第六話 コウタ、ドワーフの地下王国にたどり着いてひさしぶりの人里に面食らう
コウタとカークがこの世界で目覚めてから十ヶ月と少し。
コウタはいま、人里を見下ろしていた。
異世界で初めての、元の世界とあわせても数年ぶりの人里である。
元の世界では半引きこもりで、近所のコンビニとスーパー程度にしか行っていなかったので。
「ようこそお客人。ここが、古より続くドワーフの国。マウガルア地下王国だ」
と言っても、コウタは最寄りの街や巨人族の里に来たわけではない。
絶黒の森の北側、ダンジョン化した洞窟を抜けてたどり着いた先。
それは、ドワーフの地下王国だった。
「すごい……山の中にこんな街が……」
「カアッ!」
「いやほんと絶景だな! 明かりはなんで取ってるんだ? 魔法か?」
「うむ。我が研究所の明かりはこの魔法を応用した物よ」
「わ、最寄りの街より広いかもしれません!」
ドワーフのガランドが立ち止まったのは、地中とは思えないほど巨大な空間を見下ろす崖だ。
面積で言えば、死の谷を抜けた先にある街よりも広い。
何もない空間や、奥の地底湖の分、少なくとも人口密度は街より低いだろうが。
崖にはいくつも横穴が掘られているほか、中央の平たい場所には石造りの建物が並ぶ。
いくつかの建物からは煙が立ち上り、天井にある無数の穴に吸い込まれていく。
「ほんとすごい……ファンタジーの世界に迷い込んだみたいだ!」
「カアッ!?」
「いまさらかよコータ……オレもコータも、ファンタジーの世界に迷い込んだようなもんだろ……」
「進んでよいか?」
「あっはい、待たせちゃってすみません」
ガランドに声をかけられてコウタがぺこりと頭を下げる。
コウタたち一行に待たされた案内役のガランドだが、不満そうな様子はない。
むしろ口元が緩んで誇らしげだ。
ドワーフも、故郷を褒められるのはうれしいものらしい。
「着いたぞ、ここだ」
「ここ? 何もない広場みたいですけど……」
「カァ?」
「我らの王国に客人が来るのはめずらしいのだ。ならば一度に顔を見せておいた方が手間がないと思ってな」
「なるほど。気を使っていただいてありがとうございます」
「おー、オレもこんな大量のドワーフ見んのははじめてだぜ!」
「うむ。我も初体験である」
崖沿いの階段と小道を進んで、コウタたちは地下空洞の中心部に降り立った。
建物のない広場に向かって、わらわらとドワーフたちが集まってくる。
ガランドの言う通り、「めずらしい客人」を見にきたのだろう。
あるいは。
「んー、どうすっかなあ。エヴァンが造った——漬けた酒、あるにはあるけどちょっとしか持ってねえんだよなあ」
「アビー? その、やっぱりドワーフってお酒好きなの?」
「帝国にいたヤツらはそうだったな。なあガランド。これ、ガランドと偉い人にやるよ。味見ってことでな」
「この酒は?」
「人族の酒に、精霊樹の実を漬け込んだもんだ」
「な、なんと!? ではこれはまさか神酒か!?」
「それはちょっと違うみたいだね。精霊樹の実から造ったわけじゃないからーって」
「だ、だが、それにしても、精霊樹……」
アビーから小さな土の瓶を受け取ったガランドは、目を丸くしてまじまじと見つめる。
瓶を持ち上げると、周囲のドワーフはつられるように顔を上げる。ざわめく。
「ガランドさん?」
「おっと、すまない。同胞よ! 儂らの客人から貴重な酒をいただいた!」
ガランドが高々と酒を掲げると、広場にドワーフたちの野太い歓声が響く。
カークは羽を広げて驚いて、コウタはちょっと身を竦めた。ただでさえひさしぶりの人里で、背が低いとはいえ大勢に囲まれ圧力を感じて。
「さあ、歓迎の宴だ!」
おおっ!と鳴り響く怒号に、コウタはいよいよ背を丸める。
気づいたアビーが、ガランドに声をかけた。
「なあ、悪ィんだけどオレたちはせめてどこか家の中に入れてくれねえか? ゆっくり、静かなところで話してえんだ」
「むっ。気づかずすまぬ。ドワーフと人は違うのだったな」
「我も、宴よりもグリンド氏に挨拶したいものだ」
「すまぬ。では師匠のもとへ案内しよう」
群れるドワーフにひと声かけて、ガランドは一軒の小屋に向かった。
地底湖の手前にある岩屋に入り、コウタたちも続く。
「師匠、客人をお連れした」
「客人? 誰だ……おおっ!?」
「ひさしいな、グリンド氏」
「その風貌、その声色! クルト氏か!? まさか、人族は短命なはずで!」
「うむ。ゆえに、我は定命を捨てたのよ」
「おー、知り合いに再会できてよかったね、クルト」
「人族は短命っていうか二千年生きてられるヤツの方が少ねえけどな! ……待てよ、まさかコイツもアンデッド?」
「カァ」
「違うと思います! 僕、この人を【解体】できる気がしませんから!」
「ベルの見分け方が物騒すぎる!」
「ま、まあまあアビー、落ち着いて。話を聞いてみようよ」
「そうだな……人里がひさしぶりで自信なかったコータに『話』を諭されるなんてな……いやいいことなんだ。やったなコータ。そう思えただけですごいぞコータ」
「カァー。カア、カアッ!」
がっくり肩を落としてアビーがブツブツ呟く。
クルトが二千年ぶりの知人に再会して盛り上がってるいま、ツッコミはアビーのみだ。
帝国の麒麟児、『逸脱賢者』に課せられた荷は重い。
カークに励まされでも、アビーの顔は上がらなかった。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから十ヶ月と少し。
コウタは、意図せずしてひさしぶりの人里を訪れていた。
それも、人族の街でも巨人族の里でもなく、ドワーフの地下王国を。





