16-26 バルナゥ、日帰り出張
「父上、ランデル伯爵の謀反の疑いに関してですが……」
「まったく、バカげた事だ」
王都ガーネット、王城宝物庫。
カイズを前に国王グラハムが呟いた。
「ところでシスティよ、カイズに声マネさせるのは何とかならんか?」
「言葉とは細部に意思が宿りますのでご容赦を」
「そうか……」
グラハムが会話をしている相手はシスティ。
しかし言葉を伝えているのは当然カイズだ。
娘の口調をマネて語るカイズに父親としてはイラッとくるのである。
「王様、私だってやりたくてやってる訳ではありません……」
「お前にもカイにも苦労をかけるな。今度一杯やろう」
「ありがとうございます」
あまりに不憫。
娘のカイズこき使いっぷりに、ホロリ涙のグラハムだ。
「父上、そろそろ本題に戻りましょう」
「すまんな……報告によるとルーキッドがランデル領にて兵を集め過ぎているとの事だが……ないだろ」
「はい。全くのデタラメです」
グラハムは報告書を読んだ後、システィと共にバッサリと切り捨てた。
「そんな気があればアーテルベ様に一言頼めばカタがつく。財力? 兵力? そんなものアーテルベ様おひとりでどうにでもなるだろうが」
空を自由に舞い、空間を自由に転移し、大軍もマナブレス一発で殲滅。
強力な魔道具に守られた王都ガーネットの抜け道も知っている。
こんな竜が領館に入り浸っているルーキッドが、わざわざ兵を集めて謀反など起こすはずもない。
ランデル領の領兵が急激に増えてはいるが、経済規模からすればまだまだ不足。
人や物の流れはこれからも増え続けるのだ。領兵をしっかり揃えて領地を管理して貰わねば困る。
王家の情報網は全国に配置されたカイズにより瞬時に伝達が可能。
どんな報告が提出されても、確認にたいした時間はかからない。
この程度で謀反とは笑わせると、グラハムは笑い飛ばした。
「システィ、何が狙いだと思う?」
「エルフと竜を囲い込み、祝福を得るのが目的かと」
「だろうな。あの老いぼれは悪夢と寿命で気が触れて、なぜ自分が霊薬を求めたのか忘れてしまったらしい」
「身から出た錆ですね」
異界から世界を守ってもいない。
竜は贄でありエルフは咎人である聖樹教と代々親交を深めていたベルリッチ侯爵家は、竜を贄に差し出しエルフを森深くに追い込んだ。
その頃の確執が残っているからこそ、侯爵は不老不死の霊薬を求めたのだ。
それが使えないと掌くるん。
グラハムでなくてもアホかジジイと呆れるだろう。
「だが……あまり悠長に事を構えてはおれん。人脈は本物だからな」
しかしそれでも王国の大貴族。
有力者との人脈はルーキッドの比ではない。
領内が忙しくて王都にあまり出てこないルーキッドの領地が好調な事に対する反感もあり、ベルリッチ侯爵の言葉に従う貴族が増えてきているのだ。
武力に訴えるような事はないだろうが、エルフ利権へ介入くらいはするだろう。
貴族とはそういうものだから。
「雲行きはいかかでございますか?」
「明らかに悪い」
システィの問いにグラハムが吐き捨てる。
「ルーキッドが王都に来る事など滅多にないからな。顔も見せぬ者に味方する者などおるまいよ」
「彼も今後は大貴族。もう少し付き合いと根回しを学んで欲しいですね」
「全くだ」
その場にいない者は弁明できない。
だから議場は侯爵と息のかかった貴族達の言うがままだ。
グラハムは王だが、ひとりで全てを覆す程の力はない。
このままではルーキッドを無視した莫大な投資によってエルフ利権に介入され、エルフが囲われ将来的な不利益を王国にもたらす事だろう。
だいたい、エルフを率いているのはルーキッドではなくベルガやカイ。
王国の権力構造に組み込まれてはいない。
これでルーキッド以外の貴族が群がったら、ややこしい事この上ない。
利権を求めて色々やらかした挙げ句、エルフがブチ切れ森が増える事だろう。
「次の会議は明日でしたね?」「ああ」
「では明日、助っ人をお送りいたします」「頼むぞシスティ」「はい」
そして次の日。
王都ガーネットの空にグリンローエン国歌が鳴り響いた。
その意味はただひとつ。
建国竜アーテルベの来訪だ。
『グラハムよ。難儀しているようだな』
「アーテルベ様。我が不徳の為に申し訳ありません」
システィが送り込んだ助っ人、大竜バルナゥ。
『なに、システィには色々と世話になっているからな。説教くらい引き受けようではないか』
「は……誠にありがとうございます!」
何でも使う娘だと思っていたが、建国竜まで使うのか。
まあ、あのカイを使うくらいだからなぁ……
と、グラハムは唖然とし、妙な所で納得し、バルナゥを議場へと案内した。
グラハム、知らぬ間にさすカイである。
「国王……」「そ、その竜は……」
「皆も国歌を聞いたであろう。建国竜アーテルベ様だ。控えよ」
「「「は……ははっ!」」」
「では、始めよう」
「「「……」」」
グラハムが案内するバルナゥに議場は沈黙。
大竜バルナゥなら部外者と言う事もできただろうが、相手は建国竜アーテルベ。
王国の祖であり選王侯筆頭の王国貴族。
この場に居る資格を十分に持つのだ。
皆が頭を垂れて沈黙する中、グラハムがバルナゥに問う。
「アーテルベ様。ランデル伯爵に謀反の疑いとありますが」
『無い』
バルナゥが断じた。
『ルーキッドにその気があるなら、我がとっくに王国を滅ぼしておる。まぁ、あれにそんな欲があったら我も入り浸ってはおらぬがな』
バルナゥの言葉に議場がどよめく。
バルナゥであれば可能。
竜と人とはそれだけの力の差があるのだ。
『大体ルーキッドは領地の事で手一杯だ。人、エルフ、竜、えう異界、そして神のはっちゃけに忙殺されて王国なんぞに反旗を翻す暇もない。我ですら邪魔だと足蹴にされるくらいなのだぞ』
バルナゥの愚痴に議場の者が身震いした。
絶対的強者である竜を足蹴。
命知らずにも程がある。
『そして我とて神にはかなわぬ。そのような事をすればランデル領は反旗を翻す前に神のはっちゃけに蹂躙されるであろう。故にない』
「そうでございますか」
バルナゥの圧倒的な威圧感に皆が押し黙る。
これで決まりか……
と、グラハムが決定を宣言しようとする直前、貴族の一人が発言の許可を求めた。
「ランデル伯爵が求めれば、アーテルベ様は王国を滅ぼすのでございますか?」
病を押して出席した、ベルリッチ侯爵だ。
『ルーキッドがそれを求め、我が納得すれば滅ぼす。まあ、それを望む事はあるまい』
「まったく、アーテルベ様にそのような事までして頂けるとは羨ましい限りでございます……私めもあやかりたいものですな」
こやつか……バルナゥが目を細める。
『ほぅ……では対価を示すがいい。見合った見返りを与えてやろう』
「では十万の金貨で……」
『いらん。ルーキッドから貰わぬ金貨など黄色い砂利に過ぎぬ』
「では百万のミスリルで……」
『いらん。そんなもの山を掘ればいくらでも出てくる』
「……」
断り続けるバルナゥにベルリッチが押し黙る。
『人の世の権勢や価値など我にとっては意味がない。たかが八百年の王国の貴族が齢二億を数える我に己が価値を押しつけようなど笑わせる』
「それでは……ランデル伯爵は何を対価に祝福を?」
『はぁ? 我がルーキッドに授けた祝福など、ただのひとつもありはせぬわ!』
バルナゥは傲然と叫んだ。
『なるほどな……あやつが祝福を拒むのはこのような理由もあるのか……まったく人の世とは難儀な事よ』
「そ、それでは、アーテルベ様はなぜランデル伯爵と、共に……」
『簡単な事。友だからだ』
「……」
唖然とするベルリッチにバルナゥが語る。
『友だから家を訪ね、入り浸り、会話に花を咲かすのだ。共に歩む我が妻とは違う道をルーキッドは選んだ。故に我はルーキッドを看取る事になるだろうよ』
バルナゥがベルリッチを睨め付ける。
『汝はもうすぐだな。看取ってやろうか?』
マナの輝くバルナゥの瞳に、侯爵は震えて首を振った。
侯爵が欲しいのは看取り手ではなく延命、祝福だ。
しかし侯爵の願いはバルナゥには届かない。
ルーキッドにすら授けていない祝福を、赤の他人に授けるはずもないのだ。
『十万の金貨? 百万のミスリル? 汝にとって価値があろうがそれは人の世の価値。人の世の価値を誇るなら人の理で生きるがいい』
バルナゥはにべもない。
『そもそも人の理の中でしか生きておらぬ汝が、クソ大木の葉の力で今も生きながらえている事がおかしいのだ。異界から世界でも守っていたのか?』
「そ、そうでございます! 我が家は聖樹教の求めに応じて異界を……」
『たわけが!』
バルナゥが一喝する。
『聖樹教は自ら穴を開けていたのだ。汝らの異界討伐は災厄を自ら呼び込み叩く茶番に過ぎぬ。これを守っていたと言うつもりか! そして汝が得た葉は命を賭して戦った勇者達が受け取るべきもの。汝はその者らの命をかすめ取ったのだ……盗人めが図々しい!』
「ぐっ……」
バルナゥは言葉に詰まる侯爵から視線を外し、議場の皆を睨み付けた。
『さて、汝らの言いがかりのおかげで我がルーキッドを看取るまでの時間が減った。その対価、払ってくれるのだろうな? 汝らの命か? 領民か?』
議場が凍りつく。
バルナゥはしばらく議場の皆を睨みつけた後、出口へとゆっくり歩き出した。
『ルーキッドは命を賭して我を諫めたが、汝らは何もせぬのだな』
ランデルではごろーんはお止めください。
出会った頃の恐怖に引きつったルーキッドの顔を思い出し、議場の外に出たバルナゥは羽ばたき、笑う。
『我が友のそういう所が、我はとても好ましいのだ』
そして大空で高らかに叫ぶのだ。
おおーふっ、ルーキッドともだちーっ!
と。
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