第九話 コウタ、模擬戦の結果を振り返りながら決意を新たにする
コウタとカークがこの世界で目覚めてから九ヶ月。
精霊樹と小さな湖のほとりの広場では、激戦が繰り広げられていた。
「えいっ! やあ! うぐっ、ふあ!」
「よく耐えたディダ! その調子だ!」
「カアッ、カァーッ!」
「おおー、すごいねディダ。強くなってる気がする」
「間違いなく強くなっているであろうな。でなければ、巨人族が一人で希望の鹿を押さえられるわけがあるまい。ふむ」
「おっきい嬢ちゃん、そのまま離されんな! ソイツは突進と、ツノ以外はたいしたことねえ!」
「すごい、すごいですディダさん!」
遊びに、もしくは精霊樹に挨拶に来た三体のモンスターとコウタたちの模擬戦である。
クレイドル村の参加者はコウタ、カーク、アビー、ディダ、エヴァン。
対するはドリアード、アラクネ、希望の鹿。
訓練のため一対一で、組み合わせを変えて何度か繰り返していた。
参加していないのは荷運び人で非戦闘員のベルと、エヴァンの義手の調整目的で見学しているクルトだ。
その二人——一人と一体?——は、広場の脇に座って応援していた。
いまは最終戦。
身長3メートルを超える巨人族のディダ対希望の鹿の戦いである。
ちなみに最弱決定戦である。
ディダはともかくとして、希望の鹿には鬼気迫るものがあった。ビリは嫌らしい。あるいは、背後でむすっと見つめているドリアードとアラクネのプレッシャーのせいか。
「あの、アビー。希望の鹿ってすごい強いって言ってたよね? 対抗できるディダも強いんじゃ」
「だな。巨人族の身体能力に、日常的な精霊樹の実の摂取による魔力のかさ上げ。そこに先代剣聖の技術が叩き込まれたんだ、そりゃ強くもなるだろうよ」
「はあ。俺もがんばらないとなあ」
希望の鹿が変異する前の絶望の鹿は、「遭遇したら生きて帰れない」と認識されるモンスターだった。
それがさらに強化されたのに、ディダは対抗できているのだ。
いくら模擬戦で、たがいに「相手を殺す・致命傷を与える」攻撃を控えているとはいえ、大健闘である。
だが。
「わっ、わわっ!」
鹿に押し込まれたディダは尻もちをついた。
低くなった頭にツノを向けて希望の鹿が止まる。
「それまで! 鹿の勝ちだ!」
審判役を務めていた先代剣聖エヴァンが勝利を告げる。
薄氷の勝利をあげた希望の鹿は、首をそらしてひょえーと鳴いた。かわいくない勝どきである。
「うう……おら、誰にも勝てなかっただ……里で一番小さかったおらはやっぱり弱いんだか……」
「そんなことないよディダ! いまアビーとも話してて、鹿に対抗できるディダはすごいって!」
「そうそう、まわりは気にすんなって。ちょっとおかしすぎるからな。もしディダが帝国にいたら、前衛役としてスカウトしてたところだぞ?」
「間違いねえ。俺がまだ王国の剣術指南役だったら、いくら出しても雇えって進言してたぜ。こんだけ戦えて、まだまだ伸びしろあるからな」
「ほら。それに、ディダは木工や漁なんかで活躍してくれてるから。落ち込むことないって」
「うう……コウタさん……みんな……」
ディダがぐずぐずと泣き出す。
負けたことよりも、コウタたちの慰めがうれしいらしい。
慰めというか、純粋に強さも器用さも評価されているのだが。
「それに、俺だってあの剣なしじゃ勝てなかったんだ。一緒に鍛えていこう」
「んだ!」
コウタが肩に手を置くと、ディダはぐしぐしと涙と鼻水を拭って笑顔を見せた。
素直な女の子——素直な二人である。
「クルトは別枠として、一番強いのはアビーかな?」
「そうとも言い切れねえぞコータ。いまのは平らで何もない広場での戦いだかんな、森の中でやったら、ドリアードやアラクネが勝つかもしれねえ」
「あー、なるほど」
「まあ、いつもの剣を使ったらコータの一人勝ちだろうけどな!」
ひと通りの模擬戦を終えて、コウタたちは夕飯の準備を進める。
三体のモンスターは精霊樹の近くにいた。
一勝しかできなかった希望の鹿を、ドリアードがぺちぺちと励ますように叩き、アラクネがすうっと背を撫でる。
たそがれた鹿は、喜びながらも嫌がるそぶりで二体から離れようとする。が、逃げられない。ドリアードもアラクネも、拘束はお手のものである。
「戦う場所に状況。まあ模擬戦の場合は設定だけどな、それ次第で勝敗なんて変わっちまう。だから、ホントの戦いの時はいかに有利な環境に持ち込むかってことが大事だ」
「カアッ!」
「はは、たしかにね。広くて隠れる場所がないところでカークが戦ったら、今日のメンバーじゃ誰も勝てなかったと思うよ」
「オレもそう思うぞカーク。唯一、いくら攻撃を食らっても問題ねえコータに可能性があるけど、本気で飛ぶカークに攻撃を当てられる気がしねえしなあ」
「うん、無理じゃないかなあ」
コウタたちが驚いたことに、三体のモンスターとの模擬戦でカークが一敗した。
勝ったのはドリアードである。
自身の体から枝や葉を伸ばしたドリアードの防御を抜けなかったのだ。
また、カークの最高速に持っていくには広場は狭すぎた。
一方で、鹿はともかく同じ拘束系を得意とするアラクネには勝利した。
糸をかけて罠を張るアラクネにとって、木々のない空間は不利すぎたようだ。
ちなみに。
コウタは三引き分け。
カークは二勝一敗。
アビー、けっきょく戦ったクルトは三勝。
ディダは三敗。
エヴァンは一勝二敗である。順位にすると下から数えた方が早い。剣聖とは。
エヴァンは、すでに負けまくったドリアードとアラクネがガッチガチに守りを固めたため、守りを抜けずに魔力切れで決着がついた。
数少ない遠距離攻撃の〈無間斬〉も義手の砲撃も魔力を使うため、早々にガス欠である。
かつてコウタたちに見せた「神速の斬り抜け」を使わなかったせいもある。
殺してしまうため模擬戦に向かないと判断したのか、あるいは、いまは共存できているがいつか敵になるかもしれないリスクを考えて見せなかったのかもしれない。
「訓練、がんばろう。誰かより強くなりたいっていうよりも、このクレイドル村を守れるように。みんなを守れるように」
「さすが村長! あとはアレだな、敵相手に『有利な環境』になるように準備しとくのも大事だな」
「たしかに。村の境界線は柵じゃなくて、壁とか堀とかの方がいいかもね」
「労力ならオレとクルトの魔法があるしな! そのへんは、クルトやおっさんに相談して考えてみようぜ」
「うん。…………なんだろ、ちょっとワクワクする。秘密基地を作るみたいな」
「わかる! わかるぞコータ! せっかくなら気合入れて作るか! 村の安全のために!」
「そうだね、そうしよう!」
「カアーッ!」
気勢をあげるコウタとアビーに、見まわりは任せとけ!とばかりにカークも乗っかる。
コウタとカークがこの世界で目覚めてから九ヶ月目。
コウタたちが暮らす拠点、クレイドル村は徐々に開拓されてきた。
先代剣聖が移住したこと、三体のボスモンスターとの交流がはじまったことにより、戦闘訓練も充実したものになる。
モンスターがはびこる世界では、「健康で穏やかな暮らし」のために戦力は必須だ。
それと、安全を確保するための施設も。
コウタの引きこもりっぷりは、ますます強固になるようだ。街はまだ遠い。
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