第十二章 プロローグ
コウタたちが暮らす大陸は、東側が栄えている。
大陸東部のアウストラ帝国は栄華を誇り、コーエン王国では冒険者や勇者の活躍もめざましい。
一方で、大陸西部は細々と人々が暮らすのみだ。
海に面した北西部こそいくつかの街が存在するが、少し南に下れば「街」と呼ばれるほどの規模を持つのは一箇所だけだった。
コウタが「最寄りの街」とだけ呼ぶ場所。
最果ての街、パーストである。
「素晴らしい出来です。領主様に献上すれば、必ずお喜びいただけるでしょう」
「当然だ。鏖殺熊でも一番の、中指の爪を使ったからな。儂の最高傑作のふた振りだ」
「ありがとうございます。いかがです、祝いに一杯」
「いや。それより頼みがある」
「ドワーフの貴方が、酒を断るほどの……?」
「ああ」
パーストの街の一角。
とある商会の応接室で、二人の男が話し込んでいた。
一人はこの商会の会頭だ。
どこからか入手した鏖殺熊の素材や魔石を売り出して、最近では名を轟かせている。
もう一人は、小さな背でがっしりした体格、首を隠すほどの立派なヒゲを持つドワーフである。
「こっちの、装飾を入れてない方のひと振り。コイツをしばらく預からせてくれ」
ドワーフが、卓上に置かれた剣のうち一本を指差す。
献上用のものと違って貴族向けの装飾のない無骨な剣だが、品質は変わらない。
ドワーフの鍛治士の、最高傑作である。
「なにかに使われるのでしょうか?」
「師匠に見せる。使うことなく返そう」
「街一番の鍛治士と名高いガランドさんの師匠……期間はどれほどでしょうか?」
「一ヶ月かそこらだ」
「それほど近くにお住まいなのですか!? その、つないでいただいて何か依頼を、いえ、気ままに打っていただいた剣を購入することは」
「さあ。師匠は気まぐれだからな」
「もちろんガランドさんに不満などありません。ですが、お師匠さまの気が向いたら、必ず購入する者がいるということだけでもお伝えいただければ」
「儂がこの剣を打てたのは会頭が持ち込んだ鏖殺熊の爪のおかげだ。それも含めて伝えておこう」
「ありがとうございます!」
めずらしく長く語ったドワーフに、おっさん会頭が深々と頭を下げる。
依頼主と職人という関係性なのに、依頼主である会頭の腰は低い。
なにしろガランドと呼ばれた鍛治士は、モンスターの素材を金属と融合させて剣を打つ、ドワーフの中でも稀少な技術を持つ男だったので。
まあもともと会頭の腰は低い。
身元も知れない変わった荷運び人と、あっさり取引するほどに。
「迷惑をかける」
「いえ、一部の納品が遅れることはよくあることでしょう? お気になさらず」
「感謝する。儂は行く」
「無事のお帰りをお待ちしております」
ドワーフが一本の剣を手に取って立ち上がる。
そのまま旅に出るつもりだったのだろう、低い身長を超えるほどの大きなリュックを背負う。
会頭は深々と頭を下げて、ドワーフを見送った。
こうしてドワーフ——ガランドは、ひと振りの剣を持って最果ての街パーストを出た。
同行者はいない一人旅である。
行き先を知る者はいない。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
最果ての街パーストを北西に行くこと五日。
山脈を分け入った山の中に、ドワーフの鍛治士・ガランドの姿があった。
「ここか」
ガランドは周囲を見渡していくつかのしるしを確認する。
折れた枝、木の幹についた傷、地面に転がる石。
狩人や斥候系の冒険者なら見つけられるだろうが、その痕跡の意味を知ることはない。
ガランドは、地面に開いた小さな穴に目を向けた。
ウサギの巣穴よりふた周りほど大きな穴だ。
子供は入れるだろうが、大人が潜り込むには難しいだろう。
取り出したロープでリュックと腰を結ぶ。
ひとつ頷くと、ガランドは地面をはって穴に潜り込んだ。
小型モンスターの巣穴かもしれない場所に、ためらうことなく。
「出たか」
狭い穴を這いながら進むことしばし。
いくつかのカーブを抜けると、穴はとつぜん天井が高くなる。
といっても、ドワーフや人間の子供なら「立っても頭がぶつからない」程度だ。
だがこの空間には、天井の高さより目を引くものがある。
空間の奥、ガランドの目の前。
そこに、金属製の扉があったのだ。
精緻な彫刻がほどこされた両開きの扉は閉まっている。鍵穴もない。
ガランドは、獣の巣穴のような場所と不釣り合いなその扉に驚くことなく近づいていく。
手をかざす。
『扉よ、開け。我は土より生まれし者』
なにやら呪文を唱えると、ゆっくりと扉が開いていく。
「行くか」
ガランドが踏み出すと、石床がコツコツと足音を鳴らす。
これまでの巣穴のような空間とは違う。
床は石が敷き詰められ、壁は人の手で削られたかのような質感だ。
いくつかの分岐を越えて、数時間ほど行った先。
ふたたび、ガランドは開けた空間に出た。
「ひさしぶりだ」
立つのが精一杯といった、門の前の広場とは違う。
小高い崖の下に広がるのは、街一つが入りそうなほど巨大な地下空間だ。
奥には地底湖らしき水の輝きが見える。
いくつかの建物からは煙が立ち上り、天井にいくつか存在する穴に吸い込まれていく。
「おおっ、ガランド! 帰郷か?」
「ああ」
別の道を来たらしきドワーフに声をかけられて、ガランドがヒゲの下で微笑む。
がしっと固く握手して、たがいに胸を打ち合わせる。
大陸西部、海と陸をへだてる大山脈の地下に造られた巨大な地下空間。
古より続くドワーフの国。
マウガルア地下王国である。
商人も冒険者も、人族はその存在さえ知らない。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「師匠」
「いい剣だ」
「ありがとうございます」
「素材はどこで」
「わかりません。人族の商人の持ち込みです」
「ほう」
マウガルア地下王国の鍛冶場のひとつ。
ヒゲに白髪が混じる年配のドワーフは、ガランドが打った剣を手に目を細める。
鏖殺熊の素材は、ドワーフの中でも名工と名高いガランドの師匠でもめったに見ないものであるらしい。
表情の変化は乏しいが、師匠と呼ばれたドワーフは弟子の成長に満足そうだ。
「祝いを」
「ありがとうございます」
師匠が人を呼んで酒盛りをはじめようとしたところで。
「た、大変だ!」
「どうした」
一人のドワーフが駆け込んできた。
ヒゲの下の顔色は青い。
まあ、ヒゲがなかったとしても土と煤で汚れた顔色はわからないのだが、それはそれとして。
「86番通路がダンジョンとつながった! すぐ来てくれ!」
「わかった。封じよう」
「師匠。儂も行く」
「頼む」
話し込んでいた二人がのっそり立ち上がる。
いくつかの道具を手にして、短い足でバタバタ走る。
街を抜け、先導するドワーフを追って分岐を越えてたどり着いた先。
ドワーフが削り出した通路が崩れて、自然の洞穴が露出する箇所に到着した。
まわりには何人ものドワーフが群がって岩や土砂をまとめている。
「土魔法を使う。離れていろ」
ガランドの師匠がそう言って金属製の槌をかざす。
が、ガランドがその前に出た。
「師匠! モンスターだ!」
崩れた通路の先に膨大な魔力を感じる。
手にした戦槌を構える。
背後に仲間のドワーフが並ぶ。
「儂らが時間を稼ぐ。師匠はその間に」
「うむ。死ぬなよ」
「儂の身より地下王国の安全を」
ガランドが決死の覚悟を固めて。
侵入してきた二体のモンスターと、目が合った。
一体は下半身が蜘蛛で上半身が女性のモンスター。
アラクネである。
驚いているのか、女性の目が丸く見開かれている。
そして、もう一体。
アラクネの肩に止まり、漆黒の翼を広げて周囲を威圧するモンスター。
「カアッ!」
「大鴉? 違う」
三本足のカラスである。
博識な師匠もガランドも種族名を知らない。
「儂の屍を触媒に封印を」
「できん。生きろ」
「だが!」
ガランドが悲痛な覚悟を決める。
が、二体のモンスターは、ドワーフを前に動かない。
「カ、カァー。カアッ!」
カラスがひと鳴きすると、二体のモンスターはさささっともと来た道を戻っていった。
「助かった、か?」
残されたドワーフは呆然とするのみだ。
ドワーフの鍛治士、ガランド。
ドワーフらしく鍛冶の道を志し、長い研鑽の果てに鏖殺熊を素材にした剣で師匠から腕を認められた男。
死の谷近くの街からドワーフのマウガルア地下王国に移動した男は何を見るのか。
姿を見せておきながら何もせず立ち去ったカラスはなんなのか。
知る者はいない。
——いま、ここには。
ひさしぶりの更新になりました……
しばらく不定期更新になりそうです。
書籍一巻のアンケート特典「こぼれ話」に出てきた
ドワーフと同一人物ですが、口調変更しました。
砕けた話し方のキャラがこれ以上増えてもね?ということでご容赦ください!
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※なおこの物語はフィクションであり、実在するいかなる企業・いかなるショッピングモールとも一切関係がありません!





