第四話 コウタ、逸脱賢者と巨人族の少女と日常を送る
「これでよしっと」
「早く手に入るといいね」
「どうかなあ、いくら帝都ったって、いつも売ってるってわけじゃねえからなあ」
コウタの目の前で、魔法陣の上にあった小さな布袋が消える。
アビーは魔法の成功を見届けて、ぽりぽりと頭をかいた。
うしろでひとつ結びにした長い髪が揺れる。
布袋が消えた先は、はるか東、帝国は帝都のアビゲイル侯爵の屋敷だ。
『逸脱賢者』アビーの空間魔法、『ワープホール』である。
「クルトにもお礼を言わないとね。このためにわざわざ強力なアンデッドを喚んでくれたんだから」
「強力……だったんだけどなあ。コータは【健康】で傷つかねえし、ベルは【解体】であっさり倒すし。そんで魔石ゲットするってマッチポンプ感がすげえ」
「うーん、たしかに、頼りきりになったらダメになっちゃいそうだ」
「おお、わかってんじゃねえかコータ。オレたちはオレたちで、ちゃんと働かねえとな」
「カアッ!」
布袋にみっしり詰められていたのは、ダンジョンで得た魔石だ。
できるだけ質の高いものを入手するために、【ダンジョンマスター】のクルトに頼んで強力なアンデッドを喚ばせたらしい。
「うう……おらのために、ありがとうごぜえます……」
「大丈夫だよディダ。ほら、今回のミスリルナイフは俺たちが作る村の共有財産にする予定だから」
「それでも、おらの武器を作るためで、ありがてえだ……」
「ほんと気にすんなって! 精霊樹の枝を加工するには必要だからな、いずれ手に入れねえといけなかったわけだし!」
「うう……」
アビーの空間魔法『ワープホール』を見守っていたのはコウタとカークだけではない。
横にはディダもいた。
地面にヒザをついて大きな体を小さくして、コウタたちの行動にぐずぐず泣きながら。
しばらく涙していたディダが、ぐしぐしと目元を拭って立ち上がる。
「おら、恩返しするだ! 漁をして、それに、もっと立派なコウタさんとカークさんの家を建てるだ!」
「ははっ、ありがとう。けど時間のある時でいいからね」
「アビーさんも、おらに手伝えることがあったらなんでも言ってくだせえ!」
「ディダのおかげでシャワー場の拡充も終わったしな、ゆっくりでいいぞゆっくりで」
拳を振り上げてやる気を見せるも、コウタもアビーも微笑んでなだめるだけだ。カークは拳に止まって羽を広げた。
ディダを拠点に迎え入れてからおよそ半月が過ぎた。
巨人族の少女は自己評価が低いが、しっかり活躍している。
念願だった漁をするための網は完成間近だ。
というかほぼ完成して、いまは一度濡らして天日干ししている。
こうすることで、元モンスターの『生きている蔦』が締まって網が強化されるらしい。
ディダいわく、「これで乾いたら、あとは重りと浮きをつけるだけ」だそうだ。
もうすぐ漁ができるとあってディダの目は輝き、魚を期待してコウタの目も輝いていた。あとカーク。
ディダの活躍はそれだけではない。
「けっこう広くなったね。こうなったら浴槽も作る?」
「組み木はキツイけど、魔法で地面をどうにかするか、岩をくり抜くんならイケそうな気がする」
「カァ?」
「せっかくなら露天の大浴場にするか! みんなで入れるヤツ!」
「いや、みんなでお風呂はちょっと……交代制とか」
まだ加工できない精霊樹の枝はともかくとして、ディダは自分の武器である棍棒と木の盾をさくっと製作した。
その腕を見込んで、アビーはシャワー場拡充の協力を頼んだのだ。
タイル調の床はアビーの魔法で、まわりを囲う目隠しをディダが加工した木材で。
身長3メートルを超えるディダに合わせて、いまでは立派なシャワー場となっていた。
ただし、蛇口をひねればお湯が出る、快適なシャワーではない。
お湯はアビーかクルトの魔法で出して、桶から自分ですくう形だ。
シャワーというよりは「洗い場」の方が近いかもしれない。
それでも、この世界で生まれ育ったベルやディダからすると「ぜいたくで便利」らしい。
コウタとアビーは満足できず、浴槽にお湯を張ってつかりたいようだが。
「ええー? 隠しときゃいいんじゃねえか? なあディダ?」
「お風呂、だか?」
「体を洗ってから、お湯に体をつけるんだ。気持ちいいぞー。帝国でも貴族は好きなヤツが多かったな」
「へえ、わりと一般的なんだ」
「貴族なら魔法でお湯を準備できるヤツもいるからな。一般じゃ一部の物好きがたまに、ぐらいらしい」
「体がつかるほどたくさんの、あったかいお湯……みんなで……楽しそうだべ!」
「その、はだかになるから、男湯と女湯を作るか、時間でわけたらね。みんなでは入らないからね」
「かーっ! そこはシレッと『みんなで入るのが普通ですけど何か?』みたいな顔していくとこだろ!」
「発想がおじさんっぽいよアビー……」
「カァー」
『逸脱賢者』のアビーは、体は女性だが心は男性だ。
しかも、日本で生まれ育った男子高校生の意識が連続している。
元貴族のTS転生賢者である。属性が多い。
「ディダ、俺たちのことはいいから、次は自分の家を作るといいよ。ありがとね」
「ええっ!? だどもコウタさん、いまのコウタさんの家は、元の家の形のまま作り直した『ひとまず』で」
「充分充分。ちゃんと雨風しのげるし、俺もカークも気に入ってるから」
「カァ、カアッ!」
ディダが得意の【木工】スキルを活かして造ったのは武器や網、シャワー場だけではない。
いつ崩れてもおかしくない、コウタがDIYした掘っ建て小屋も建て直されていた。
アビーが魔法で乾燥させた木材を使って、歪みも、意図した以外の穴や隙間もなく。
精霊樹の根元、樹のウロとつながるコウタとカークの寝床は、いまや「素人が日曜大工した犬小屋」から、「市販されてそうな大きめの犬小屋」にグレードアップしていた。
「気に入って……小さい人、じゃなくって、人族は狭いところが好きなんだべか……」
「コウタを人族の基準にしない方がいいぞディダ。狭いところが好きってヤツもいるけどな、一般的じゃねえからな」
悩みはじめたディダにアビーが声をかける。
もっとも、言ったアビーは「常識はずれの『逸脱賢者』」と呼ばれていたわけだが、つっこむ者はいない。
「そっか、もうすぐ網ができるんだし、家づくりより漁が先かな?」
「ほら聞いてない。どうするディダ、好きな方からでいいぞ?」
「おら、漁がしたいだ! 野営の道具はあるし、家はまだまだ先で充分だべな!」
「おー。どんな感じなんだろ、漁も、魚も楽しみだ」
「うっし、そんじゃオレはかまどを補修して、地下貯蔵庫も仕上げとくか! たくさん獲ってくれよ、ディダ!」
「カアッ!」
ディダの宣言に、アビーとカークが歓声をあげる。
コウタはにこにこと嬉しそうだ。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから五ヶ月ちょっと。
瘴気が渦巻き、人の寄り付かない絶黒の森には穏やかな時間が流れていた。
【木工】をこなせるディダが仲間になったことで、コウタたちの生活は充実のきざしを見せはじめていた。
けっきょく、精霊樹の枝を削り出すミスリルナイフの入手はまだ時間がかかるようだが。
武器を揃える優先順位は低い。
なにしろいまでさえ戦力は過剰なので。





