15-1 カイ・ウェルス、大皿料理に敗北する
「イリーナ、ムー、カイン。七歳の誕生日おめでとう!」
「おめでとうえう!」「む。おめでとう」「おめでとう。みんなおめでとう!」
おぉおおおおめでとうめしめしめしめし……
夜。エルネの里、心のエルフ店エルネ店。
貸し切りにした長老の料理店で、カイは子らを前にコップをかかげた。
テーブルの上には美味しそうな料理が湯気をたて、カイも妻達も参加した皆もにこやかにコップをかかげて笑っている。
が、しかし……子らは首を傾げた。
「パーパ、誕生日は明日だよ?」「パーパ、間違えた」「マーマもうっかり」
「うっ……」
「えうっ」「ぬぐっ」「ふんぬっ」
『いやー、情けない父君ですなぁ』『まったく、カイ様ともあろうお方が』
「駄々をこねたお前らのせいだろ!」
「えう!」「ぬぐぅ!」「ふんぬっ!」
『ああっ、カイ様も御母堂様方もそんなに怒らないで』『そうです。我が神の父母ともあろうお方が』
「やかましい!」
「アホね」「さすカイ!」
「お前らもやかましい!」「えーっ」
子らに囲まれ笑う老オークとアーサーにカイは怒鳴り、便乗したシスティに怒鳴り、いつものようにさすカイなアレクに怒鳴る。
そう。本当はイリーナ、ムー、カインの誕生日は明日。
今日は誕生日イブだ。
老オークが『ぬぅおおお誕生日の祝いは是非とも我らのえう神殿で』と、泣いて駄々をこねたので家族の祝いは今日になったのだ。
「ま、まあ本当は明日だけと、そこはスルーしてくれ」
「んー。わかった」「ん。パーパのお願いならどんとこい」「はぁい」
「それでは改めて、お誕生日おめでとう。乾杯!」
「「「わぁい!」」」
ツッこまれると思っていたよ。
だってうちの子超賢いもん(親バカ)。
カイは子らに頭を下げて許可をもらい、改めてコップをかかげて子らを祝う。
子らはカイの乾杯に満面の笑みで応え、誕生日の祝いが始まった。
「さぁ、気合いを入れてどんどん作りますからたんと食べてくだされ……マリ姉、つまみ食いはダメですぞ」
『あらあら』『わぁい』
長老とマリーナ、そしてシャルの腕とブレスと枝葉をふるった料理がテーブルの隙間を埋めていく。
「お、長老腕を上げたな」「マオ殿のご指導ご鞭撻のおかげでございます」
「三人とも、おめでとうございます」
「聖樹教の皆もおめでとうと言っておりました」
『我は首しか入れぬが、おめでとう』
「バルナゥ、だからと言って人化はするなよ?」
『とーちゃん、人化はかんべんな』『祝いの席で異界はナシだぜ』
『おおーふっ! 長老よ。でかい店を建てるのだ!』「はぁ?」
『『さすが師匠!』』
「エルネの、牛丼」「私は唐揚げ定食を」
「お二人とも、祝いの席でも相変わらずですな」
マオ、ミルト、ソフィア、バルナゥ、ルーキッド、ルドワゥ、ビルヌュ、祝福ズ、ボルクとエルトラネの長老、ホルツの長老ベルガ。
貸し切りの店内は見知った顔で満員御礼。
野外席も誕生日を祝うエルネのエルフで超満員。
「さすがに、少し暗くなってきたな」
「まだまだ明るいけどな」
「あれ、太陽が爆発したんだろ? すげえよなぁ……」
夜はぺっかーと明るく、灯りがなくても食事に困る事はない。
明るすぎる夜に最初は困ったものだが慣れれば便利。
星図も海図も地図もそれなりのものができあがり、カイもようやく本業の行商に本腰を入れられるようになった。
今日の宴の代金は、全て行商の稼ぎから出したものだ。
ちょっと奮発して竜牛肉も頼んである。
技術と祝福が合わさったエルフの生産力は半端無く、余りまくった農業生産力が畜産に注がれエルフは空前の肉ブーム。
エルフ相手の商人であるカイも肉の運搬と販売を手がけており、そのツテで竜牛肉を市価より安く手に入れたのだ。
ちなみに仕入れ先はミリーナの幼馴染みのスピーの夫が経営する農場。
名前を貸す代わりに竜牛肉を定期的に頂ける関係なのだが、子らの誕生日はちゃんと支払うべきだろう……まあ、かなりオマケしてもらったが。
「ご飯おいしーね」「いろんな食べ物すごい」「さすが長老」
「ほっほっほ。誕生日のお三方、驚きのメインディッシュはこれからですぞ?」
「「「そうなのー?」」」
「はい、マリ姉」『はいはい』
マリーナが厨房から大皿を背に現れる。
長老がにこやかに皆に告げた。
「さぁ、本日のメインディッシュ。竜牛肉野菜炒めですぞ!」
マリーナの背の大皿にはこんもり山盛り竜牛肉野菜炒め。
……いや、なんか超山盛りだ。
「そこまでの予算は出してないんだが……おいアーサー、お前らこっそり出してないか?」
『我らは明日の祝いに全力でございます』『そうですとも、これは家族の祝い。カイ様に無断でそのような事をするのは失礼というものです』
カイの甲斐性では絶対に不可能な大盛り具合に頼んだカイが首を傾げ、老オークとアーサーに聞くも空振り。
そんな馬鹿なと、さらに首を傾げるカイに答えたのは長老だ。
「最近アトランチスで流行りの盛り方なのです。食品に模した魔道具を料理に入れて、出来たて時間を長く味わえるようにするのです」
「えー……」
「ついでに山盛り感も演出でございます。さすがはアトランチス。学会は半端無いですなぁ」
いいのかそれ?
それは食べ物の中に食べ物以外の諸々が入ってるって事だぞ?
と、思ったカイだが妻達の食いつき半端無い。
「出来たて長続き万歳えう!」「そして大皿存在感半端無い」「素晴らしいですわ!」
「えーっ……」
いいのか。これでいいのか……
皿やスプーンと同じ扱いなのか。
妙なエルフ文化にちょっと引くカイである。
しかし、マリーナが運んだ大皿がテーブルにどどんと置かれれば確かに存在感半端無い。
湯気あふれるジューシー感と山盛り感はカイを圧倒し、見ているだけで幸せな気分にしてくれる。
「すごいえう!」「むむむこれは圧倒されるむふん」「山盛りあったかご飯ですわ! 素晴らしいですわ!」
山盛りあったかご飯……うん。これはこれでアリかもしれない。
しかし魔道具だから人間は買わないだろうなぁ……魔石そこそこ高いし。
と、商人っぽく値踏みするカイだが今は祝いの席。
カイは気を取り直し、フォークとスプーンを構えた。
「よし、食べるか」
「えう!」「む!」「ふんぬっ!」
「「「いただきまーす!」」」
エルフ相手に食器の持ち替えなんぞしてたら食い尽くされる。
どうせ皆、見知った仲。
カイは使っていたフォークとスプーンを大皿に突っ込み、取り皿に竜牛肉野菜炒めを盛大にぶっこむ。
するとガチャガチャガラガラコロンコロン……
と、取り皿に固い何かの衝突音だ。
「カイ殿、それは魔道具です」「えーっ……」
長老の言葉に、カイは驚いて取り皿を見つめた。
「見ただけじゃまったく見分け付かんぞおい。間違えて食ったらどうするんだよ」
「学会でもそのあたりの疑念を呈した者がいたらしいのですが、試してみれば誰もが見事に魔道具を避けるとの事。『マナ見れば食べられないのは一目瞭然なんだから、手を付けるアホなんている訳ないじゃん』で決着が付いたそうです……カイ殿、アホですか?」
「間違える訳ないえう」「む。食べられないものなんて絶対取らない」「間違えれば食べる量が減りますもの。そんな無駄手間を支払う訳がありません」
「そんな文化捨てちまえ!」
ロクでもない文化が育ったなぁ……
と、頭を抱えるカイである。
人間はマナを見ながら食事しない。人間には絶対に売れない品だった。
ちょっと待て。
子らは大丈夫か?
と、カイが子らを見れば妻達と同じように器用に魔道具を避けており、カイのように皿をガチャガチャ鳴らしはしない。
カイは子らに聞いてみた。
「お前ら……マナ見て食べてるの?」
「あたりまえ」「ん。当然」「パーパは見ないの?」
「……」
「お肉おいしー」「すごく美味」「おいしいねー」
笑顔満面。子らは竜牛肉を頬張り舌鼓を打つ。
唖然とするカイに笑うシスティだ。
「まったく、食器をガチャガチャ打ち鳴らすんじゃないわよみっともない」
「システィ、お前もマナを見てるのか」
「グリンローエン王国の王族は皆魔法使いだからね。食事時にマナを見るなんて当たり前よ。毒とかも避けられるしね」
食べ物に不安があればマナを見て食事するようにもなるだろう。
さすが王族で勇者なシスティだ。
「それじゃアレクは?」「僕はいつもシスティに取ってもらうんだ」
「はいアレク」「ありがとうシスティ」
「はい、カイルにカイト」「「母上、ありがとう」」
そして竜牛肉を盛りに盛った皿を家族に渡すシスティだ。
「ビルヒルト領は貧乏だからみんながっつり食べなさい。竜牛肉なんてなかなか食べられないんだから」「そうだね。エルフはまだ税を納めてくれないしね」「あぁ、久々の竜牛美味しいわぁ」「本当だねシスティ」「こんな機会滅多にないからカイルもカイトもしっかりね。野菜もとても美味しいわよ」「「はい」」
家族の分までがっつり分捕る。
それがシスティ。
「カイはそのまま魔道具でもコレクションしてなさい。竜牛肉は私達がまるっといただきます」「ありがたく頂くよ。さすカイ!」「「いただきます」」
「大人げねえぞシスティ!」「ホホホホ。家族の絆の差よ!」
不敵に笑うシスティに立ち上がる妻達だ。
「カイのご飯は妻が守るえう!」「む。カイはへなちょこ妻がんばる」「ですわ! 私達三人の力でカイ様にがっつり竜牛肉を!」
クワッ……三人の瞳にマナが輝く。
「風魔法で飛ばす「迷惑だからやめなさい」えうっ」
「では水魔法で飛ばす「それも迷惑だからやめなさい」ぬぐぅ」
「回復魔法で竜牛肉をカイ様の皿にジャンプ「怖いからやめなさい」あうっ。で、ではカイ様に強化魔法「魔道具なんて食べたくありません」あうっ」
そんなカイ一家の様に笑うシスティだ。
「あんたらアホねぇ。私みたいに皿に取ってからカイに渡せばいいじゃない」
「ミリーナの皿を受け取るえう……えうぅ」「ルーのも受け取る……ぬぐぅ」「私の皿も、竜牛肉をどうぞ……うううっ」
「……いや、いいよ。お前らで食べろ」
エルフは食への執着半端無い。
故に涙目半端無い。
そんな妻達から皿を受け取るなどカイに出来ようはずもない。
うちの妻可愛い超可愛いと、カイは心遣いで腹を満たす。
カイ・ウェルス、大皿に敗北す。
取っても取っても取り皿に魔道具が増えるばかり。
「あんた、ダメねぇ」
「やかましい!」
結局カイは奮発した竜牛肉をあまり食べられず、笑うシスティに負け犬のごとく吠えるのであった。
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