第八話 コウタ、巨人族の少女を加えて異世界生活を続ける
「うん? 次はあっち、ってことかな?」
コウタとカークがこの世界で目覚めてから約半年。
巨人族の少女・ディダを迎えても、コウタたちの生活はあまり変化がなかった。
コウタは変わらず、日があるうちは伐採や開墾、畑仕事をしている。
いまも、畑の畝の間を歩いて水をやっているところだ。
芋が変異した、植物の蔓に絡みつかれながら。
「カ、カァー」
カラス麦の畑の脇にいたカークが、蔓の指示に従って水をまくコウタに呆れ声で鳴く。
いくら【健康Lv.ex】があるとはいえ、絡みつく蔓は変異したモンスター・イビルプラントだ。
コウタは気にしてない、どころか、モンスターの求めに応じて畑をうろつき、水や魔力を振りまいている。
「んー、拘束されるわけでもないし、アビーが言うには俺の魔力は多いらしくて影響はないからね、まあいいかなあって」
植物は魔力を得て成長して、コウタは収穫を得る。
共存状態である。
あっさり受け入れたコウタをカークが心配するのも、呆れるのも当然だろう。
コウタは、イビルであっても畑や人に害をなさないないなら気にならないらしい。
さすが、絶望の鹿を見逃した男である。
「今日はこんなところかな」
今日もよく働いた、とばかりに満足げに頷くコウタ。呑気か。
コウタに絡みついてうねうねと方向を指示していた蔓は、しゅるしゅると離れていく。
すっかり調教されている。
どっちがどっちを、は不明だ。
「カアッ!」
「はは、そうだね、一緒に行こうか」
カラス麦の害虫対策を終えたのか、カークが羽ばたいてコウタの肩に止まった。
一声かけてコウタが歩き出す。
向かうのは歩いて5分ほど離れた、精霊樹と小さな湖のほとり。
コウタたちの生活拠点である。
「ディダ、調子はどう?」
「コウタさん! この蔓は網の補修にぴったりだし丈夫な縄になるし、いい素材だべ!」
「おー、それはよかった」
「なあクルト、いまの魔法陣はどんな意味なんだ? 刻み方によって発動する魔法が違うのか?」
「うむ。これは単に棍棒を『硬化』するものだ。効力は低いが、あまり高めれば消費魔力が増える。ディダでは発動できなくなろう」
「へえ、なるほど。んじゃオレやコータなら」
「その場合は——」
湖のほとりの広場では、巨人族の少女・ディダが絶黒の森の木材を手になにやら木工作業に励んでいた。
自身のメイン武器である棍棒を作っているらしい。
ちなみに、いまだに精霊樹より授かった木材は加工できていない。
『逸脱賢者』アビーの実家のツテがあっても、総ミスリルのナイフはすぐには用意できないようだ。
「刻印にこの蔓を這わせて、蔓から魔力を消費させるってのはどうだ?」
「ふむ、興味深い発想だ。コウタ殿と共存関係を築けるほど知性があるのであれば、あるいはそれも可能やもしれぬ。む? であれば素体を補強する素材として——」
「面白いかもな! 神経か靭帯がわりにはなるかもしれねえぞ?」
「アビーとクルトはなんか盛り上がってるみたいだね」
「んだな! おらにはよくわかんねえけど……」
「うん、俺にもよくわからないけど……」
コウタとディダは揃って首をかしげる。
畑で変異した植物系モンスター・イビルプラントは、さまざまな使い道があるようだ。
ちなみに、素材にしているのは畑から間引いた個体だ。
繁殖しすぎるのもNGらしい。
コウタに指示した個体は「全体を活かす」という発想がある程度には賢いのだろう。あるいは植物の本能か。
「そういえば、ベルが帰ってくるのはそろそろかな」
「もうすぐだべな。どうだかなあ、おらが獲ったお魚、売れるだか……」
「きっと売れるよ、あれだけ美味しかったんだし!」
普段は四人と一羽が暮らして一体が遊びに来る拠点だが、いまここにベルはいない。
荷運び人は、【運搬】スキルを活かして街まで往復しに行っていた。
目的は、ディダが湖で獲った魚の販売だ。
生ではなく干すことで日持ちをよくして、なじみの商人に売れるかどうか確かめる予定となっていた。
ベルはしょっちゅう拠点を離れているが、荷運び人としては望む生活らしい。
魚が街で販売できれば、コウタたちにとっては新たな資金源になることだろう。
小さな湖である以上、それほど頻繁に漁をするわけにはいかないが、いまのところ漁業資源が枯渇した気配はない。
「そうだ、ディダ。今日ちょうどよさそうな木を見つけたんだ!」
「なんだべか……」
「ほら、カヌーを作ってみようって話してたでしょ? 森で太い木を見つけて、伐っておいたんだ!」
「おおっ! あっさり伐れるなんて、コータさんはすげえだなあ」
「いやあ、それはこの剣と、アビーとクルトが柄に刻んでくれた魔法陣のおかげでね」
そう言って、コウタが自慢げに剣をかざす。
絶望の鹿が差し出したツノは、クルトが剣状に加工した。
持ち手までむき出しだった剣身には、ディダが整えた木材に、アビーとクルトが手を加えて柄がつけられた。
コウタ自慢の鹿ツノ剣は、すっかり見た目も「剣」となっている。
いまだに鞘はないが、怪我をしない【健康】なコウタには影響がない。
「それでコウタさん、その、伐り出した木はどこだか?」
「あ、うん、俺じゃ運べなくて……帰ってきたらベルに【運搬】してもらおうかなあって」
「わかっただ! くふふ、楽しみだべなあ」
「カアッ!」
にまにま笑うディダに同意するかのように、カークが地面をぴょんぴょん跳ねた。
「本当に、ありがとうコウタさん、カークさん。おら、ここに来られて、ほんとによかっただ……」
「こっちこそ助かってるよ。ありがとうディダ」
「そ、そうだか? 助かってるだか? うぇへへへ」
涙ぐんだディダは、コウタの言葉に照れ笑いした。忙しい。
だが、ディダが役立っているのは事実だ。
スキル【木材加工】のスキルを持つディダのおかげで、武器や防具、日常に使う小物、それにコウタやアビーの家、共同シャワー場や貯蔵庫は一通り整えられた。
「ちょっとずつだけど……『健康で穏やかな暮らし』に近づいてきた気がする」
あらためて広場と、そこに集う三人と一羽と一体を見て、ここにいない一人を思って、コウタはぽつりと呟いた。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから約半年。
瘴気渦巻く絶黒の森の中心近く、精霊樹と小さな湖のほとりは、ずいぶんと「人が暮らす場所」に見えるようになった。
「巨人族の里で一番小さな巨人族の少女」が定住したおかげで。
コウタの異世界生活は順調なようだ。
半年も経つのに、いまだ人里に行ったことさえないが。
引きこもり気質は、【健康】でも変わらないらしい。





