第十二章 エピローグ
コウタたちがいる大陸西部には、海を隔てるように山脈が存在している。
だが。
旅人を阻む死の谷より北に進むこと数日。
その地下深くに、ドワーフが暮らす王国が存在していた。
ドワーフ以外の種族には知られず、ひっそりと。
そのマウガルア地下王国の一角、鍛冶に優れたドワーフの中でも名匠と名高いエルダードワーフ・グリンドの鍛冶場で。
グリンドと、弟子であるガランドが向かい合っていた。
「儂は街に行って、師匠最期の仕事のための手配をしてきます」
「うむ。手間をかける」
「望むところです。それにしても……変わった者たちでしたな」
「エルダードワーフの儂らから見ても、な」
「とろっこ、鉄道馬車、義手と武器を結びつける発想。精霊樹や、強力なモンスター素材……」
「なによりあの『絶黒の森』に村を造ろうと志し、成功が見えている」
「本当に、面白い」
「儂は最期の剣を打つが……ガランドは」
「その先は儂が見届けましょう。街の拠点を引き払って、こことあの村で生活するつもりです」
「地下から地上にあがるための『えき』か。儂らの居住空間と作業場も作っておくそうだからな」
「ええ。炉を作るには不足ですが、魔法鍛冶や補修作業には充分でしょう」
長い時を生きたエルダードワーフの二人の目は、少年のように輝いている。
「師匠はよいのですか? せっかく古き友に会えたのでしょう?」
「なに、仕事を終えるまで時間はある。話す機会も多いだろう」
「では、みなには地下道の作成を急がせます。研究所までさっさと繋げてしまえば機会も増えるでしょうて」
「うむ。世話をかける」
そこまで言うと、エルダードワーフの二人はどちらからともなく立ち上がった。
入り口から覗いていた同門のドワーフがずかずかと鍛冶場に雪崩れ込む。
グリンドは黙して作業をはじめ、弟子であるガランドは師匠の決意と今後の仕事について説明する。
こうして。
マウガルア地下王国は、クルトが繋いだ縁をきっかけに、コウタが暮らすクレイドル村と交流をはじめることになるのだった。
「人が暮らすには過酷だ」と思われている大陸西部の片隅で、ひっそりと。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「借りていた剣を返そう」
「はい、たしかに。けれど『借りていた』ではなく、『納品をお待ちしていた』ですよ」
「人族は言いまわしにこだわるな」
「はは、たしかに。ですが、それが信用を生むのです」
大陸西部、「最果て」と称される街、パースト。 とある商会の応接室で、二人の男が話し込んでいた。
一人はこの商会の会頭だ。
差し出された鏖殺熊の剣を手に微笑みを浮かべている。
もう一人は、小さな背でがっしりした体格、首を隠すほどの立派なヒゲを持つドワーフ・ガランドであった。
「頼みがある」
「なんでしょう?」
ガランドは師匠や、コウタたちと話していた時よりも言葉が少ない。
どちらかというと、こちらが本性である。
師匠とは必要に駆られて、コウタたちとは上がったテンションに任せていつになく饒舌だっただけだ。
「しばらく師匠の相槌を打つことになる。自作は受注できん」
「わかりました。私のほうに来た依頼は断っておきましょう」
「恩に着る」
「いえ、ドワーフの師弟関係は、他種族から見ると厳しく、余人が入り込めないものだと聞いています」
「詳しいな」
「商売柄、耳はいいのです。ひとつお聞きしてもいいですか?」
「なんだ?」
「師匠の相槌を打つということは、この街から離れるのでしょう」
「そうだ」
「…………街にある店舗と鍛冶場は畳みませんよね? 『一部のドワーフはふらっといなくなる』とも聞いたことがあるのです」
「本当に、詳しいな」
ガランドが目を見張る。
この街で頭角を現しつつある会頭は、ドワーフの性質を知っていたらしい。
もちろん、消えたドワーフが「地下王国に向かった」ことまでは知らない。その地下王国の存在も。
「店も鍛冶場も畳まない。簡単な依頼なら弟子が引き受けるだろう。アイツもそれなりのモノが打てるようになった」
「それを聞いて安心しました」
「だが、儂は常駐しなくなるかもしれん。依頼によっては受けるつもりだが、時間はかかるだろう」
ガランドが重々しく告げる。
もともと、この商会の会頭が依頼したのは鏖殺熊の素材ありきの仕事であり、普段の取引はそう多くない。
ガランドが不在がちになっても、「面白そうな仕事は受ける」ということであれば商会への影響はほぼない。
ゆえに、会頭の質問は興味本位だったのだろう。
「どちらへ行かれるつもりなんですか?」
「……まだ言えぬ」
「ほうほう。ドワーフの師匠から相槌を許されるほどのガランドさんが、心惹かれる場所がある。気になりますねえ」
「言えぬ。少なくとも、儂からは」
ガランドはむすっと黙り込んだ。
面白がりつつも、会頭はこれ以上問い詰めるつもりはないようだ。
「『儂からは』。つまり、違うルートでその情報に触れる可能性がある。ふーむ……」
「探らずとも、儂が言わずとも、時が来ればわかるだろう。そう遠くない未来に」
「そうですか。では私は、その時を楽しみにしていましょう」
ガランドの言葉に、会頭は思考を止めた。
にっこりと微笑んで握手する。
不在の間、よろしく頼むと再度告げて、ガランドは席を立った。
鍛冶場を併設した店舗兼住居に帰ると、まとめていた荷物を担ぐ。
その足で、ガランドは出立した。
最果ての街・パーストを振り返ることなく。
ドワーフの鍛治士、ガランド。
師匠最期の仕事の相槌を認められ、いずれ名匠を継ぐであろう男。
ドワーフが暮らすマウガルア地下王国で、つながったダンジョンを抜けた先の絶黒の森で、未知と出会った男は何を創り出すのか。
先代剣聖にふさわしい剣か武器か、あるいはほかの誰かの武器防具か。
それとも、この世界には存在しない何かを、彼らの知識と発想と好奇心のままに創り出すのか。
知る者はいない。
——いま、この世界には。
諸事情によりしばらく更新お休みします。
再開は晩夏か秋ごろに!
必ず帰ってきて完結させますのでしばしお待ちください!
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