第七章 エピローグ
「えへへ……おらが、漁。おらの網で、漁をできる」
瘴気に満ちた絶黒の森の中央近く、森の中でひときわ大きな精霊樹がそびえる小さな湖のほとり。
そこに、一人の少女の姿があった。
コウタたちが開拓した土の広場にペタッと座り込んでいる。
座り込んでいるにもかかわらず、視線は普通の人族の高さだろう。
少女は、巨人族であった。
もっとも、3メートル超と、巨人族にしては小さいようだが。
巨人族の少女・ディダラドラはせわしなく両手を動かす。
大きな手を器用に使って、細く長いツタをよっていた。
漁に使う網を自作しているらしい。
「こんだけ生きている蔦を獲れるんなら、網づくりには困らねえだな」
手にしているのは葉を落としたツタだ。
森でよく見かける、なんの変哲もないツタ、に見えた。
まとまって置かれた場所で、もぞもぞ動き出さなければ。
ツタが動くたび、ディダは棍棒を軽く叩きつける。
と、ツタはまた動かなくなる。
弱った獲物を捕らえるタイプのモンスターで、それほど強くはないようだ。
まあ、危険なモンスターだったらカークやアビーがいままで気づかなかったことはないだろう。コウタは怪しい。
「やらしてもらえなかった漁を、ここならできる」
ツタをよってロープ状にして、そこから網を作る。
完成までは先は長いが、ディダの顔は明るい。
ちなみにコウタが「手伝おうか」と申し出たものの、ディダは断って一人で担当している。
自作の網で漁をする。
巨人族の里では叶えられなかったディダの夢である。
夢は、一つだけではない。
「それに……ここなら、大きくなれるかもしれねえ」
ツタをよる手を止めて、ディダは頭上に目を向けた。
巨人族のディダよりもさらに大きな精霊樹が、枝を広げている。
見上げるディダの顔に、ぽとりと果実が落ちてくる。
「貴重な実だってアビーさんに聞きました。ありがとうごぜえます」
別にディダが要求したわけではない。
精霊樹が気でもまわしたのか。気の利く木である。
『逸脱賢者』のアビーと古代文明の生き残り魔導士クルトによると、巨人族は身に宿る魔力を成長と身体強化にまわしているらしい。
つまり巨人族は、魔力が増えれば体が大きくなる。強くなる。
「里で一番小さい巨人族」だったディダにとって、大きくなることは憧れだった。
旅に出たのは独り立ちするためであり、大きくなる方法を探してのことだ。
里のみんなは小さくても優しくしてくれて、木工や細かな仕事を任せてくれたが、大きくなる夢も、一人前と認められて漁をする夢も諦められなかった。
樹にぺこっと頭を下げてから、ディダは精霊樹の果実を口に放り込む。
清浄な魔力に満ちたそれは、食べればわずかながら体内魔力を増加させるのだという。
塵も積もれば山となる。
魔力が増えれば大きくなる。
ディダは手を動かす。
カークの導きとコウタたちとの出会いと、精霊樹の存在に感謝して。
一つの祈りの形のように、手を動かし続ける。
「網を作って、漁をして。そしたらおら、コウタさんとカークさんとアビーさんとクルトさんに食べてもらうんだ。初モノは精霊樹さんにも捧げてえだな」
少女はひとり、湖畔でつぶやく。
コウタは自分で作った畑に、農作業しに行った。
カークは日課の見まわり中だ。湖上から魚影を見つけて「魚がいるぞ!」とひと鳴きしたが、ディダには通じなかった。カラスなので。
アビーとクルトは、ダンジョンに行ってなにやら新たな魔法を開発している。
それぞれがそれぞれ、できることをしていた。
「おらの家より前に、コウタさんの家に手を入れてえ」
ディダがちらっと横を見る。
精霊樹の根元にはコウタが自分で作った家がある。
家というか、犬小屋よりちょっと大きい程度の掘っ立て小屋だ。
しかも、いつ崩れてもおかしくないような出来の。
「小さくても気に入ってるって言ってたけども、せめて直した方がいいのは間違いねえだ。やらしてくれんならみんなの家も建ててえだな」
困ったように眉を寄せる。
コウタもアビーもベルも、木材加工の経験はない。
アビーはクルト仕込みの魔法でなんとかして、ベルは中をくり抜かれた大岩で暮らしているが、どちらも力技だ。
安定した住居を持つのはクルトだけである。アンデッドが跋扈するダンジョンだが。
「へへ……やることがあって、大きくなれるかもしれなくて、頼られてる。最高の住処を見つけただ」
手を止めて、湖や木の影をぼんやり見ながら少女が漏らす。
うっすらと涙ぐんでいる。
「おらじゃ力不足かもしれねえけど……コウタさんもみんなも精霊樹さんも、守ってみせるだ」
つぶやく。
大きな手で拳を作って、ディダは決意を新たにした。
やりたいことができる。
大きくなる可能性がある。
住環境も日用品もなにもかも不足しているが、ディダは満足そうだ。
生まれ育った里を出て、海から離れて道に迷い、山を越えて。
「小さな巨人族」の少女は、理想郷を見つけたのかもしれない。
——いま、ようやく。





