6-5 エルフの悔恨を追え
「お、おい……」
「えう?」
「なんでそんなにヤる気なんだ?」
心配するカイをよそにミリーナ、ルー、メリッサはヤる気満々。
カイへの答えも気合い十分だ。
「呪い拡散はウェルカムえうよ」
「キノコとカビに埋もれる気持ちをやつらにも」
「そうです。こういう時こそ攻めですわカイ様。異界に呪いを持ち帰らせれば攻める事無く異界のマナを奪えるではないですか。奴ら繁殖命ですから拡散もきっと早いですわ」
「いや、そういう問題ではなくてな……」
甘い物は別腹みたいに言わないでマイワイフ!
別腹じゃないから。甘い物と同じく別腹じゃないから!
カイは心の中で叫ぶ。
もやもやしたカイを背に三人は鼻息荒く下りていく。
「行くえう!」「むふん!」「はい!」
「「「お、おおーいっ……」」」
後には止めようと中途半端に手を伸ばしたカイにカイツー、カイスリー。
そんなカイ達を何とも呆れた表情で見つめるベルガと甘える二頭が残された。
「「「……」」」
「ま、まあがんばれ……」
ぷぎー、ぶもー。
カイの気持ちを察したのだろう、ベルガがカイの肩を軽く叩いて下りていく。
なにこれ?
エルフってここまで人間と価値観違うの?
ギルドで被害を受け泣き叫ぶ女性冒険者と仲間達を見た事があるカイは、価値観の違いを見せ付けられて呆然だ。
「カイ! 早く下りるえうよ」
階段の下でミリーナがカイを呼ぶ。
……千年もの間ご飯で頭を殴られた末に頭をかち割られてマナに還る運命を背負ったエルフは、何よりも呪いが嫌なんだな……きっとそうに違いない……
心の中のモヤモヤを理屈で何とか納得させて、カイは広い螺旋階段を下りていく。
空気の流れが違うからだろう、ひんやりした空気がカイの心を苛立たせる。
何とも不機嫌な気持ちに包まれたカイはそれを隠すことなく階段を下り、墓所の最上層の床を踏んだ。
「カイ様、何かご不安でも?」
「……いや」
カイは何とも歯切れの悪い声でメリッサの問いに答え、周囲に視線を走らせる。
静かである。
まばらに柱が立つ広い空間はひんやりとして静かだ。
ゴブリンは、もっと下か……
すぐにゴブリンと遭遇すると思っていたカイはホッと胸をなで下ろす。
天井の高さは五メートル程度。
広さは螺旋階段を中心として半径五十メートルくらいだろうか。
点々と魔法の照明が輝く墓所は暗いが、照明が必要なほどではない。
「よし、調べよう」
「えう」「む」「はい」
「ああ」
一行は周囲を確認しながら慎重に調査をはじめた。
ここもこれまで見たアトランチスの姿と同様、はるか昔に放棄されたにしては恐ろしく綺麗でしっかりしている。
所々汚れがあるのはゴブリンらの仕業だろう。排泄物や食い散らかした跡が点々とゴミ山を作っていた。
「こんな何も無い場所で、何を食べてるんだあいつら?」
「異界の生物は世界のマナに願えば事足りるのだ。こんな何も無い場所でなければ草木や獣を食べるだろうがな」
俺らはあんなに食料確保に苦労したのにとカイが首を傾げていると、ベルガが説明を入れてくれた。
怪物を討伐して願うと戦利品を得る事が出来るが、その逆を怪物達も行っている。
「……なるほど」
カイがゴブリンのゴミ山の一つに立ち、願って屑魔石を手に入れる。
「墓所が奴らに食われていないかな?」
「ミスリルは強固な金属だ。砂や空気を食った方がずっと楽だろう」
墓所の文言が食われていないかと心配したカイだが、少々苦労するらしい。
ベルガの言葉に安心するカイだ。
「掃除のついでに屑魔石を確保えう」
「む。ただ願うだけ万歳」
「言葉探しのついでに収穫ですわ!」
ミリーナ、ルー、メリッサがゴミ山を次々と屑魔石に変える。
ゴミ山は異界の何か。
生きていなければ討伐する必要もなく、願うだけで変えられる。
畑に集まっていた怪物は作物を殺すと共にあの場のマナを食うために集まっていた。
世界と異界は欲望と願いで奪い、奪われる関係。
カイはゴミ山を屑魔石に変えると、ゴブリン達の奪い方を思い出し表情を引き締める。
「これが墓だ」
綺麗になった墓所の床、ベルガが指し示した墓は床に色違いの石がはめ込まれただけの単純なものだった。
「……読める」
「意味に多少の違いはあるかもしれないが、言葉も文字も同じはずだ」
エルフの文字はこの頃から変わっていないらしい。
つまり伝授された人間の文字と変わらない。
今と違う部分はあるが読めない程ではなく、カイと皆は視線を走らせそれを読んだ。
「……アトランチスの放棄にまつわるイザコザの愚痴えうね。ご飯がないと嘆いてるえう」
「この都市がっちりしすぎだから苦労しただろうな。何も生えてないもんな」
カイは当時のエルフの苦労をしのぶ。
おそろしく頑丈なアトランチスはエルフの植物侵食すら許さなかったらしい。
頭でご飯を受けるエルフには死活問題だったろう。
都市を放棄した理由はおそらくこれだ。
アトランチスはオルトランデルをはるかに超える大都市だ。都市の外を普通に農地にしただけでは足りず、力を使い根こそぎ奪っていたに違いない。
怪物の発生が常態化していたのではないだろうかとカイは思う。
出すものを戻していたとしてもカイの作ったドライフルーツ畑とは比較にならない地からの搾取だ。
人間のように実りを待たなくても良いエルフはこの都市の周囲で人口分の食を栽培し、あのような砂漠に変えてしまったのだろう。
呪いによって食料を運べない、蓄える事も出来ないのは都市にとって致命的だった。
「……技術者の頭がピーになったので打開策が無くなった」
「ハーの族の先祖がすみませんすみませんエルトラネですみません」
ルーが見つけた墓はハーの族の祖先に対する恨み言だ。
どうやらハーの族は元々エルフの技術者階級だったらしい。
かつては高度な技術でこの都市を支えていたが麻薬成分で頭をやられてそれが出来なくなった。
技術が失われればゴーレムや魔道具などの自動化で食料を得る事も出来ず、都市機能の維持も出来ないだろう。
技術の伝承には時間がかかるものだ。
呪いにより技術者達が一気にラリるれったらどうしようも無い。
壊れたものを直せないのならいつかは失われる。都市機能が次第に失われていった事がこの恨み言から伺えた。
「キノコは我らだけのものだ。アトランチスよさらば、か……」
「ダーの族がんばれすごくがんばれ」
ベルガの見つけた墓にはダーの族の祖先の決別の言葉だ。
ダーの族はここではキノコを搾取されていたのだなと切なくなるカイである。
身からキノコを生やせるダーの族は食料事情が悪化した事で搾取される立場にされていったのだろう。ブチ切れて都を放棄したようだ。
最上層の墓は最も新しい。
放棄される直前の墓の文言は放棄にまつわる諸問題で埋め尽くされていた。
そしてカイも近くを歩き、見つけた墓を読んでみる
「賢い猿に言葉を与えて奴隷として使役する。我らこれを人間と名付ける……か」
まあ、解ってはいたが……カイはため息を付く。
猿とは何ともストレートな表現だ。
これが書かれたのは何百万年も前の事。
今の人間の歴史はせいぜい二千年。
聖樹教の始まりが最も古く、それ以前は神話の領域で曖昧な記録しか残されていない。
そう考えると人間は何度も文明を作っては失い、作っては失いを繰り返してきたのかもしれないな……エルフの使役の都合で。
カイは思う。
今でこそ立場は逆転したが当時は獣でしかなかった人間はエルフに従うしかなかっただろう。
使役と駆逐を繰り返してエルフは都合の良い人間を追及したと思われる。
しかし人間はエルフが思っていた以上に賢く、そして欲深かった。
使役と駆逐が繰り返される中でエルフの技術や魔法を奪い、数を増やしてエルフの支配から脱したのだろう。
そしてこれには聖樹……世界樹がおそらく関わっている。
実を食われた世界樹はエルフに対する恨みが深すぎて、エルフが増える事を許さなかったのではないだろうか。
生物は食が増えて初めて数を増やす事ができる。
食を増やせないエルフは現状維持が精一杯だったろう。
エルフから十分に搾取できなくなった世界樹は賢くなった人間に目をつけ、世界樹の枝を与えて竜を討伐する存在にまで導いた。
アレク達が持っていた勇者武器が全て世界樹由来なのも竜やダンジョン主を食うための世界樹の都合なのだろう……
勝手にバルナゥを攻撃した聖剣を思い出してカイは嘆息する。
あれが吸い込んだマナの行き先はおそらく世界樹。
ソフィアが主張した通り世界樹には世界樹の都合があり、たまたま人間と利害が重なっていただけだったのだ。
「こんな上から目線だから討伐対象にされるえうよ。対等に取引すれば良かったえう」
「自業自得、因果応報」
「カイ様を猿扱いなど許せませんわ! どこの族のエルフですかえーと、ハー……すみませんすみません先祖がすみません」
「……ありがとう。この層より下なのは間違いないな。下りようか」
呆れるミリーナ、ざまぁなルー、土下座するメリッサ。
三者三様だが皆カイの肩を持ってくれている事にカイはありがとうと言い、下層へと下りる事を宣言した。





