第五章 エピローグ
「なるほど、このような効果が……『神の宿り木』、いや、精霊樹か。興味深い素材であるな」
瘴気に満ちた絶黒の森の、ひときわ瘴気が濃い南部で見つかったダンジョン。
そのダンジョンの、アビーが言うところの五階層。
最深部に、一人の男の姿があった。
もとい、一体のアンデッドの姿があった。
2000年前に滅びたインディジナ魔導国出身の魔導士。
失われた古代文明の生き残り。
クルト・スレイマンである。
一度死んだアンデッドなため、「生き残り」かどうかは微妙なところである。
クルトは骨の体にボロボロのマントを巻きつけ、かちゃかちゃと骨を鳴らして台の上に置いた木材を調べていた。
「瘴気を変換してエネルギーとする。ならば精霊樹を骨格にして……」
さながら「生贄の祭壇」のように禍々しい紋様が刻まれているが、台に神や生命を冒涜するような効力はない。
生命を創り出すことを目標としていても、クルトは非人道的な手法は取らないらしい。潔癖か。【禁呪】スキルを持つアンデッドなのに。
「球体関節、か。くふふ、面白い発想をするものよ」
木材にあたりを取って削り出す。
クルトは含み笑いの似合うダンジョンボスのワイトキングだが、やっていることは大工さんか彫刻家だ。
2000年に及ぶ研究の果てに、こうした技も身につけたらしい。熟練工か。
「これならば、かつてないほどの素体が完成しよう。だが……問題となるのは、魂か」
コウタたちと出会って、クルトの研究は進展を見た。
精霊樹の枝葉は、長い時を生きたクルトも初めて扱うほど貴重な素材であるらしい。
そして、瘴気を変換できる特性は素体に向いているようだ。
「時間はいくらでもあるのだ。幸い、いまの世の新たな魔法理論を知る賢者も、素材を【運搬】する荷運び人もいる」
人間だった頃と比べて、クルトは無限に近い時を得た。
アンデッドは疲れず、食事や睡眠も必要ない。
ひょっとしたらコウタよりも【健康】かもしれない。死んでいるが。
コウタたちと出会って、クルトは相談相手にして魔法理論を教え合う相手、それに市販されているものなら代理購入して運んできてくれるポーターを得た。
ひょっとしたら、一人で黙々と研究するよりはかどるかもしれない。
こうしてちょくちょく一人になることが許される、ほどよい関係性を保てるならば。
「それに、異なる世界の知識を持つコウタ殿も、【導き手】なるギフトを持つカーク殿もいるのだ」
クルトが素体を削り出す手を止めた。
球体の精度を確認する。
真球にはほど遠い。
普段なら残念がるところを、クルトは球体を掲げた。
まるで、生贄の心臓でも捧げるかのように。
「我が幸運を、実在する神に感謝しよう!」
……捧げたわけではない。
単に、気持ちが昂ぶっただけだ。
禍々しい祭壇で、空洞の眼窩に黒色の炎を輝かせて、手にしたモノを掲げて祈ったが、相手は邪神ではない。ないはずだ。
クルトの研究の目的はアンデッドを増やすことでも、生者に地獄を見せることでも、邪神の復活でもない。
「【不倒不屈】をもって、生命を創り出してくれる! 我の理想の女性を生み出すのだ!」
……あいかわらず不純な目的である。
本人はいたって真面目で、2000年間、追い続けているほど純粋なのだが。
その間に地上で活動していたら実在する理想の女性を見つけられていそうだ。2000年もあったので。
ともかく。
誰しも譲れないものはある。
時にそれは、周囲から理解されなくとも。
だが、周囲から理解されることで開ける展望もある。
かつて栄えたインディジナ魔導国は、2000年の時を経て「失われた古代文明」となった。
2000年、魔導の深淵を探り続けたアンデッド、クルトの研究は一気に進むこととなる。
新たな知識と、例を見ない発想をもって。
生命の創造を目指して禁忌を犯した男は、理想の女性を創造できるのか。
理解者が現れてもなお、知る者はいない。
——いまのところは。
※わかりにくくて恐縮ですが、
スキル名と合わせて意図的に不「倒」不屈としています。
本来は不「撓」不屈ですが、この場合は意味が違うもので……





