれば二体でも三体でも共存できるだろ。攻略はしたくねえけど……それに、ダンジョンになれば多少は空間が広がる」
「あ、そうなんだ。道理でクルトの研究所まで遠いと思った」
「んー、いいアイデアだと思うんだよなー」
アビーが眉を寄せて考え込む。
コウタも、この世界の常識と知識を知らないなりに考える。
肩に止まったカークも、キリッとした顔で何か考えている様子だ。カークは鳥だが鳥頭ではないのだ。たぶん。
「足りないのはシンボルかあ」
「まあ、それが揃ったところでダンジョン化するとは限らねえんだけどな」
コウタとカークがこの世界で目覚めてからおよそ八ヶ月。
コウタとカーク、アビー。
同郷の二人と一羽は、揃って考え込んでいた。
強力なモンスターを殺さずに共存の道を探る。
この世界では常識外れの考えに、ディダにエヴァンにベルを置き去りにして。





