第三話 コウタ、この世界の「人里」にはじめてたどり着く
「着いた……これが、この世界の街……」
コウタがクレイドル村を出てから7日目。
道を知るカークとベルに先導されて、コウタはついにこの世界に来てから初めての街、その門前にたどり着いた。
死の谷を超えて岩の多い荒地を歩き、無理せず野営して。
徐々に緑が増えていった先に、石壁に囲まれたその街があった。
この世界に来てから初めての街。
いや、コウタにとっては、元の世界を含めても人の多い街に来るのは数年ぶりのことだ。
「大丈夫。大丈夫だ、俺は【健康】だから。ここは日本とは違うから」
コウタは足を止めてブツブツと自らに言い聞かせる。
そうして5分……10分……30分ほど経ったのち、コウタはようやく歩き出した。
決して短くない時間、コウタの過去を知るカーク、話を聞いていたアビーは、無言でコウタの決心がつくのを待っていた。
何かを察したのか、知り合ったばかりのエルダードワーフ・ガランドもまた無言だった。
なお、荷運び人のベルは先行して門の横にいる。
なにしろ荷物が多く、チェックに時間がかかるので。
「ベルのお仲間さんか?」
「あっはい」
「話は聞いてるよ。通行料は一人銀貨1枚だ」
「えーっと」
門番から話しかけられて、コウタはごそごそポケットを漁る。
通行料についてはベルから聞いていて、これから通るべく門に近づいたのにもたもたしている。
「落ち着けってコータ。上着の右ポケットに入れてたぞ」
「あっそうだった! ありがと、アビー」
「たしかに受け取った。街で注意する点はベルから聞くように」
「ういーっす」
「アビー、そんな適当な」
「任せてください! 荷運び人は、ほかの人が知らない街の案内もするものです!」
「そっか、ありがとね、よろしく、ベル」
「いやそんなことなくねえか? まあ荷運び人が知ってる街だったらありうる、か?」
「カァー」
胸を張って宣言するベルにアビーが首をかしげる。
コウタはわかっているのかいないのか、緊張で言葉少なくなっている。
ともかく、門番のチェックを終え、入場料を払って、コウタたちは石の壁を抜けた。
背後の門番から声がかかる。
「ようこそ、最果ての街・パーストへ! 歓迎するぞ、旅人さん!」
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「なんかこう、赤茶けた感じだね。こっちではこれが普通なのかな」
「んなこたぁねえぞコータ! 帝国はヨーロッパ!って感じだったな。これは、なんていうか、その……」
コウタとカーク、アビーがはじめてやってきた街、パーストの建物は土と石を中心に作られていた。
荒野から土や石を活用したのだろうか、壁や屋根はたいてい暗めの赤か茶色だ。
緑は街の周辺にあった程度と考えると木材は貴重なのだろう。
「西部開拓時代っぽい?」
「そう、そんな感じ! あとオーストラリアの都会以外とかな!」
「オーストラリアってそんな感じなの?」
「オレもよく知らねえけど。発展してるのは東の方ってのも似てるかもなあ」
「カアーッ!」
知らないんかーい、とばかりにカークがつっこむ。が、アビーもコウタも気にした様子はない。カラスの言葉はわからないので。
先頭を行くベルも、最後尾をどしどしついて歩くガランドもつっこまない。
コウタとアビーがよくわからない会話をするのはいつものことだ。
なおベルは街中でも大岩を背負って歩いている。
建物より高く大きな岩が動いていても、街ゆく人はパニックになる様子はなかった。
ベルはすでに何度かパーストを訪れている。
街の人にとって見慣れた光景になっているらしい。
そうして、四人と一羽が歩くことしばし。
「着きましたよ、コウタさん!」
ベルが一軒の建物の前で足を止める。
ほかより間口が広く取られた建物は、平屋が多いパーストの街にあってめずらしい三階建てだ。
貴重な木材を柱に使っていて、そこだけアビーのいう「ヨーロッパっぽい」建物になっている。
大通りに面していながら建物の横が空いているのは、馬車の待機場所兼荷下ろしスペースであるらしい。
ベルは、建物の横、その荷下ろしスペースにためらいなく歩いていく。
「お待ちしていました、ベルさん!」
と、建物から一人の男が走り出てきてベルを迎えた。
見知らぬ人の登場に、コウタがピタッと足を止める。
「おひさしぶりです、会頭さん。今回もよろしくお願いします!」
「かいとう……? 解凍? 怪盗?」
「カァー」
「会頭、だ。商会のトップってことだな」
「じゃ、じゃあ、社長とか店長とかってこと……?」
「カアッ! カァ、カアー」
立場のある人物を前に、コウタの腰が引ける。
肩に止まったカークが、ほら、おびえるな、とってくわれるわけじゃねえんだから、とコウタの頭を突つく。
「ベルさん、そちらの方々を紹介していただいてもよろしいですか?」
「あっはい、もちろん! コウタさんとアビーさんです!」
ニコニコとベルが紹介する。
紹介された以上、コウタに逃げ場はない。
「ここではただのアビー、男だ! よろしくな!」
時間を稼ぐつもりなのか、さっとアビーが前に出て自己紹介する。
じっと男の目を見ながら「ただの」と強調して、「男」だと性別を偽って。
ちなみにアビーは、いちおうサラシを巻いて男性服を着ている。遠目で見れば男性に見えるかもしれない。
「そんでこっちが、オレやベルが暮らす村の村長の——」
アビーの手が背中に添えられて、コウタが意を決する。
「コウタです。よろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げた。
先まわって肩書きを伝えたのはアビーのさりげない優しさだろう。
「ご丁寧にありがとうございます。私はこのパークス商会の会頭、ハドリー・パークスです」
「その、いいんですか? お店のトップの人に相手してもらって……」
「いえいえ! ベルさんからお話は聞いております。こちらから挨拶に行きたいと思っていたぐらいなのですよ。わざわざお越しいただきましてありがとうございます!」
もっと気楽な人と話したいな、と漏れ出たコウタの言葉を、ハドリーはあっさり退ける。
「当商会が大きくなったのも、ベルさんがお持ちいただいた魔石に武具、モンスター素材のおかげなのですよ!」
人好きのする笑みを浮かべて、ハドリーは歓迎の意を全身で表現する。
事実、ここ最近のパークス商会の躍進はベルの、ひいてはコウタたちの持ち込んだ素材のおかげだ。
鏖殺熊の爪を活かして作った剣は領主に献上するほどの出来で、スケルトンから剥ぎ取ったボロ武具は補修されて、新人・中堅冒険者に手頃な価格で販売されている。
けれど、大岩からベルが次々に取り出していく取引予定の品々を見て。
「ただ……今回は、ほとんど買い取れないのです」
「えっ…………?」
ハドリーは、暗い顔でコウタにそう告げた。
コウタがこの世界にやってきてから十二ヶ月目。
はじめて街にやってきたコウタは、いきなり「取引停止」という問題に直面するようだ。
人里離れた場所で暮らすコウタにとって、現在唯一の取引先なのに。





