第七話 コウタ、先代剣聖を拠点に連れて帰る
コウタとカークがこの世界で目覚めてから七ヶ月。
コウタは、絶黒の森北側の探索を一時中止して、拠点に戻ってきた。
「巨大な樹に、湖。はあ、美しい景色の穏やかな集落だねえ。……場所を考えなければな!」
「エヴァンさん?」
「絶黒の森に人が暮らすなんてよォ! 俺ァ夢でも見てんのかねぇ!」
「ははっ、それを言うなら『酔ったのか』じゃねーか?」
「わかるだ、ここはいいとこだべ」
「ありがとう。ディダや、みんなのおかげだよ」
「カァー」
うんうん頷くディダ、照れ笑いを浮かべるコウタ、呑気な二人に呆れた様子のカーク。
アビーの言葉をもっともだとでも思ったのか、エヴァンは水筒を出してバシャバシャと水を頭からかぶる。
酔いを覚まそうとしたらしい。
が、じゃっかん覚醒した頭でも目の前の景色は変わらない。
ちなみに、ゲストのエヴァン——剣聖——のほかに、ここにいるのは森の北側を探索したコウタとカーク、アビー、ディダだけだ。
ベルは街まで買い出しに行って帰路の途中、クルトはダンジョンで研究でもしているのだろう。
「それで、エヴァン。先代剣聖で元剣術指南役? だった人が、なんで一人で旅してるか聞いてもいい?」
「ん? だいたい説明しなかったか? 俺ァすっかり衰えたかんな、お役御免になってフラフラ旅してんのよ」
「ひと振りであれだけ倒したのに、ですか?」
「はっ、これでも先代剣聖だぜ? 全盛期の頃にゃあんなもんじゃねえって!」
「そりゃ竜殺しだもんな」
「はあ、あれよりもっとすごかったんですねえ」
「おう! いまじゃ勇者サマの防御を抜けなかったぐれえだかんな」
「勇者? アビーと、ベルが言ってたのと同じ人?」
「おいおい何してんだおっさん。防御抜けたら死にかねないだろ」
「いやあ、あのハーレム野郎がしつこくってな、ついつい!」
「わかる、わかるぞおっさん!」
「ええ……? ついついで、モンスターを倒しまくった奥義を……?」
「ははっ、大丈夫だって兄ちゃん。斬れそうなもんは斬れるし、斬れなそうなもんは斬れねえ。殺す気で行っても斬れそうになかったからよ、平気だろってな」
「は、はあ……剣の極意、みたいなヤツなのかな」
「極意ってほどじゃねえよ。たぶん、な。まあ剣の道を進んだら違う答えにたどり着くのかもしれねえけど……俺ァわかんねえだろうな」
「おい、衰えたから旅に出たっておっさんまさか」
「実戦で、モンスターを斬って斬って斬りまくる。果てに倒れたら俺の剣の道はそこまでだったってな」
「そんな、まるで死にたいみたいな」
「安全な場所で、道を後ずさりながらただ生きるなんて耐えられねえ。剣聖は弟子に継がせたし俺ァ独り身だかんな、こうしてフラフラ放浪してたわけだ」
「なんとなく、わかる、けど。でも行動に移せるエヴァンは強いなあ」
「カァッ!」
「そうだぞコータ! 理解してしかも褒めてどうする!」
その生活が無為だったわけではない。
コウタの心と体を癒やすには必要な日々だった。
けれど、ただ生きる時間を経験したコウタは、多少なりエヴァンの気持ちを理解したようだ。
まあ、先代剣聖エヴァンは「後進を育てる」ことに生きがいを見つけても良さそうなものだが。
しばし無言の時が流れて。
コウタが口を開いた。
「それで、これからどうするつもりなの? 剣の道? を進むならその、腕を治す薬を探したり」
「ずいぶん優しい兄ちゃんだなあ。けど、失った肉体を取り戻すのは不可能だってよ」
「でもこの世界には魔法があって、魔力も、不思議な素材だって」
「無理だ、コータ。断面がキレイならすぐ治癒すりゃ繋がることもあるけどな。失ったら生やせねえ」
「そんな……」
「ってことでその辺は諦めてんだわ。体の方にもいろいろガタがきてるしな!」
カラッと笑って、エヴァンがまた酒を飲む。
さっき頭から水をかぶって酔いを覚ましたのに。
表情だけ見れば、エヴァンよりコウタの方が沈痛な顔をしていた。
うつむいたコウタが、やがて顔を上げる。
「アビー。クルトを呼んでほしいんだ。それに、アビーにも相談に乗ってほしい」
「ん? そりゃまあいいけどよ、って呼ぶまでもねえな。ほら、コータ」
「カアッ!」
アビーがすっと指を差し、カークがバタバタと飛び立った。
コウタが伐り拓いた道の先。
5メートルを超える大岩が、ひょこひょこ近づいてきていた。
「な、なんだありゃ……巨人族が岩背負ってんのか!?」
「おらじゃ持ち上げるくれえしかできねえだ」
「ははっ、こういう反応も懐かしいな」
「ベル? 無事に帰ってきてくれたのはうれしいけど、アビー、いまはベルじゃなくて」
「ほら、よく見ろコータ」
ついつい目を引く大岩のふもとを見る。
アビーの指摘通り、そこには二人の人影が見えた。
「あ、ほんとだ、クルトもいた。よくわかったねアビー」
「そりゃな、クルトの魔力量ならこの距離でも気付くって」
「なあおっきい嬢ちゃん、ずいぶん禍々しい気配のヤツが近づいてくるんだが? 逃げた方がいいんじゃねえかこれ?」
「心配いらないよエヴァン。クルトはその、ちょっと変わってるけど悪い人じゃないから」
「マジか? マジで言ってんのか? 斬れる気がしねえんだが? 全盛期の俺でも斬れるかわかんねえんだが?」
なにやら談笑しながら近づいてくるベルとクルトを、エヴァンはたらりと冷や汗を流して見つめていた。
無事な右手は剣の柄にかけられている。
が、抜く気配はない。
コウタの「悪い人じゃない」を信じたのか、あるいは斬れないと悟ったからか、その両方か。
「カァー、カアッ!」
「ただいま、カーク! あ、みなさんお揃いですね! ただいま戻りました!」
「ちょうどそこで出会ったのでな。む、新たな客人か?」
ニコニコとベルが帰還の挨拶をして、クルトは興味深げにエヴァンに視線を走らせる。
「なんだこれ。絶黒の森が魔境だってのは、場所じゃなくて人のせいだったのか……?」
クルトと相対したエヴァンは、ぽつりと呟いて。
「いやあ、俺たちが暮らしはじめたのはここ半年ぐらいのことだから。たぶん、森の瘴気のせいだと思うよ」
呑気なコウタの言葉に、また酒を呷った。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから七ヶ月。
先代剣聖という強者であっても、ベルの【運搬】とアンデッドのクルトの存在は驚くべきことらしい。
もはやお約束である。





