16-7 マオ、侯爵に頼まれる
「マオさんA定食!」「私は焼肉定食!」「焼き菓子下さい焼き菓子!」
「お前ら、マオは料理に来たんじゃないぞ?」
「「「そぉおおおんなぁああああ!」」」
「シャル、うるさいから音を食え」『はぁい!』
「そしてマオ、客なのにすまん……」「いいって事よ。ガハハ」
エルネの里、カイ宅。台所。
シャルキッチンで料理を作るマオを前に、カイは深く頭を下げた。
カツ丼! ケーキ! クッキー! シチュー! 日替わり定食! おまかせで!
家の前ではマオのご飯大好きなエルフ達が騒いでいる。
音はシャルに食べてもらったが、窓から見えるエルフのご飯アピール半端無い。
「おまえら泣くなよっ!」
「がはは。泣くほどうまいかありがとよ」
涙を流しながら窓枠にへばりつく里のエルフが超恥ずかしく、カイはマオに頭を下げて料理しながら用件を聞く事になったのだ。
さすが心のエルフ店本店店長マオ・ラース。
今も変わらず超人気者だ。
「ミリーナはハンバーグえう!」「真・焼き菓子様。クッキープリーズ」「マオ様の料理は何でも美味しいから迷ってしまいますわ!」
「お前らは、後にしてくれ」
「えうっ」「ぬぐっ」「ふんぬっ」
「がはは。後で大盛りにしてやるからな」
「待つえう!」「超待つ」「待ちますわ! 百年でも二百年でも待ちますわ!」
「そこまで長生きできんなぁ。A定焼定焼き菓子お待ち!」
そしてさすがはマオである。
シャルを上手に使ってささっと料理を作っていく。
家の前の広場はすっかり宴会場だ。
「さすがマオ。早いなーっ」「まあ、毎日あいつら相手にしてりゃな」
「あー……わかるわーっ」
カイもあったかご飯の人。マオの言葉に共感半端無い。
「開店前から長蛇の列だし、徹夜組いるし、仕事よりもご飯だし、いつになったら食に全振りやめるんだあいつら?」
「呪われた世代の内は無理だろうなぁ」
「無理えう」「無理」「無理ですわ。絶対に無理ですわ……ぷるるっぱぷーっ」
エルフが好きなものを好きな時に食べられるようになってから、まだたったの十七年。
食べられる内に食べろは今も鉄則なのだ。
「つまり……俺が生きてる内は、無理か」
「すまん」「いいって事よ。ハン定B定お任せお待ち!」
マオは窓枠にへばりつくエルフにホイホイと料理を渡しながら、カイに話を切り出した。
「実はな、俺の所にベルリッチ侯爵の使いが来てな」
「ベルリッチ侯爵?」
知らない名だ。
カイが首を傾げると、マオは呆れて話を続けた。
「広大な領地を持つ、王国の有力貴族だよ」
「いやぁ、貴族なんてルーキッド様とアレクの家くらいしか知らないし」
「お前、本当にランデルの外を知らんなぁ……ま、俺も勇者じゃなかったらそんなもんか。ガハハ」
カイは王都に行くまで国王の名すら知らなかったくらいだ。
今も貴族との付き合いはルーキッドとアレクとシスティくらい。
平民なんてそんなものだ。
「で、棺桶に片足突っ込んだそいつが不老不死の霊薬を所望していてな」
「そいつって……」
さすがマオ。
侯爵をそいつ扱いだ。
「材料がこれまた伝説で語られているだけの代物でな。王国内ではヴィラージュにしか可能性がないらしい」
「伝説の材料なんて探してるのかよ……まあ、命かかってるなら仕方ないか」
事は命。
ゆえに必死。
ミルトの話を思い出すカイである。
「で、勇者でエルフにも竜にも顔がきく俺のところに話が来た訳だ」
「アレクやシスティの方には?」「アレクや姫さんのところに行くと思うか?」
「裏の王だからなぁ」「ソフィアも今や竜の妻だし」
「だからマオか」「そういう事だ。ま、要はナメられたんだよ」
マオがご飯をエルフに振る舞いながら苦笑する。
ベルリッチ侯爵はマオを他の者より与し易いと見た訳だ。
「え?」「マオさんがナメられた?」
マオの言葉にエルフ達が騒ぎ出す。
「ケンカ売ってるのか?」「誰だよそいつ?」「侯爵? 伯爵より偉いの?」「いやぁ、ルーキッドさんやアレクやシスティより偉くはないだろー」「そんな奴がマオさんをナメたのか?」「許せん」「オルトランデルみたいに森に沈めちまおうぜ」
「やめれ」
しかし人間社会ではただの勇者でも、エルフ社会ではカイと同じく現人神。
それにしても最近、寿命の話が多いなぁ……
料理を渡すために開いた窓から首を突っ込み瞳をマナに輝かせたエルフ達を止めながら、カイはマオに聞いてみる。
「それでマオ、そのベルリッチ侯爵はいくつなんだ?」
「百三十だ」「……へ?」「だから、百三十歳だ」
予想以上の高齢に呆れるカイである。
「人間ってそんなに長生きできるのか?」
「できる訳ないだろ。世界樹の葉の効能だよ」
『のじゃ』「あー……世界樹の葉かぁ」『のじゃ!』
久しぶりにその名を聞いたなぁ……
と、昔を懐かしむカイである。
イグドラの葉であった世界樹の葉は、寿命を延ばす数少ない手段だった。
天に還った時に全て灰となってしまったが、それまで食べた分はしっかり血肉になるようだ。
「すると勇者も長生きって事か」
「ま、そうなる。俺ら勇者も世界樹の葉を食ってたから普通よりは長生きだ。俺もアレクも姫さんも百以上は生きるんじゃねぇか?」
マオの言葉にエルフ達がまた騒ぎ出す。
「えっ?」「心のエルフ店店主って神じゃないの?」「真・焼き菓子様は神だろ」
「……お前ら、自分達が神だと思ったら神になる訳じゃないからな?」
「やべえ!」「マオさんの健康ピンチ!」「これから毎日回復だ!」「「「回復回復ーっ!」」」
「やめれ」
こいつら、昔からホントにマイペースだなぁ……
と、相変わらずのエルフ達に呆れるカイである。
「その侯爵、勇者?」「違う」
「じゃあ、聖樹教にツテでもあったの?」「そうだ。ついでに財力も権力もある」
うまいこと聖樹教に取り入って融通してもらっていたのだろう。
いつの世もツテと金と権力は強い。
が、しかし……マオが言う。
「しかし、今はそれもどうにもならん」
「それで不老不死の霊薬かぁ……」
今やイグドラの世界樹の葉は、世界のどこにも存在しない。
だから侯爵は別の手段を求めているのだ。
「その侯爵、うちのシャルの葉をむしりに来ないだろうな?」『それは困るーっ』
「ないない。お前がくそまずいだけだって証明しただろ」『ひどいやーっ』
シャルは幼いとはいえ世界樹。
商人達に効果が雲泥の差である事を示したのはだいぶ昔。
延命に必死な侯爵の耳にはとっくに届いている事だろう。
世界樹シャルロッテ。侯爵から世界じゅー? 扱い。
スルーである。
「で、引き受けるのか?」
「……ああ」
カイの問いに、マオが深く頷いた。
「長生きしたんだから素直に棺桶入っとけとは思うが、そんなものがあるならミルトに使って欲しいと思うしな……カイ、手伝ってくれないか?」
ミルトはすでに魂が剥がれかかっている。
それをマオも知っているのだろう。だからカイのもとを訪れたのだ。
だが、しかし……カイが聞く。
「ミルト婆さんが使うと思うか?」
「使わないだろうなぁ……」
炒め物を作りながら、マオが呟く。
「だが、使うかどうかを選んでもらうくらいはいいだろ?」
「それは……そうだな」
心配するのは自由。
それは決して悪い事ではない。
カイはしばらく考え、マオに頷いた。
「わかった。手伝うよ」
「ありがとよカイ。ダメだったら一緒にミルトの説教受けようぜ!」「だな」
マオがニヤリと笑い、エルフの皆に叫ぶ。
「よぉし! 今日は大盛りサービスだ」
「えう!」「ぬぐ!」「ふんぬっ!」
「「「わぁい!」」」
『それでは私も注文しましょうか』『僕もーっ』
「さすがマオさん!」「食材だ!」「マオさんに食材を捧げるのだ!」「蔵を開けぃ!」「「「フレッシュフード!」」」
おおおおおおおめしめしめしめし……
里のエルフがカイ宅の隣に建てられた食料蔵になだれ込む。
宴会の始まりだ。
『……ま、ミルトなら心配あるまい』
イグドラの呟きは宴の喧噪にかき消されて、誰の耳にも入らなかった。
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
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