16-24 悪夢に感謝する者、戒める者
「今日もご飯に感謝を」
「「「いただきまーすっ!」」」
昼。
エルネの里、長老の心のエルフ店。
長老にご飯を作らせたエルネの皆は、テーブルに並ぶ料理に手を合わせた。
「なんじゃお前ら、ずいぶん小食になったのぅ」
鍋を手に、店長である長老が首を傾げる。
いつもならテーブルに置ききれない量の注文をするエルフだが、最近のテーブルはすっきり爽やか。あと二、三品は置ける余裕がある爽やかさだ。
「ふっ……」「我ら、食の新たなステージに進んだのです」
「なんだそりゃ?」
長老の問いに皆は食事を食べながら、ニヤリと笑う。
「時代は腹八分目」「限りある食を大切に」「食のありがたみ再発見だな」
「お前らも悪夢で昔を思い出したクチか。まったく流行りに弱いのぅ」
料理を作りながら長老も笑う。
エルネ、いや多くのエルフの里が悪夢を見て思った事。
それは、自由に食べられる事への喜びと感謝だ。
今は食べたいだけ食べられるが、昔は食うにも困るありさまだった。
忘れかけていた飢えと食への渇望を、あの悪夢が呼び覚ましたのだ。
「悪夢が始まる前に腹八分目を提唱するとは、さすがカイ殿」「我ら、ヴィラージュで転がった甲斐があったな」「一生ついて行きます!」
そして悪夢の前に腹八分目を提唱したカイの評判ストップ高。
まったくもってポジティブな奴らだ。
「ああ、腐らないって素晴らしい」「これぞまさしく祝福」「しかし、この量では少々物足りないな」「バカ。口の中でじっくり味わうんだよ」「そうだ。ひと噛みに感謝の思いを込めるのだ」「ひと噛み……そうか、神か!」「きっとお米の一粒一粒に神様が宿っているに違いない」「だからうまいのか!」「なるほど納得!」
米粒に神様爆誕。
『余は?』「「「食べ物を腐らせる奴など神ではない!」」」『のじゃ!』
「俺らを殴るだけならとにかく、食べ物を腐らせるとはふてぇ野郎だ!」『のじゃっ!』「謝れ! 食べ物に土下座して謝れ!」『のじゃーっ!』
そして本物の神全否定。
長老はそんな彼らを眺めながら、テーブルにずらりと料理を並べた。
自分のご飯だ。
「まあ好きにせい。我は老い先短いから、好きに食べる事にする」
「「「長老!」」」
心のエルフ店、長老ひとりだけ山盛り。
そしてひとりだけテーブルに置けるだけめいっぱい料理。
皆の目にギラリと、マナが輝く。
「あんた皆に合わせようって気はないのか!」「ない!」
「鬼畜!」「悪魔!」「髭じじい!」「ほっほっほ。いただきまーすっ」
「「「このやろう!」」」
腹八分目でも感謝。たくさん食べても感謝。
……と、エルフがこんな調子で食べ物に感謝をしている頃、カイはランデル領館でルーキッドに経緯を報告していた。
「そうか。ミルトがな……」「はい」
「道理で最近の夢がロクでもない訳だ」
ランデル領館。執務室。
金貨を磨くバルナゥを背に、ルーキッドが嘆息する。
「ランデルの皆の夢も悪夢続きらしい。しかし目覚めは良いそうだ」
「祝福ズが回復して回ってますから」『『えっへん』』
祝福ズが胸を張る。
ミルトがどんな悪夢を見せようが祝福ズがスパッと回復。
心は痛いが体調は万全。何とも親切な悪夢だ。
「カイは、ミルトを止めないのだな」
「ミルト婆さんは頑固ですからね。今から止めたら何を言われるか」
「死に際に恨みますとか言い残しそうだな」「はい……」
そんな別れは御免こうむる。
と、ルーキッドとカイが苦笑する。
ミルトは始めてしまったのだ。
こうなったらとことん付き合ってやろうではないかと、カイも覚悟を決めた。
「ところでウィリアム様は?」
「部屋で寝込んでいる」
「大丈夫でしょうか?」
良かれと思って霊薬を作ってみれば猛毒で、いやこれは霊薬だから大丈夫とミルトに飲ませればやっぱり死に至る猛毒。
現実も夢も最悪なウィリアムだ。
「なに、あれには良い薬だ」
しかし心配するカイに、ルーキッドは笑う。
「奇蹟のえげつなさをミルトの悪夢で知り、そんな奇蹟と共に歩まねばならぬランデル領主の苦労を知るがいい」
「厳しいですね」
「私のように命をかける事にはなるまい。夢なのだから」
さすが自らで立つ町ランデルの領主。
自分で何とかしろと知らんぷりだ。
『そういえばルーキッドはどんな悪夢を見ているのだ?』
金貨を磨きながらバルナゥが聞く。
「私の夢か……飼い犬がやたらとはっちゃけてな」『おおーふ?』
「私がいらんと言うのにミスリル持ってきたり魔石や魔道具持ってきたりと、世間の目が痛い事ばかりやらかすのだ」『おおーふっ!』
「そして世間が奇蹟をよこせと押しかければマナブレス一閃、あたり一面焼け野原だ」『お、おおーふ』
「おかげで人の世界はメチャクチャだ。これまではっちゃけ神を相手にするカイを大変だなと眺めていたが、こんな気持だったのかと納得した次第だよ」『おおおーふっ!』
どうやらカイと同じタイプの夢らしい。
ルーキッドは深く深く息を吐き出すと、カイに言った。
「カイよ、奇蹟とは本当にヤバいな」「全くです」
『おおーふっ!』『『がぁん!』』「「やかましい!」」
ショックで叫ぶバルナゥと祝福ズに二人は叫ぶ。
「なぜ私達がお前達を戒めねばならんのだ。飼い主か? 飼い主責任か?」
『おおーふルーキッドともだちーっ!』
「友なら自らを戒めろ。お前がここに訪れて金貨を磨いているだけなら、ただのでかい犬なのだからな」
『おおーふっ!』
ルーキッドの説教が続く。
ここはランデル。自らの足で立ち歩く町。
エルフも人も皆、自ら考え自ら進む。
奇蹟をアテにしない町は悪夢にうなされながらも、今日も平和であった。
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
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