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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
15.カイ・ウェルスと尻を叩く祝福
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15-11 異界ダンジョン、さすカイ増大中

「あの……もしかしてカイ・ウェルス様ですか?」

「そうだが……」


 異界ダンジョン、入り口拠点。

 出口を守る拠点で休息中のカイは、同じく休息中の王国兵の不安そうな問いかけに答えた。


「アレク様がさすカイと叫ぶ、あのカイ・ウェルス様ですよね?」

「たぶん、そのカイ・ウェルスだ」

「アレク様が火曜日にひたすら賛美を繰り返す、あのカイ・ウェルス様ですよね?」

「……カイでいいぞ?」


 問いかける兵の後ろには休息中の兵達が固唾を呑んで見守っている。

 周囲を警戒中の兵も気になるのか、聞き耳を立てて隊長に叱責を受けている。


 カイも自分の人生が奇妙な事は自覚しているが、まるで腫れ物扱い。

 初対面なのに存在が珍獣や有名人扱いなカイである。


「わ、わかりましたカイ様」

「様はいらんぞ?」

「そ、そんな恐れ多い!」


 震えながら答える兵にため息半端無いカイである。


 アレクの奴、どれだけ俺の事を語り歩いているんだよ。


「さすがカイえう!」「む。あったかご飯の人無双」「エルフ、ぶーさんのみならず王国の方々まで。さすがカイ様ですわ!」


 そしてお前ら、この評価は兵達のアレク評価であって俺の評価じゃないからな?


「いやぁ、さすカイよねぇ」「シ、システィ様!」


 さらにシスティ、やかましい。


「さすカイ!」「やかましい!」


 そして張本人、お前は説教だ。

 カイはアレクの頭を小突き、ここに座れと木箱を叩く。

 アレクは嬉しそうに木箱に座ると期待に満ちた瞳をカイに向けてくる。


 忠犬。まさに忠犬だ。

 尻尾があればブンブンと振っていただろう。

 王国最強の勇者のそんな有様に騒然とする王国兵を横目に、カイはアレクにツッコミを入れた。


「お前、いつからさすカイしてるんだよ?」「初めて会ったその日から!」「アホか」「そして別れてからもずっとさすカイ! システィに制限されるまで毎日さすカイ! 今も当然さすカイ! さすカイフォーエバー!」「アホか!」

「さすがアレク、さすカイ半端無いえう!」「ぬぐぅ、年季が違う」「私がもっと早くランデル領にとんずらしていればさすカイ始祖になれたのに……くううっ!」

「そんなところで張り合わなくていいから。そしてアレク、どんだけ盛ってるんだよお前は!」「さすカイ!」「やかましい!」「えーっ」


 カイは再びアレクの頭を小突く。

 避ける事もできるだろうに素直に頭を差し出すアレクに王国兵はまた騒然。


「あ、あのアレク様が叩かれて喜んでるぞ!」「この人、どれだけの人なんだ?」「やはりこれはさすカイ」「さすカイ」「さすカイ!」

「待て! こいつのさすカイは駆け出しの頃のよしみだから! 俺は今も下っ端の青銅級冒険者だから!」


 やべえ。

 王国兵のアレク評価が半端無い。


 さすカイと騒ぐ王国兵を冒険者の身分証を示して必死に止めるカイである。

 公的な身分証明にも使われる冒険者の身分証を、さすカイ王国兵はまじまじと見つめて首を傾げた。


「え?」「青銅級って、本当に下っ端じゃないですか」

「そうだよ。アレクは駆け出しの頃にご飯を食わせてやったからさすカイなんだよ」「そんな事ないよ!」「やかましい!」


 お前はしばらく黙ってろ。


 アレクの頭をまた小突き、カイは説明を続ける。


「そして今は行商で生計を立てている。もう本業は冒険者じゃないんだよ」

「エルフ達が騒いでいた、あったかご飯の人というのは?」「エルフが呪われていた頃に、ご飯を作ってやっただけだ」

「えう!」「ぬぐぅ!」「ふんぬっ!」

「異界の方々と親密なのは?」「芋煮を煮込んでやっただけだ」

『『芋煮最高!』』

「では、なぜ今回の異界討伐に?」「尻を守る為だ!」

『『レッツ尻叩き!』』


 王国兵の熱気が冷めていく。


 それでいい。


 カイは心で呟く。

 勇者アレクが評価しているから。なんて理由で評価されてもロクな事はない。

 評価は自らの力でつかむものだ。


「では……カイ様はアレク様のご友人。という事なのですね?」

「そうだ。過度の期待を持たれても困るぞ?」

「わかりました」


 王国兵が会釈して去っていく。

 彼らのさすカイアレクブーストも、これでなくなった事だろう。


 と、カイが視線を移すと木箱の上で丸まって拗ねるアレク。

 三十半ばの大人が何とも可愛いものである。


「アレク……」

「さすカイだもん。絶対さすカイだもん……」

「お前のさすカイはお前だけのものだ。他人に押し付けるもんじゃない。俺達の間だけでいいんだよ」「だってさすカイ……」「それでいいんだよ……ほれ、来るぞアレク」「さすカイ」「ああもうわかったよ」

「えう」「む」「はい」


 カイが立ち上がり鍋を抜き、ミリーナ、ルー、メリッサの瞳がマナに輝く。

 その直後、彼方から見張りの絶叫が届いた。


「敵襲ーっ!」


 その叫びの直後に現れたのはオーガと呼ばれる角を持った巨人。

 王国兵が慌てて武器を構える中、カイは静かに異界を駆ける。


 アレクら勇者は動かない。

 勇者は主を討つ刃。

 こんな所に現れる怪物は護衛任せだ。


 何やってんのよ、あんた。


 と、システィが視線でカイに語るが百聞は一見にしかずだ。


 今のうちに俺と妻達の実力を見せておかないと、王国兵の皆が俺の扱いに困るだろうからな……


 今のカイは勇者の知人を持つ部外者。お客様だ。

 どんな役割で命をかける地に立っているかを示さねば、戦いに戸惑うだろう。


 カイの瞳にマナが輝く。

 静かにオーガに近付いたカイは鍋を振り上げ、鍋底でオーガを潰す。

 同時に周囲のオーガの急所を針のように研ぎ澄ました風と水の魔撃で貫き、さらに苦戦する王国兵を助けるために離れたオーガに魔撃を飛ばす。


 敵襲の叫びから三十秒。オーガ達は全滅した。

 巨体がマナに変わっていく中、カイは願っていくつかの魔石を手に入れる。


 魔石は色々な用途を持つ便利な戦利品。

 特別な指示がない限りはこれを願えと王国軍から通達されている。


「無事か?」

「えう」「む」「はい」


 ミリーナ、ルー、メリッサも危なげない。

 カイが鍋を腰に吊し、魔石を王国兵に渡す。

 そんなカイと妻達の戦いに、再び騒然とする王国兵だ。


「今の見たか?」「見た」「一体を鍋で潰すと同時に四体に魔撃」「いや、五体じゃないか?」「俺が相手してたオーガの目潰しもしてたような」「妙な怯みがあったよな」「えーっ、お前らもかよ」「同時に何体攻撃したんだ?」「周りのエルフも強いけど、あの人の強さはそれ以上だ」「……さすカイ?」「そうだよな。さすカイだよな」「アレク様の評価通りだ」「さすカイ!」「「「さすカイ!」」」


 結局さすカイ。

 カイはもう止めない。

 アレクを通した評価ではなく、実力を見てもらった上での評価だからだ。

 しかし熱狂的なさすカイの叫びの中でも祝福ズは辛辣だ。


『まだまだ魔法に無駄がありますね』『致命傷を与える最低限のマナを使う。それが強者の道』『三分の一で足りますね』『見極めが甘い』『魔撃も甘い』『これは折檻ですね』『『レッツ尻叩き!』』

「ぬぅおおあああっ!」


 バチーンッ!

 祝福ズ、容赦無し。

 バルナゥも避ける事のできない平手がカイの尻に炸裂する。


「こんな死地であんなに自分を追い込むとは、カイ・ウェルス様すげえ」「まさしくさすカイ」「さすカイ!」

「カイの尻がピンチえう!」「むむむメリッサ回復準備」「わかりましたわ!」


 尻を叩く音、カイの悲鳴、妻達の叫び。そしてさすカイ。

 そんなカオスな有様に、アレクはにっこり笑うのだ。


「僕が何もしなくても、やっぱりカイはさすカイさ」

一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。

書店でお求め頂けますと幸いです。


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