14-6 長老風邪をひく
「風邪?」『はい』
「長老が、エルフの長老が、風邪?」『はい』
エルネの里、カイ宅。
露天風呂掃除を終えたカイは、散歩帰りのマリーナの話を聞いて驚いた。
どうやらエルネの長老、風邪をひいたらしい。
人間ならば当たり前でもエルフだと色々おかしい。
先日はメリダの里で木工細工を食べて歯茎から血が出て大騒ぎ。
そして今回は長老が風邪。
少し前から首を傾げる事ばかりだ。
元々強靱なエルフにイグドラの祝福マシマシ。
足場の定まっていない剣撃や投げナイフすら世界樹の守りで無傷のエルフが、木工細工を食べて血が出るとはカイにはとても思えない。
呪われていた頃のエルフは食中毒に苦しんだが、あれはイグドラの嫌がらせ。
本来の祝福が機能していればあのような事にもならないのだ。
『すぐに元気になるよう、店にブレスを吹いておきました』
「そ、そうか……」
殺菌のようなものだろう。
さすがマナブレス。何でもありだ。
それにしてもイグドラ、相当苦労しているのかもしれないな……
最近聞かない『のじゃ』の言葉を思い出し、カイは空を見上げてため息をつく。
細かい事だが先々不安になる現象だ。
『イグドラの単独世界管理は初ですから』『しかもこんな大きな世界をいきなり管理』『引き継ぎをする時間もありませんでしたから、今頃資料と格闘中でしょうね』『先輩、資料なんて残してるんですか?』『残してないんですか?』『はい』『あなたが仕事できない理由が今、わかりました』『がぁん!』
おい祝福ズ。ここで神同士の会話をするんじゃない。
しかしナイスタイミング。
と、カイは勝手に出て来た祝福ズに聞いてみた。
「ベルティア、こんな事が今後も起こるのか?」
『わかりません』「なんで?」
首を傾げるカイに祝福ベルティアが語り始めた。
『先程も言いましたがイグドラは単独世界管理は初めてです。任せていた分野以外をどのように扱うかさっぱり予想出来ません』
「……引き継ぎはちゃんとしておけよ」『腹パン一発ですので』
くそう師匠神め。余計な事しやがって。
と、カイが見た事もないマキナに対してぼやいていると、ベルティアが追い打ちをかけてきた。
『何より単純に人手が足りません。私達神はカイズのように分割して世界のあらゆる操作を分担します。イグドラの格ではその数が全く足りないのです』
「どのくらい?」『十億倍は足りませんね』「……」
全く足りない事だけが良くわかる数である。
それにしても分割?
カイズのように分割なのか?
神の世界では何万何億のベルティアやエリザがうようよしているのか?
なんて事をカイが考えていると顔に出たのだろう。胸を張る祝福ズ。
『神とは個にして全、全にして個なのです』『そこら辺の砂粒やサイコロの振る舞いも、時には神が手を出しているものなのです。えっへん』
「で、お前らはイグドラの手助けとかできないのか?」
『『無理です』』
カイの問いに首を横に振る祝福ズ。
『言ったではありませんか。人手が足りないのですよ』『この星では絶大な力を振るう私達も、神の世界ではイグドラ様に遠く及ばぬもやし祝福』『連絡くらいしか出来ません』『はい』
「そうか……イグドラに頑張れと、そしてベルティアには早く戻れと伝えとけ」
『『願いは叶えられました』』
ざばぁ……
祝福ズが水となる。
これはもう、ベルティアが戻るまでどうしようもないかもなぁ……
カイは掃除道具を片付けながら、またため息をつた。
今のところはまだ風邪だ。
これがひどくなる前に、俺にもできそうな事を考えておこう。
そんな事を思いながらカイが片付けを終えると、たくさんの馬車が慌ただしく広場に飛び込んでくる。
シャル馬車ズだ。
中から現れるのは血相を変えたエルフの面々。
そして詰め寄られるカイだ。
「カイ殿!」「長老が、エルネの長老が倒れられたと?」「あの殺しても死ななそうな長老が病に倒れた?」「心のエルフ店エルネ店が休業!」「私の予約が!」「あぁ恐ろしや!」
「……シャル、話したな?」
『ごめーん。心のエルフ店の事はみんなから毎日聞かれるものだから』
カイの指摘にシャル家が枝葉で屋根をかく。
カイズもシャルも分割して、エルフの里を巡ったり住んでいたりする。
この手の情報はどの里にもあっという間だ。
エルフの皆は開店情報や店の混み具合、新たなメニューや食材の残りなどを毎日聞いているらしい。
心のエルフ店はエルフ心のレストランなのだ。
「それで長老は? エルネの長老の容態は?」
「風邪らしい。マリーナがブレスで色々やったからもう大丈夫だろう」
「なんと!」「しかしそれだけでは足りないかもしれない」
『あらあら』
だからカイがこう言っても、エルフ達は納得しない。
「ぬぅおおおぉ我らハーの族、長老の全快を祈ってピーとなる!」
「「「そしてご飯、美味なるご飯を……すぺっきゃほーっ!」」」
ハーの族が叫んでピーとなり、店の内外で踊り出す。
長老の店の周りはお祭り騒ぎ。
なんだこりゃとカイが呆れていると、また到着するシャル馬車だ。
「おぅ、なんだこりゃ。すごい騒ぎだな」
「……マオ」
馬車の中から現れたのはマオである。
「なんか長老がぶっ倒れたと聞いてな。見舞いに来た」
「いやぁマオ、エルフがひく風邪だからお前は近付かない方がいいぞ?」
「俺はこれでも勇者だから大丈夫だろ? 何か元気になるもん作ってやるさ」
がははは……マオが笑いながら長老の店へと入って行く。
そして次の日、散歩帰りのマリーナの言葉にカイは頭を抱えるのだ。
『マオが病に倒れたそうですよ』「……言わんこっちゃない」
祝福ありの長老がひいた風邪なのだ。超強力に決まってる。
断固として止めておけばよかったと後悔するもすでに遅し。
そして夜通し騒いだエルフの皆が憤慨するのである。
「ぬぅおおお我らの心のエルフ店本店が!」「エルネの長老、うつしたな!」「弟子なのになんて恩知らずな!」「長老に回復魔法なんてかけてる場合じゃねえ!」「マオさん」「マオさーん!」
シャル馬車で乗り付けたエルフ達が去っていく。
「エルネはしばらく人間立ち入り禁止だな」
『私もマオさんの移動経路にブレス吹いておきますね。あととーちゃん達にもブレス吹きを頼んでおきます』
「頼むよ」
まあマオはミルト婆さんが看病しているだろうから大丈夫だろう。
それでダメでもランデルは聖樹教の本拠地だ。回復魔法使いは大勢いる。
それにしても神が少し不在なだけでこの有様。
まったく、困ったもんだ……
「あいたっ!」
と、カイが天を仰げば子の叫び。
見ればカインが転んでいる。
そして膝には赤い血だ。
「おひざ、すりむいたーっ」「「ふーっ、ふーっ」」
「おぉいイグドラ! どうなってんだ今すぐ出てこい!」
長老やマオにはのんびりでも子らにはすぐさま大慌て。
カイも親であった。
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